9.神崎千智の独白
《——千智》
——『王狼派残党掃討作戦』当日
屋上を吹き荒ぶからっ風が頬を撫でる。
宵闇に溶け込むような濃紺の修道服に身を包んだ私はキングヴォルフが率いた『王狼派』が拠点とする廃ビル群。それらを見渡すことの出来る建物の屋上にいた。
今の私の役目はここからの敵陣偵察である。
私は徐に軍用の双眼鏡を用いて周囲を見渡す。大小のビルがひしめき合っている眼下には、人の姿はない。『掃討作戦』のため一時的な立ち退きを断行したからだ。
…何で、まぁ。これ程の規模が隠匿され続けたのか
私は辺りを見回しながら思う。それには大きな理由があった。
そもそもこの一角は『東京大空襲』で焼け野原になった土地だ。
誰もが投げ出したその土地を戦後、買い集める物好きの中の一人がここの主だった。新しい農地が欲しい程度の理由で買い付けたはずが、はてさて東京はその後変革を遂げた。
それによって地価は急騰。土地を貸し出すことで男は莫大な富を得た。
問題はここからだ。
その男は成金で生前、これ見よがしにパーティを催していた。富を自慢したかったのか、単に友人と共に過ごすのが好きだったのかは分からない。
兎も角、そのパーティに目をつけ、悪事を働いた者があった。それがあの『キングヴォルフ』である。彼はそのパーティに参加し、男と成り代わった。
『キングヴォルフ』は狡猾にも成り代わった男と区別が付かないほどの偽装を果たした。成金の子供たちが残した手記の中には
『最近、親がおかしい。まるで別人のようだ』
と書かれていたが、隣人を騙すには事欠かなかったらしく表沙汰にはならなかった。
かくして彼は『キングヴォルフ』と呼ばれる『嗜好派』の吸血鬼と例の男と二重の顔を持った生活を手に入れた。それからは子供に成り変わる形で現代まで生き延びていた。
吸血鬼にとって容姿の変容は容易い。彼らの『影を操る能力』を持ってすれば、何にだって成れる。
『影』に死体を食わせ、その情報を元に肉体を組み替える。遺伝子情報からDNAさえも模倣する。人を喰らい続ければ、能力も飛躍しもはや区別が付かなくなる。
——誰が吸血鬼か
それは吸血鬼として死を迎え灰塊となるまでと分からない。灰塊に含まれた数多の遺伝子が事を語るのだ。
…それを考えると『同族殺し』は良くやってくれた
あれが吸血鬼として振る舞っている時に処したのだから。おかげで大罪が詳らかとなった。
だが、私はどうも彼(彼女かは分からない)が好きになれない。
吸血鬼を襲う吸血鬼は他にも存在する。だが、彼らには懸賞金という明確な目的がある。
だが、『同族殺し』にそれはない。動機を持たずして只々、大罪を犯す吸血鬼を屠っていく。それも尋常ならざる速さで持って。
過去には最高幹部二席を空席にした他、上位幹部を幾度となく入れ替え、その末端に及んでは数も知れない。正直、不気味が過ぎる。
しかし私の思いとは裏腹に、彼は『嗜好派』の弱体化に大いに貢献している。
それこそ——聖教を凌ぐほどに。
『イェグディエル』。
天使の名を賜り、世界で六番目に強いとされる私でもそんな成果は上げられていない。四番目のエバンさんでもこの頻度で戦果を上げるのは不可能だろう。
強いていうなら、筆頭の『ミカエル』。聖槍使いのルシオ・バーンスタイン。
彼も私たちと同じ『七天の担い手』の一人だ。普段は海外を飛び回り、悪辣な吸血鬼を屠っていると聞いている。当代きっての実力者なのは言うまでも無い。
五年ほど前、『嗜好派』を相手取ることから『同族殺し』は『穏健派』の吸血鬼の可能性が高いと、一斉遺伝子調査が行われた。
しかし、それでも彼と断定できる吸血鬼は現れなかった。彼が活動した場所には数多くの血痕が残される。情報は十二分にあった。聖教の当てが外れたのは明らかだ。
——なら、『同族殺し』とは誰なのだろうか。
遺伝子から彼は複数ではない。それに『穏健派』でもない。そもそも一体何のために、どんな動機が吸血鬼の彼をそこまで焚き付けるのか。…分からない。
…人を尊ぶ偽善者のつもりか。反吐が出る
私は『同族殺し』に愚痴を吐く。
吸血鬼がヒーロー気取りなど甚だしい。
太古の時代に人の存続を脅かし、現在でも民草の不安を煽り…。剰え、私の家族を一人残らず食らった一族の誰が人助け…。ああ、苛々する。吸血鬼なんて居なくなればいい。
『穏健派』と言えど、時折、食人衝動に抗えず、犯罪を犯すことはある。だから、信用出来ない。私は吸血鬼が大嫌いだ。
もし『同族殺し』に会う事があったら、襟元を握って問いただしてやりたい。
『人助けとはどういうつもりか』、と。
家族が殺された者の前でどんな態度をするのか。開き直るのか、許しを乞うのか。
そう考えていた時、口角がわなわなと歪みながら、引き上がるのが分かった。
どうやら私はどっちつかずの彼の存在が相当頭にキているらしい。
……ピピ
頭の中でむしゃくちゃしながら、偵察を続けていると無線が入った。
——いよいよ作戦開始だ。




