12.波旬の囁き
《まえがき》
...すいません、昼の投稿忘れてました(2026/01/07/18:55)
「あはっ♪やっと効いてきた」
男の恍惚とした声が頭に響く。彼はふと立ち上がると私の剣を蹴り飛ばした。碌に力が入っていなかったのか、剣は床に弾かれながら滑る音を奏でる。
「俺がただ長生きしてるだけだと思ったかい?残念。今年で俺、齢百三十一。無能だったらこの歳まで生きられないよ、吸血鬼ってのは。それに狡猾さは歳食えば食うほど上がるんだよ、お嬢さん」
吸血鬼は私の顔を片手で掴み顔を近づけたかと思うと投げ倒した。滲む視界の中で仕返しと言わんばかりにこちらを見下す彼が目に入る。
「俺、昔は自分のこと、吸血鬼として無能だと思ってんだけど。人間でいうと二十歳?くらいの時かな。今みたく聖教に捕まって拷問を受けてね。
ワンワン喚いたよ。けど、あいつは拷問自体が好きだったんだろうね。情報がないことが分かっても殺さなかった」
勝利を確信したからか、彼は唐突に自語りを始めた。ただ内容はまるで入ってこない。私は身体の違和感に始まり、ついに異常は聴覚にも及んでいた。
「でも、そいつ勝手に死んだの。で、また捕まって。拷問官が死んで、また逃げ出して。
それで気づいたよね。『どうやら人間にとって俺の血は毒らしい』ってね。ま、後から吸血鬼にも有効なのも分かったんだけど」
彼はそこまで話し、大仰に両手を広げた。口元にはこれ以上ない笑みが浮かんでいる。
「それからは痛みに耐え抜く術を学んださ。俺の能力の肝は俺が痛みに耐え続けて自死を選ぶかどうかにかかってる。
おかしいと思わなかったかい?君の拷問中、俺の口はまるで減らなかった。ふっつうにいつも通りだっただろう?まあ、多少は必死そうな演技したけど」
男は「それも百年の賜物さ」と嗤う。すると『これで話は終わり』とでも言わん限りにその吸血鬼が地を踏むと床から禍々しい形の血の鎌が立ち上がる。
「じゃ、残念だったね。君の方が強かったよ」
コンクリの断面に反射を生む鋭利な鎌。鋭さは折り紙つき。万事休す。
相手の顔には余裕の表情が見て取れる。もはや決定的とも言える勝敗。反撃のなかったこれまでが両者の立場を確定させたかのように思える。
…今
『神聖力:最大励起』
蹲る体から光芒が放たれ、侵食された毒素を分解。身体の自由を手に入れた私は鎌の攻撃が首を刎ねる際で一転。修道服の下部のスリットに右手を突っ込み、そこにある小型拳銃を手に取った。
…弾数は二発
私は一足で吸血鬼に近づくと、銃を胸に押し付け一発。そのまま押し倒し額にさらに一発。
まもなく吸血鬼の体は烈火の炎に包まれ、急速に灰化し始めた。私はそれを見てとると体を起こし、後退する。接敵したままだと痛み分けにされる可能性もある。
「…あなたに奥の手があるように私にもそれはある」
息が荒い。
体を強引に動かしたからか、倦怠感が立ち込める。だが、私はこの吸血鬼の消失を見届けなければならない。
どうもこの捉え所のない男は倒しただけでは安心させてくれない。『死んだと思っていたら、実は生きてました』がありそうに思える。
私は銃から薬莢を引き抜き再装填すると、ただ呆然と身体を薪として揺らめく炎を見つめる。その時、例の男の眼球が動いた。反射的に激鉄を下ろし、速射出来る体勢をとる。
「ああ。いい、いい。もう俺には何を出来る力も残ってないよ」
体は半ば燃え尽きているのも関わらず、平手を左右に揺らし鬱陶しそうな仕草で男は続ける。
「確かシスターちゃん。『同族殺し』が誰なのか知りたいんだっけ?」
…!やはり何か知ってる
突然、投げ込まれた話題に私は驚愕を覚える。軽い調子から始まった問答は錚々《そうそう》たるものだった。聖教でも碌に知らない彼、もしくは彼女の仔細をよく知っていたのだ。
「冥土の土産にしとくにゃあ、ちと勿体ない。俺は昔、彼奴と殺りやって勝ったんだ。多分、姿を見て生き延びた唯一の吸血鬼。どうだ、凄いだろ?」
死の際にも関わらず、彼は眉根を上げて愉快そうに話す。
「彼奴の武器はね、圧倒的なまでの対吸血鬼戦闘経験と用意周到さだよ。吸血鬼としては大したことない。むしろ最弱。弱いの何の。
…けどね、強いよ。べらぼう強い。俺に負けたのは俺の特異な血の力を知らなかったからだ。『同族殺し』『死神』君ら以外は俺特有の血の力を見て生き残ったのはいなかった。
だから、流石の『同族殺し』もヘマを打った」
「ま、怖くて寄り付かなかったけど。二度目で勝てる自信なんて皆目ない」と死にかけの吸血鬼は続ける。
その時、ヘラヘラと私の顔を見ながら話していた彼は首を突き出し、まじまじと見つめる。凝視の末、何かに気づいたのか目を見開いた。
すると何やら企むようにニヤついた。悪戯めいた笑みは何処となくこちらを揶揄っているように思える。
「よく見りゃ、その顔。へへっ…。面白くなって来たね。やっぱや〜めた。シスターちゃんには教えない」
「…何」
私は思わず眉を顰め、男を睨め付ける。だが、彼は全く意を返す様子もなくそのまま喋り続けた。
「強いて言うなら、そうだな。…『同族殺し』は君の近くにいるよ」
『王狼派』幹部の吸血鬼は意味深長な言葉、そして嘲るような声音と共に燃え尽きた。
…同族殺しが私の近くに……!
敵の言葉を丸呑みする私ではないが、心が動揺するのを感じる。私の生活圏にいるのか。街それとも大学?はたまたバイト先だろうか。
…それとももっと近しい人なのだろうか。
『近くにいる』。その言葉が頭の中でさまざまな可能性を想起させる。可能性の列挙は止まらず思考の沼に嵌ろうというその時。間がよく通信が入った。
…ピピッ
『イェグディエル、状況は』
その無線を発端に思考が事柄から離れ、改めて作戦中である事を念頭に置く。そう、今は作戦中だ。考えに耽るのは後でいい。
『こちらイェグディエル。吸血鬼全個体を撃破。しかし、主武装の弾倉は空。装備の損傷も著しい状況です』
『…こちらウリエル。了解した。補給の後、ビル群南西部に向かってもらいたい。他の執行者が手を焼いているという報告が入っている』
『…了解。補給の後に向かいます』
その言葉を最後に無機質な音と共に通信は切れ、もはや私だけとなった戦場を後にした。




