16.友達
——自宅
「お疲れい、綾人」
「…ああ」
ひと足先に帰ったミロが俺を出迎える。彼は今回、偵察員として作戦に参加していた。
俺を含める部隊の他、一隊を監督。中位の吸血鬼との戦いが始まるといつもの様にツーマンセルに移り、立派に役目を果たした。
「…何かあったな?」
一度リビングに行き、挨拶を終えた俺が手洗い場に向かおうというその時。ミロが俺の背に言葉を投げかけた。
動きが一瞬止まり、自動小銃を構える彼女が瞬間想起する。だが、俺は一度瞳を閉じ一息つくと何事もなかったかのように口を開いた。
「いや、何もない。少し疲れただけだ」
そう答え、洗面所に向かおうとした時——不意に肩が揺れた。
「馬鹿か。お前は。僕が何年お前の友達やってると思ってる。疲れ?阿呆抜かせ。お前があの程度の相手に遅れをとる訳無いだろ」
ミロは俺の肩を掴み、右手でジェスチャーを取りながら挑発的な言葉を紡ぐ。
肩に強い力が籠る。
「綾人はいつもそうだ。都合が悪い事はすぐ隠したがる。あの時…穏健派から出てった時もそう。高校行くフリして消えただろお前。幼馴染の僕にすら何の相談もなしに」
「…離せよ」
俺は言葉を尖らせ、左肩に手を伸ばして彼の手を外そうとする。だが、反して手はびくとも動かない。
それもそのはず。実はミロの血統はかなり優秀。いくら血を吸っていないとはいえ、素養はある側だ。俺は力比べで彼に敵わない。
「何処にも行かない。それであった事をちゃんと話す。この二つが守れるなら離す。…守らなかったら、綾人、僕は『穏健派』の監視官としてこの場で君を拘束する」
その言葉にはいつもの剽軽さは鳴りを潜め、代わりに冷徹さが宿る。
いつも忘れそうになるが、こいつは保護者ではなく、『監視官』だ。無法者『同族殺し』を穏健派が制御するための基幹。
ただ俺の友達という理由だけで選ばれた訳ではない、ミロ自身が持つ吸血鬼としての力も加味されての事だ。ミロの瞬間的力は『穏健派派閥』の最上位に位置する。
故に、この距離そしてこの閉鎖された環境において戦闘に成れば不利は俺だ。
『同族殺し』は戦術あってのもの。急な戦いではその実力を十全に発揮できない。俺は瞬きの間に彼の前にひれ伏すことになるだろう。
この家は『家』であると同時に『檻』でもあるのだ。
「…分かった。分かったから、手を洗わせてくれ」
俺は一息つき、ミロの提案…というよりは脅迫的な要求を呑んだ。実際、呑みざるを得ない状況だった。
「付いてくからな」
「心配性だな」
「誰のせいだよ、馬鹿野郎っ!」
冗談ぽく鼻で笑うとミロに後ろから掴みかかられ、髪をもみくちゃにされた。
事が済めば、シリアスも終わり。いつも通りの気のいい奴だ。
* * *
「…で、綾人。あそこで何があった」
場面は今へと移り、俺たちは面と向かう。互いに腰を据えて話をするつもりのため、コーヒーや菓子がローテーブルの上に設えた。
やがて俺は例の少女の吸血鬼を倒した後の事を話し始めた。突如、現れた千智と何処か重なる修道女の事を。
「…なるほどな。ふんふん」
ミロはそう言いながら、立ち上がるとノートパソコン片手に戻ってくる。それを開くとカタカタとタイピングを始めた。恐らく俺の証言を元に彼女が現れた時刻の映像を検索しているのだろう。
始めは黙々とパソコンと向き合っていたが、やがて顔には怪訝の色が表れる。それから暫く不機嫌そうな顔のままタッチパッドとキーボードの打鍵音だけが響く。
「…居ねえなぁ」
思わず俺も、マグカップ片手にミロの方へと向かう。その時、彼は何か見つけたのか喉から異音を溢した。
