1.いつもの朝
…一仕事終わり、と
いつものように人の目に触れぬよう…仮に触れても拠点が特定されないよう数多の路地を経由しながら、居住するマンションへと帰ってくる。
俺はエントランスを跨がずに直接住んでいる階層に降り立つと、ポケットから鍵を取り出し、鍵穴へ。それからドアノブを捻った。
「…ただいま」
その言葉を口にすると先ほどまで体を縛っていた張り詰めた緊張感が解け、代わりに安堵が込み上げてくる。
よく『帰るまでが遠足だ』などと学校の先生が言っていたが、まさにそれだ。どれだけ万全を期していても正体が露呈しないとは限らない。
俺は自分が『同族殺し』である事を隠し通さねばならない。
特に過激派に素性がバレるのは不味い。
俺はこれまでかなりの数、人を襲う彼らを屠っている。それ故、派閥によっては俺は相応の怒りを買っているのだ。
噂では俺に懸賞金を出しているなんて話も聞く。万が一にも上位種との一対多戦闘になれば勝ち目はない。
それに聖教の目もある。吸血鬼を不浄の者として扱っている彼らが神の祝福を受けている『聖武器』を主武装として用いている吸血鬼の存在を快く思うだろうか。
あれこれ考えながらリビングに続く廊下を抜け、扉を開けると聞き慣れた声を捉えた。
「おかえり〜。そんでおつ〜」
癖っ毛でくるくると巻いた金髪に蒼穹を宿すような碧い瞳をもつ彼は、ゲーム機片手に顔を上げ、こちらに手を振っている。
あいつは同居人の『ミロ』。『山形ミロ』だ。
いつもの吸血鬼狩りはこいつが居るから成り立っている。ミロの的確な指示に救われたのは一度や二度ではない。優秀なオペレーターだ。
そんな彼はソファに座り込んでいるのを見るに俺の帰りを待っていたらしい。
…時間からするに…朝飯か
時刻は五時近く、窓から見える景色は暁を迎え、遠くの空には橙が差している。俺は装備を外し、スエットに着替えた末、分かりやすくため息をつきながら、冷蔵庫の扉に手をかけた。
「…たまには自分で作ったらどうだ?ミロ」
庫内照明に照らされた食材を手に取りながら、目端で彼の方を見る。すると依然としてソファでゲームに興じながら、ミロが答える。
「黒っこげがご所望なら僕でもいいけど?でも、そんな不味いの食べたくないでしょーよ」
その声には全く悪びれている様子はない。それもそう。この男、洗濯、掃除、料理など家事が壊滅的に出来ないのだ。炊事をすればあらゆる物を焦がし、洗濯をすれば、機械が異音を奏で、掃除をしようものなら余計に散らかる。
この家に来たときはそれはもう…。それはもう筆舌にし難いほどの惨状であった。
そんな様子なので当人は開き直っている。
とはいえ、共生する上で釣り合いは取れていた。家賃や光熱費を含む生活費は全てあちら持ち。代わりに家事は全て俺。
シーソーなら両端に比重を置いてバランスを取っているものだが、俺とミロにはこれが合っている。
おかげで俺は学生が遊ぶ程度の稼ぎでかなりいい暮らしが出来ていた。
「そんで今日は何ぞ?シェフ」
ミロはゲーム機をスリープ状態にするとソファの反発を利用して勢いよく立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。それから覗き込むように肩に顎を置いた。
「普通の野菜炒めに、スクラブルエッグ、ワカメスープに、あとご飯」
…あんなに勢いよくやられるとソファ壊れるんだが
俺はおざなりに答えながら朝食の調理へと移っていった。




