11.乱舞
「とんでもない狙撃兵がいるって来てみれば、お嬢ちゃんか。いやすごい狙撃手ってのには間違いないんだけど、なんだか拍子抜けだね」
眼前に現れた痩せ型の吸血鬼はやつれた様子を見せ、どこか掴みどころのない印象を受ける。
どことなく優しく力無い中年を思わせるが、その実力は折り紙つきだ。四キロの距離を即座に詰める影の能力。
断面に僅かに残る赤を見るに切り裂いたのは血の力か。扱う血量も出力も他の吸血鬼より頭一つ抜けている。
…どれだけの人を食らったのか
恐らく数千は下らない。加えて技の練度。齢百以上重ねているのは明らかだった。
「怖い顔してどしたの。可愛い顔が台無しだよ」
私は世辞にため息を返すと、相手を見据えた。
「あーあー、殺る気だね。おじさん、嫌だなそういうの。若者の反骨心大嫌い。だから、たくさん連れて来ちゃった」
その言葉が端緒になったのか、私の周りには床から立ち上るようにして数多の人影が現れた。
鼻からこうするつもりだったのだろう。すでに包囲されている。どうやら先ほどの会話は確実にこうするための時間稼ぎだったらしい。
…全く食えない
能力のある吸血鬼特有の高慢さをまるで感じない。もしかしたらコイツは騙し、化かし…悪辣な手を好んで使って今日日まで生き延びたのかもしれない。
その時、無線が入った。
『こちら、『ウリエル』。狙撃手を追って当該ビルの残存勢力の内、半数がそちらに行った。…応援は必要か』
私はウリエル、基いエバンさんの問いに屹然と答える。
『…必要ありません。この程度なら私一人で十分です』
『…そうか。なら、そちらは任せる』
『…了解』
——応答終了
通信を切るとリーダー格の男が大仰に驚いた表情をしていた。
「あれれ?いいの?今の応援要請じゃないの」
戯けた様子を見せる彼は余裕そうだ。確かにこの数相手は不利だろう。
そう、普通なら。
私は序列六位の執行者。そしてこの状況は不慮の事態ではない。前もって予想された事だ。当然、打開できるだけの策もある。
私は狙撃用の銃を手放すと代わりに肩から吊り下がる機関短銃を構えた。
「…神聖力:最大励起」
体が青白い閃光を纏った刹那、私は包囲の中に突貫した。もはや形容し難い神速を持ってして五十発の弾倉が空になるまで撃ち尽くす。
十三秒。
全弾急所である心臓もしくは頭に命中。およそ八十はいたはずの吸血鬼はすでに六十を切った。
私はすぐさま弾倉を再装填すると仕留め損なった吸血鬼の急所目掛けて一発ずつ見舞う。一帯は吸血鬼の死を告げる真紅の炎が燃え盛り,
次々と灰塊の山が積み上がる。
…これで約三分の一
最大励起の神速は一日二回まで。それ以上は体が持たない。だが、一回の代償としては上々の成果だ。平均七割五分の命中率が全弾命中。どうやら今日は調子がいいらしい。
周囲が唖然としている間に一人、また一人と吸血鬼を屠っていく。中には狂気のままに襲いかかってくるものもあったが、考えなしの行動は読みやすく、まるで相手にならない。
…残り四十
その時、ようやっと突っ立っていた纏め役が声を上げた。片目を瞑り、露骨に嫌そうな顔をしながら彼は頭を掻く。
「…いやー、まいったな。おじさん、近接戦闘も出来るとか聞いてないぞ…」
明後日の方向を向きながらボヤく吸血鬼の声色は心なしか一トーン低い。
「…いや出来るか。君の装備殺意高そうだもんな。何でそんなん二振りも持ってんのよ」
ため息混じりのノロノロとした動きで人差し指がこちらに向けられる。その先に目をやらずとも言の葉で意味する所は明らかだった。
腰元に携える白銀の双剣。銃には弾切れがある。それに一刀一足の間合いでは銃は不利。銃社会となって白刃とは些か古典的かもしれないが、対吸血鬼戦においては重宝する。
接近し、吸血鬼の『影の刃』と相対するとなれば銃弾では遅い。他にも『変化』や『身体能力強化』など戦闘系の能力を使われて仕舞えば、機械依存では初速が足りない。
それを補うための白刃であった。
間もなく予備弾倉二本を使い切り、銃を投げ出すと私は双剣に手をかけた。
相手方も平静を取り戻しつつあったが、その数は残り二十足らず。許容範囲内だ。
…神聖力:通常励起