「…ん、これ。…嘘だろ、そんな事」
その言葉を端緒にキーボードを叩く音が加速度的に速くなる。
「どうかしたのか」
「ん、綾人。見つけたぜ。これ見てみろよ、たまげるぜ」
コーヒーを啜りながら、話しかけるとミロは呆れ声で返答する。俺にパソコンの正面を譲ると監視映像の見方を端的に指し示す。
「ま、取り敢えず普通に見てくれ」
言われるままディスプレイに幾重にも開かれたウィンドウの一つを再生してみる。
…変な所はない…気がする
強いていうなら、時々カメラ自体が白飛びしているくらいか。
だが、あの『掃討作戦』中、聖教の制圧が完了するまで何処もかしこも乱戦状態だった。戦闘の余波がカメラに入っていても不思議ではない。
「じゃ、次コマ送りで」
俺が何度か映像を周回すると頃合いと見てとったのか、ミロは次の指示を出す。俺は再生を止めてゼロ表示に戻すとひたすらキーを叩きながら、映像に目を釘つける。
しかし。いや、やはりというべきか。映像に不審な点は見受けられなかった。
「ミロ、俺には点で何が何だか…」
正直、この手の映像の炯眼さはミロの方が上。『同族殺し』として活動する時のモニタリングは彼の仕事。
格上との戦闘回数の多さ故か、『穏健派』の中の後方支援という枠組で彼に比肩する者はそう多くない。
俺が手を拱いているとミロは俺の横から手を差し込み、パッドとショートカットを駆使していくつかのスクリーンショットを作成する。
「綾人、これとこれとこれの違い分かるか」
その中の三種を拡大し、画面に表示。俺はそれに目を凝らす。
二種は簡単だ。銃火器を撃つ時の火炎。もう一つは神聖力励起もしくは聖武器を使った時の燐光だろう。三つ目もこれとよく似ている。いや、もはや同じだ。
…強いていうなら
「…若干、発色が違うか」
よくよく見ると片や橙、方や青白さを帯びているように見える。
「それだ!」
ミロは俺のボヤきに『よく気付いた』とでもいうように勢いよく指を鳴らす。彼は俺から席を奪うとパソコンを弄りながら説明を始めた。
「多分、この赤いのは発火炎。時々、入る青い閃光も聖教の武器とかだろ。でも不定期だ。だが、こいつは違う」
そう言って指し示したのは、あの他より少し青い光。
「これだけは定期的に光る。っつーことは移動してるわけだ」
俺はそれを聞いて唖然とする。カメラのフレームレートを振り切る速さの祓魔師。
あまりにも神聖力との親和性が高過ぎる。法外も良い所だ。何度も使っていることから彼らの奥の手『最大励起』ではあるまい。通常の状態でこれなのだ。
「それで、この光を辿ると綾人が突入したG群ビルDにバッチリ繋がる。お前があった子はその子で決まりだな」
ミロはあの廃ビル群の周辺図を出し、そう結論づけた。
「とんでもねえ修道女がいるもんだなあ」
彼は事が解決したからか、腕を後ろにつき、体を後傾させた。その顔からは満足げな様子が見て取れる。体をだらりとさせたまま、卓上のマグに手を伸ばしコーヒーを啜る。
「あっっつ‼︎」
するとミロは今にも飛び上がりそうな勢いと共に大声を上げた。あまりの大袈裟さに笑いが込み上げる。
「流石にもう冷めてるだろ」
思わず突っ込む。やり取りで少なくとも十五分は立っているはずだ。
「いつも言ってんじゃん。僕はネコ科なんだよ。少し熱いともう駄目なんだって」
…相変わらず極端な
俺は胸中でそう溢しつつ、自分のそれに手をつける。事も片付いたことで憩いに興じているとちびりちびりとコーヒーに口をつけていたミロが口を開いた。
「で、どうすんの?」
俺はその言葉に虚を突かれた。




