1-3 少子化対策チームへ
「興味はないかしら?」
はしたない大声を出してしまったカリカは目をぐるぐるさせながらひとまず残りのハーブティーを勢いよく飲み干した。
「ぷはああ……本気でおっしゃってるんですか学園長」
「本気も本気。考えてもごらんなさい。いくら偉い魔法使いだからと私のようなババアが若者たちに向かって『子作りしなさい』とか言っても鬱陶しいだけでしょう」
「そ、そうかもしれないですが……なら逆にこんな学生に言われるのも鬱陶しいのではないですか」
学園長も優雅にティーカップを空けてから、フッと微笑する。
「貴女が平凡な学生であればそもそもこんな要請はしません。貴女は近年に例のないほどの優秀な人材だと、すでに実績が示している。そして、かつての勇者パーティの唯一の直系子孫。このネームバリューは大きい」
「それは……」
何か反論をしたかったが、カリカの口は重くなった。
魔法使いガーベラ、僧侶キュラス。そして勇者メアニル。魔王を倒した立役者たちの実に3人もが、その血を残すことはなかった。
平和を取り戻した後、ガーベラは生涯を魔法普及の仕事に生きた。キュラスは研鑽を積み神父となったが、彼の奉じるプレグナ教は高位の者は伴侶を持てない決まりがあった。
未だに謎とされているのがメアニルだった。王都ゴールデリアに帰還し莫大な報奨金を受け取ると、それらを戦災者に直接寄付するために、今度はひとりで再び世界を旅した。
(伝説となった勇者だ。旅の途中、引く手あまただっただろうに)
むしろ女性のほうから強引に迫ることだってあっただろうと、カリカも不思議に思う。しかし彼は誰を娶ることもなく独身を貫いた。私生児もいないことは数々の証言から確かである。
勇者の血など残せばかえって面倒事の種になるから。将来を約束していた女性はすでに亡くなってしまったから。実は同性愛者だったから……。
メアニルが子供を作らなかった理由については様々な憶測が流れたが、はっきりしたことは誰もわからない。ベンダーもキュラスもこれに関しては何も語ることはなかったのだ……。
「あえてもうひとり挙げるなら、直系ではないけれど――」
「フィクスですか?」
「植物科だったわね。勇者の弟のひ孫。成績は中の上くらいだったかしら。……うん、やっぱり彼ではインパクトが弱いわ。貴女のほうがアピールになる」
「もう私がお話を受ける前提になっていますが」
「もちろん無理にとは言わないけれど、本当に興味はないの? 少子化対策はきっとこれから、世界中の政治の最重要課題になる」
カリカはここで初めて真剣に考えた。
立派な政治家を目指すからには、困難な課題に立ち向かうべきだ。それが社会のさらなる発展に繋がる。
そんな課題の対策チームに、学生のうちから加われるとなれば……めったにない素晴らしい機会と言えるのではないだろうか。そう思うと、躊躇いの気持ちはすぐさま消し飛んだ。
「わかりました。このお話、お引き受けします」
「ありがとう。きっと引き受けてくれると思っていました。では今夜さっそく会合があるから、準備をしておいてくれる? 服装は制服のままでいいから」
「会合ですか?」
「葬儀で世界中から要人が集まっているでしょう。迎賓館でガーベラ先生を偲ぶ会が開かれるの。そこで軽い話し合いもね。我が国の少子化対策チームの、優秀な最年少メンバーを紹介させてちょうだい」
それでこのような急な呼び出しを受けたのだとカリカは得心がいった。
もしかしなくても、政界デビュー? 幼い頃からいろいろなパーティーに出席してきたカリカだが、その言葉の甘美な響きには多少なりとも高揚させられる。
「それでは、いったん寮に戻りますのでこれで失礼します」
カリカは静かにソファから立ち上がった。一拍遅れて胸部の膨らみが上下に揺れた。
「しかし本当に見事ねぇ」
もう何も応えずにカリカは学園長室をあとにした。自然と足は軽くなり、早歩きで学舎を抜け出た。
確かに面食らったし、まだどこかモヤモヤするものの、やっぱりこれは自分にとっていい機会のはず。
(ひいおじいちゃんも、きっと最初はこういう気持ちだったんだよね)
曾祖父のベンダーが魔王討伐の旅に乗り出したのは、幼馴染でのちに勇者となるメアニルに「魔王を倒しに行こう」とごく軽く誘われたのがきっかけだったらしい。
当時王都一の力自慢ともてはやされていたものの、さすがに躊躇があった。しかし幾度となく誘ってくるメアニルの熱意にほだされて同行することになり……ついには本当に魔王を倒してしまった。
何事も、思いきって飛び込んでみることが必要なのだ。
しかしそれはそれとして不安はある。会合に集まるのは紳士淑女たちに違いないのだから何か起こるはずもないだろうけど、女子学生などきっと自分ひとりに違いない。
カリカの足は男子寮に向いた。男子寮は女子禁制――逆もまたしかり――なので、エントランスで呼び出しをしてもらう。街で遊んでいなければ部屋にいるはずだった。
はたしてフィクスはすぐに駆け下りてきた。事情を手短に話す。
「すごいじゃないか。そんな大役を任されるなんて」
明るい顔で褒め称えられて、カリカは思わず口端を曲げた。
この幼馴染の少年は小学校の頃から、カリカがテストで満点など取るたびにすごいすごいと称賛してくれた。それが未だに変わっていないことに可笑しさを覚えつつも、胸の中の自尊心が少なからず満たされていくのを感じていた。
「それでフィクスも、今夜開かれる会合に同席してほしいの」
「俺が? その対策チームのメンバーじゃないから無理じゃないのか」
「女生徒ひとりじゃ不安って気持ち、学園長もわかってくれるでしょ」
「……本当に俺でいいの? 同じ魔法政治学科の先輩とか」
「さっき、誘いを断っちゃったでしょ。その埋め合わせも兼ねてってことで」
「あ、そういうことなら……!」
フィクスは頬を紅潮させた。思わぬ政界デビューに昂ぶっているのかもしれない。
「よろしい。私のボディーガード、どうかお願いね?」