1-5 大きな膨らみの悩み
それからは目立ったトラブルもなく、偲ぶ会は閉会した。
次官には何度も頭を下げて謝罪され、フィクスもカリカも逆に恐縮してしまった。誰だって一度くらいの過ちはあるものだろう。ガーベラが亡くなって悲しかったというのは嘘偽りない本心だったのだろうから。
ホストとしてまだ雑務があるという学園長は、若いふたりを入口まで見送った。
「今日は急なことだったのに、ありがとうね」
「こちらこそありがとうございます。実りある時間を過ごすことができました」
「いや、俺は勝手に押しかけちゃってすみません」
サルビアはフィクスの顔をじっと眺めた。
「貴方を少子化対策チームに入れることはできないのだけど、その代わりカリカの相談相手になってもらえる?」
「はあ」
「明日には報道規制が解かれて、世界で一斉に少子化問題の存在が発表される。これからの世の中、誰もがこの話題をすることになるはずだから。その中でカリカは十代の代表として知恵を絞っていく。気軽に相談できる同年代の子が必要でしょう。さっきみたいなこともあるわけだし」
このようなことは今日限りと思っていたのでフィクスは即答できなかった。
カリカに視線を向けると、小さく頷いてくれる。
「私からもお願いするわ。またこんな集まりがあった時は、引き続きボディーガードになってもらえる? 私から手を挙げるのは角が立つし」
「……確かに。暴力沙汰はカリカの将来に良くないな」
「理解してくれてありがとう。ご家族と、キュラス神父の教育が行き届いていたようね」
「学園長、俺とキュラス神父のことご存じだったんですか」
「さっきカリカが教えてくれたわ。ずいぶん可愛がられていたそうじゃない。神父は長らく植物科の客員教授だったけど、子供の頃から直接教わっていたなんて幸せだったでしょう」
「昔から神父のこと尊敬してたんですよ。あちらも俺がかつての戦友の……勇者メアニルの子孫だっていうんで、カリカと一緒に目をかけてもらって。俺は傍系ですけど」
皺の多い小さな手がフィクスの肩に置かれた。
「直系だの傍系だの、もう言わないようにしましょう。その人の人間的魅力に何も変わりはないのだから」
カリカとフィクスは学園長に別れを告げ、迎賓館を離れた。他の出席者の多くはホテルが林立する区画へ向かっている。学生ふたりだけ、エクリプス魔法学園に続く別方向の夜道に入っていった。
街灯の光にカリカの横顔が照らし出され、無意識のうちにフィクスは見とれた。陰影織り成すその顔に、明るい場所では現れない、ほのかに妖しい魅力があった。
……こんな夜にカリカとふたりきりで歩くなんて今まであっただろうか? 高鳴る心臓の音が夜道に漏れてしまいそうだった。
「フィクスはさ、私のこと、そういう目で見ないよね」
「……そういう目って?」
「胸を見ないねってこと」
唐突すぎるインパクトに少年の心臓はもう一段階大きく跳ねた。
「さっきの会でもさ、オジサマたちは極力紳士らしい振る舞いをしていたけど、それでも時折チラッとは見てきた。むしろオバサマたちのほうがあからさまにジロジロって見てた。学園長だって」
「あ、ああ」
カリカに注がれる大人たちの好奇の視線にはフィクスも気づいていた。
無理もない、と言っても仕方ないのだろう。これはあまりに大きく、目立ちすぎる。否応なく周囲の目を惹く。学園でも日常茶飯事なのだ。
「まあ私だってすごく背の高い人がいたりしたら、はえーって顔で見ちゃうけど。それと同じようなもんだとはわかってるけど」
「う、うん」
「でも、フィクスはいつもちゃんと私の目を見て話してくれるよね。それだけでちょっと嬉しかったり」
フィクスはホッとした。同時に悩ましい気分になった。
嫌われてしまわないようにと、自分がどれだけ視線をずらす努力をしているか……このデッッッッかくなりすぎた幼馴染は理解していないらしい。
「ひいおじいちゃんは若い頃胸板ムキムキだったらしくて、それが遺伝したのかな」
「そういう形の遺伝はないんじゃないか」
「正直、肩が重くてね。本当に何でこんなに育っちゃったんだか。植物科で肩凝り解消の魔法薬とか作れない?」
「考えたこともなかったけど……検討してみるよ」
「ホントに? それで特許取ったら、きっと大儲けできるわよ。巨乳に悩む女性は多いはずだし。私がいくらでもモニターになってあげる」
思わずスキップするカリカ。ゆさゆさと縦に弾むそれから、フィクスは慌てて顔を逸らす。
初めてだった。彼女がこの数年急成長している胸の悩みをこうまで打ち明けてくれるのは。
下心はない、妙な劣情を向けてこない、友達として付き合いやすい紳士な幼馴染……どうやらそう思われているとわかって、フィクスはまた嬉しくも複雑になった。