1-4 偲ぶ会
ゴールデリア城に隣接する迎賓館は優しい魔導の光に包まれている。入口に集まる会合出席者たちのダークカラーの衣服を春の太陽のように照らし出していた。
そんな中で制服が正装となる学生ふたりはいっそう輝いて目立った。乳白色を基調としたブレザーは若い命を象徴するというのがガーベラの主張だった。デザインに細かな変遷はあるものの、そのカラーリングはこの八十年変わっていない。
「緊張しないで。私の隣にいれば大丈夫だから」
予定にないフィクスの同行はサルビアにあっさりと許可された。カリカの言ったとおり、女生徒ひとりでは不安という気持ちを汲んでくれたのだ。
「有名人ばかりだ……あそこにいるの文部大臣だろ」
「学園の卒業生だものね。あちらの着物スタイルの人はニーファン国の首相。東方校の卒業生よ」
ホストである学園長に付き従うフィクスとカリカは注目を集め、よく声をかけられた。
「君たち! 照明が普及したのもガーベラ先生のお力が大きかったことを知っているかね?」
「はい。ガーベラ先生は魔法教育と同時に、魔道具による民衆の生活レベル向上に力を注がれました。その両輪こそが大事だと」
「そうだとも。照明の魔道具など私の親の時代では非常な貴重品だったというがね。ガーベラ先生は誰でもそれを使えるようにした。本当に偉い方だったよ」
地位の高い人との会話もカリカはある程度慣れているらしかったが、フィクスはとても渡り合える気がしなかった。そもそも今回は付き人のようなポジション、出しゃばる必要もないと気楽に構えていた。
ややあって、サルビアが開会の挨拶をするべく壇上に立った。
「皆様、このたびは偉大なる魔法使いガーベラ先生を偲ぶ会にようこそお集まりいただきました。彼女はこう遺言に残されていました。『偲ぶ会とかをやるなら、せいぜい暗くならないように。明るい未来の話をしながら、私のことを懐かしんでちょうだい』と。そういうわけですのでたくさんの思い出話と、今後の世界のお話に花を咲かせていただきたいと思います」
挨拶は手短に終わり、献杯の声が上がった。
偲ぶ会は立食形式で行われ、軽食と酒が供されている。若いふたりにはジュースが用意された。
有力者たちへのカリカの紹介は、ここからが本番だった。
「ほお、ベンダー博士のひ孫さん。お噂はかねがね。あの論文も拝見しまして……」
「私もベンダー博士の影響で学問の道に進んだ口でして……」
「ベンダー博士の功績たるやガーベラ先生にも劣りません。しかし私はどちらかといえば、戦士時代の豪快なエピソードのほうが好みで……」
常に微笑みを絶やさず、一回りも二回りも年上の大人たちの相手をこなす幼馴染を、フィクスは尊敬の眼差しで見つめた。
この素敵な少女に釣り合う男に、いつか本当になれるのだろうか。こんな立派な場だから、なおさら不安の気持ちが首をもたげる。
そんなフィクスを、いかにもついでという感じではあったがサルビアは紹介していった。
「ウィード氏のひ孫さんかね!」
「あ、はい。傍系です」
「いやいや卑下することはない。ウィード氏は勇者メアニルの伝記を物した大作家じゃないか」
「家族でなければ書き得なかったことだよ。我々がいま勇者の人生を事細かに知っているのもウィード氏の働きあってこそだ」
「もう相当のご高齢だろうが、まだまだ長生きしていただきたいものだね」
カリカがクラッカーをつまみながら笑いかける。
「よかったわね、話題に入れて」
「別に俺自身が褒められたわけじゃないからなぁ……」
「さて皆さん、そろそろ例のお話をしてみませんか。明るい未来の話になるとは限りませんが」
サルビアの言葉に、高揚していた者たち――少子化対策チームの面々は少なからず表情を引き締めた。
