14.赫槍の吸血鬼
仲間の『影』を用い、外縁部へと降り立った俺たちは即座に索敵を始める。その場が安全とは限らない。
まもなく各方面の安全確認を終えると俺たちは互いに頷く。
『こちら、綾人。ミロ、今から当該ビルに侵入する。聖教の動きを逐次報告頼む』
『あいよーっと』
通信越しにどさりと重鈍な音が耳をさす。丁度移動を終えた頃合いだろうか。それからカチャカチャとコントローラを弄る音が響き始めた。
「俺たちも行きます」
その声を引き金に俺たちは戦場へと足を踏み入れた。
『ミロ!聖教は』
『ノープロブレム。今もっと上階にいる』
「…了解。俺は突っ込みます。取りこぼしは頼みます!」
建物を昇り四階部分で始めの戦闘は起こった。先制は相手。視界中央が煌めきを捉えたかと思うと虚空から血の槍が舞い込んだのだ。
攻撃は部隊員一人が展開した『影の盾』によって阻まれたものの眼前にはすでに『王狼派』の集団があった。
俺は銃を勢いよく後ろに放ると代わりに『影』から聖剣を取り出す。
…この数かつ集団戦となると白刃が優位
血による槍や矢を模した投擲、影によって放たれる刃。はたまた使役獣が雄叫びを上げる最中、俺は攻撃をいなし、斬撃を浴びせ、剰え死体を盾として用いながら疾駆する。
…俺の役目は露払い
致命傷を与えることが目的ではない。相手に手傷を負わせさえすればいい。あとは後続が確実に仕留めてくれる。
やがて敵集団の最後尾に差し掛かり、俺は体を止める。その刹那、再び赤が暗闇を差した。俺は反射的に飛び退く。
…あの槍の主か
有効射程をよく分かっている。槍の初速も中々のものだ。常に自身は身を隠し、相手の隙を見て最大速度の槍撃を見舞う。
その他、速度がまちまちな投擲を行い、こちらを翻弄してくる。姿は影の残像でおおよそ追える程度だ。術者の機動性も侮れない。
…追うか
通路の角に差し掛かった所で逡巡する。後ろには未だ戦闘中の部隊。
瞬間、無線が入った。
『綾人、お前は奴を追え。ここらは俺らでやれる』
『…了解』
通信を返すと俺は床を蹴り、追跡を開始する。その最中も暗闇から数多の飛び道具が飛来し、俺はそれを躱したり、武器で弾いたりしながら応戦。
その中で隙を見て、『影』から取り出した拳銃で持って銃弾を見舞う。しかし、それが標的に当たることはない。
…くそっ、俺がもっと速かったら
歯痒かった。相手は人を食らった『嗜好派』。元の身体性能、加えて吸血鬼の標準能力である『血液操作による身体能力強化』。双方が俺を凌駕している。
戦闘技術はこちらが優れているにしても身体能力の差は度し難い。このまま攻撃を逸らし続けることは可能。だが、それは単に戦闘を長引かせるだけだ。
…賭けるか
『…ミロ、相手を袋小路に追い込む。指示は頼んだ』
『…了解』
相手との距離がこれ以上開かないように気を配りながら、無線を繋ぐ。最低限の情報を相方に伝えるとイヤホン越しに誘導が流れ始める。
俺はそれに沿うように応戦し、時には反撃を加え、間も無く相手の行動を掌握するに至る。
そうして幾度かの曲がり角の先にいよいよ壁が到来した。ふとガラスの砕かれた窓辺から月明かりが差し、今しがた不明瞭だった標的の姿が映し出された。
息は絶え絶え。頬には丸い膨らみがあり、本来、整えられていたであろう前髪にはほつれ毛が目立つ。まだ年端もいかない少女だった。
少なくとも見た目上は。
彼女は追い詰められたことに動揺しているのか目を右往左往させ、挙動不審な態度を示す。彼女を追ううちに少なくとも三階は上がっている。窓からは覗く地面は遥か下。
だが、いくら吸血鬼とはいえこの高さは只では済まない。『影』を利用すれば降りられない事もないが、生憎ここは月明かりが落ちるせいで壁面に潜る『影』もない。
袋小路。
この言葉しか発していないのにこの場所を選出する辺り流石はミロだ。
少女は片方の口元を引き攣らせ、眉を顰めて苛立ちを露わにし、窓枠へと向かって駆け出す。一か八か飛び降りようと言う訳だ。
しかし、彼女の行く手を阻んだ物があった。
ダン、ダン!