体の内に意識を向けると、身体は朧げな光に包まれる。
『…変身』
何処からか呟きが聞こえたかと思うと眼前には四足の怪物の姿があった。ドーベルマンを大型にし、さらに凶暴性を増したような獣が顎門を大きく開いている。
私は即座に身を屈めると動きの軌道上に聖剣をただ据える。
瞬間、両断された。
余りある速さというものは諸刃の剣。こうして刃を添えてやるだけで首が落ちる。
胴が半身を抜けて後方に行く最中にもう一方の剣で背面を刺し、引き抜く。すると突撃者は真紅と共に灰塊へと転じた。
…次の標的は
扇状に点在する敵を睨め付けると上空から蒼白の光が差した。
思わず見上げるとそこには猛禽類特有の鋭い眼光に二対の雄々しい羽を携える怪物の姿。突如として発生した光の正体は口元にあった。そこには稲光特有の帯電が青白く輝いている。
…召喚されたか
影の能力は二種類。一つは影自体を用いた転移や攻撃。もう一つは動物の使役だ。
能力の程度に差があるが、中には使役した動物を混合させ『合成獣』を作り出す術者も存在する。それを影に保有し、戦力とするのだ。
間もなく幻獣は体を大きく仰け反らせたかと思うと雷撃を放った。私は反射的に双剣のうち一本を宙に投げる。するとそれらが中空で激突した瞬間、放電が起こった。雷撃の余波は一帯に落雷となって降り注ぐ。
「ああ、もう滅茶苦茶だよ。あの子!」
例の吸血鬼が白む視界の中で喚く。私はそれに目もくれずに稲妻の只中を疾駆し、吸血鬼を屠っていく。その中に術師の姿があったのだろう。空にあった怪物はどろりと黒い粘性の物へと姿を変えるのが視界の端に映った。
やがて雷の影響か、雨が降ってきた。私は一人の男の前に立っていた。
八十はいた吸血鬼もあと彼だけだ。
「仲間を売って楽に死ぬか、何も話さずに苦しんで死ぬか。あなたはどっち?」
立ちすくむ彼を睨め付け、私は額に白刃を向ける。
「…あーね、死ぬのは決定事項なのね。ヤラシイね、君」
男は視線を逸らし、ため息混じりに悪態をつく。そして、男は項垂れたかと思うとこちらを見上げ、喋り始めた。
「あれだろ、君。君が『死神イェグディエル』、だろ?舞い降りた戦場の吸血鬼は誰一人として残らない。だから誰も知らない。イェグディエルが来たという記録以外には」
「だったら、何?」
勝敗が決したというのに戯けた調子を崩さない彼に私は淡々と答える。雨水が頬を伝い、服を濡らす。雷鳴の余韻が上空に漂う。私はその只中で躊躇なく斬撃を見舞った。
「った!」
まずは右腕、ついで左足。上位の吸血鬼故、すぐに再生が始まる。しかし、痛覚はある。絶え間なく続く苦痛に耐えられる吸血鬼はそう多くない。
…させない
四肢を切り落とし、再生。…切り落とし、再生。繰り返される拷問の中で逃げ出そうとする彼の『影』に銀剣を突き立て、切り裂く。神聖力の損傷を受ければ影は暫く使えない。
やはりというか、能力には恵まれていないらしい。まるで抵抗がない。こうした吸血鬼は稀にいる。統率力に優れ、生き残り続ける。前例はままあった。
「あなた『真祖復活』について何か知ってる?」
私は問う。『王狼派』が活性化した時期と『真祖復活』の噂が流布した時期は一致していた。
「…し、知らない。クリストフ…『キング』は何か知ってるみたいだったけど、俺たちはただ指示されただけだ!」
恐怖によってか瞳は見開かれ、彼はせめてもの抵抗とでもいうように残っている一対の手足で器用に後退する。
「王狼派の他の拠点は?」
「…ない、ないない!あとここだけだ。他は『同族殺し』にやられた。中小規模は全部」
…『同族殺し』
ここでも名前が出たか。
「彼、ないし彼女は誰?」
「知るわけないだろ!君と一緒だ。あいつのいた場所には何も残らない!あるのは結果だけだ。『恐らく『同族殺し』がやったんじゃないか』っていう」
やめろとでも言うように必死に振られた右手を切り落とす。
…これ以上は無駄か
多分、彼は何も知らない。そう思ったとき、視界が《《ブレた》》。刹那に立ち眩みを覚え、意識が遠のきかけるも倒れる間際に片足を踏み出し堪える事に成功する。
…これは何…?
「あはっ♪やっと効いてきた」
朦朧とする頭の中で男の恍惚とした声が響いた。