「しかしどうも信じられませんね。少子化などというのは。魔王滅亡後、世界はかくも平和に発展した。であれば人々も女神プレグナの教えどおり、産めよ増やせよで繁栄しているはずでは?」
「統計が出ているのですから疑う余地はないでしょう」
「いや、この問題を初めて聞いた時はハッとなったものです。うちの娘も未だ独身で」
「私の息子もですよ。三十も過ぎたというのに仕事と趣味にばかり生きている」
「結婚するお金がないわけではない。するとどうしてなのでしょうね」
別に深刻な話し合いをするわけではないのだなとフィクスは思った。
今回はあくまでもメンバーの顔合わせ。特に将来有望な才女カリカの紹介。話し合うにしても雑談程度のものだったのだ。
「まあとにかくそういう社会問題があるとなれば、明日には一斉に世界中で報道されるわけですから、若者たちは勝手によろしくやってくれるのではないですか? はっはっは」
カリカがサルビアを見る。
「少子化問題なるものが、初めて公で報道されるんですね」
「ガーベラ先生が亡くなるまではと、ほとんど私のわがままでストップをかけていたの。あの方には心穏やかに逝っていただきたかった」
「少子化解消なんて簡単よぉ! ひたすら子作りすればいいだけでしょっ!」
ふいに、ひどい赤ら顔の中年女性が叫んだ。
「後輩ちゃん!」
「は、はいっ?」
すっかり据わった目をカリカに、いや彼女のブレザーを過剰に盛り上げるバストに向ける。
魔法政治学科の卒業生でやり手の外務事務次官と紹介されたが、そんな雰囲気は微塵もなかった。先ほどから次々とグラスを煽ってばかりいる。
「こんだけお見事なボディしてれば男には困らないでしょーが。五、六人は軽そうねぇ。何なら十人くらい産んじゃいなさい! あははっ!」
「や、やめてください……」
「そこの彼に相手してもらいなさい! なかなかの性豪って顔をしてるわ――」
パシャッ。
軽い水音が立った。
フィクスが次官の真横で、口の開いた小瓶を持っていた。中の液体を彼女の頭に丸ごとぶちまけたのだ。
そこから何か悪いものを連れていくように、いくつもの細やかな光の粒子が立ち上り、消えていった。
「目、覚めたでしょう?」
「……っ、??? あ、あたくしってば何を……やだ、酔っ払ってたの?」
次官の顔の赤味は嘘のように引いていった。代わりにみるみる目尻に涙が押し出されていく。
「ぐすっ、ごめんなさい、恩師のガーベラ先生がいなくなったのが、あまりにも悲しくて。飲まなきゃやってられないと思って……!」
「そうでしたか。ガーベラ先生に直接教わったことのある世代の悲しみは、俺たちの世代よりもずっと大きいですよね」
「ふ、普段はこんなんじゃないのよ! 許して……」
「……今のは、見なかったことにしましょう? ガーベラ先生もこんなことで諍いは望まないはず」
サルビアの一言に、一同は揃って頷いた。次官はこの場にいづらくなったのだろう、トイレの方向へと駆け出していく。
フィクスは何事もなかったように空き瓶をポケットにしまった。
「ねえ、今のは……」
「あらゆる状態異常を消し去る魔法薬だよ。酔い覚ましなんかに使うにはもったいないんだけど。カリカが酔っ払いに絡まれる、一応そんな想定もしていたから」
目が覚めたというのは比喩ではなく文字通りだった。それほどの効果の魔法薬は一般には出回っていないはず……。
「ごめん、ちょっと俺もお手洗いに」
早歩きでこの場を離れるフィクス。
カリカの付き人という以上の目で見ていなかったサルビアは、去りゆく少年の背中に初めて感心の眼差しを向けた。
「なかなかやるじゃない、あの子。ずいぶんレベルの高い魔法薬を持ってるのね」
「もしかして、ご存じなかったですか?」
幼馴染の思わぬ活躍に、カリカは少し誇らしげだった。
「勇者パーティの生命線だった、僧侶キュラスの最後の弟子。魔法薬に関してだけは植物科のエースですよ」