進行方向に俺は躊躇なくマグナムを激発した。相手の顔には驚きと共に苦悶の色が見え、彼女は身を翻しこちらを睨む。
「…聖教、じゃないわね。アイツらは修道服着てるし、そんなマスクはつけない」
少女はあどけなくも何処か陰の差す声を響かせる。俺を警戒しているからか、体を縮こませ、庇っている。
「……」
俺はただその問いに沈黙で答え、僅かに視線を落とし自身の『影』に注意を向ける。
「…ダンマリは答えてるようなものよ。けれど、あなたは民間の吸血鬼狩りでもない。人はそこまで早く動けない。それに手に握るそれ」
視線は俺の手元に向いていた。そこには月光に照らされる聖剣があった。
「……」
再びの沈黙。彼女は先のようにそれを肯定と見てとったのか。ため息を一つ吐き、『憐れだ』とでも言うように目を細める。
「あなた『同族殺し』、でしょ」
「……」
俺は正体の看破にも動じない。彼女が会話に転じた訳は明白。雲によって月明かりが遮られるその瞬間を待っているのだ。さすれば逃げ伸びる事は容易い。
そしてついにその瞬間が来た。空に雲翳が差し、月明かりは徐々にその光を失い始める。
やはりと言うべきか、少女の顔はその刹那、皮肉めいた微笑を浮かべた。
「さっさと殺さなかったのが運の尽き!悪いけど、私はトンズラさせてもらうわ」
見事なまでの捨て台詞と共に『影』に潜ろうというその時。
少女の眉間を白銀が撃ち抜いた。それは銃弾を凌駕する一撃。少女の体は背面の壁に長物で持って縫い付けられる。彼女は目を見開き、上向いた顔から瞳だけをこちらへ剥き出す。
『…何が起こった……?』
驚愕と困惑。二種の感情が入り乱れている。
…相手が何の戦略も無しに棒立ちする訳あるか
敵と壁とを繋ぐは一振りの聖槍。種明かしは簡単。彼女が翳りを待つように俺もまた待っていたのだ、槍に力が込められるのを。
機動力で劣る以上、普通の戦闘は分が悪い。やはり俺の得意分野は騙し討ちや不意打ちだ。なら、そうすればいい。
では——何をしたのか。
彼女が雲を待つのを先んじ、俺も自身の『影』から槍を取り出し、『影』を手のように用いて自身の背面(彼女の死角)に水平固定。即座に槍ごと螺旋を形成。
槍を回しながら、引き絞り力を貯めたのだ。そうして本来出せないはずの出力を、時間をかけて槍に込め、必殺の一撃を作り出した。
そして彼女が逃げ出す刹那に背を僅かに横に逸らし、槍を撃ち放った。
俺は脳裏で彼女の問いに答えながら、拳銃の引き金を引く。喧騒が消えた空間を只々、銃の発火炎と薬莢の落ちる乾いた金属音が木霊する。
…まだ臨界にならないのか、どれだけの人を
幹部クラスではないが、中位以上の吸血鬼。恐らくこのビルの司令官もしくは主戦力の一人だろう。
俺は心臓に向けて発砲を続け、ジリジリと近づく。そして彼女を射程に収めると銃の支えにすべく逆手にしていた長剣を順手に持ち換え…突き刺した。
そうしてようやく、吸血鬼の死を知らせる真紅の焔が彼女の体を燃やし始める。
俺はそれを見てとると剣を胸から、そして槍を頭から引き抜く。すると少女の体はずるりと重力のままに地面へと野垂れた。
「グォフッ…!」
その時、相手が血を吐き戻した。何か、と身構えるも彼女の状態を見て警戒を解く。すでに手足は灰塊と化し反撃の余地はない。
「…聞け『同族殺し』」
泡のように今にも消えそうな声を少女は発する。
「じきに真祖さまが蘇る。間もなく吸血鬼の時代が回帰する‼︎」
……‼︎
俺はその言葉に愕然とした。詳しく問おうと思い、彼女に近づくも時すでに遅し。件の少女は完全に灰の山となっていた。
…あの噂は眉唾ではない……?
刹那、俺は疑心と猜疑に支配される。
だが、現在は作戦中だ。俺はその不安を奥底に押しやり、無線に手をやった。
『ミロ、状況は——』
そうして部隊と合流しようと思ったその時。
「…そこを動くな」
音もなく現れた闖入者は小さく、けれどよく通る声を響かせた。




