第86話『温泉混浴と流星の煩悩大爆発』
──それは、煩悩という名の熱湯だった。
リヴァル村の共同温泉。緩やかに湯気が立ち込め、木造の脱衣所から一歩踏み出せば、そこは四方を囲まれた大浴場。岩と木と湯の香りが混ざりあい、まさに自然の恵みそのもの。
だが──その中央に。
「お待たせしました、流星さま♡」
「ふぉあっ……!?」
まさかのタイミングで、アリシアが全裸で登場。
さらに、その横にはリリア。そしてミレーユ、ヴァネッサまで……。
「な、なんで全員こっち来るの!? ここ、混浴だったの!?」
「だから言ったでしょ、ここでは“裸が正装”だって……」
リリアは肩まで湯に浸かりながら、あっけらかんとした表情を浮かべる。
「健康のためよ、健康。……あんた、なに赤くなってんの?」
「いや、赤くなるでしょ普通!? なんだその無意識の煽り力ッ!」
湯の中で、流星はひたすら己の視線と煩悩を制御しようと試みていた。
だが──限界は近い。
リリアの艶やかな濡れ髪。
アリシアの肩に滴る湯の雫。
ミレーユの恥じらいながらも背筋を伸ばす気高さ。
ヴァネッサの堂々たる曲線。
この状況を“煩悩地獄”と言わずして、何と言おう。
「おーい流星〜。こっち来いよ、肩揉んでやる♡」
「こら待てヴァネッサ!! それはアカン!! 色々アカン!!」
「じゃあ、私が背中流す?」
ミレーユがタオルを持って近づいてくる。
「……君まで!? 王族の威厳とは!?」
しかし──そのとき、流星の鼻孔に妙な“香り”が届いた。
甘い。けれど鋭く、脳の奥を直接くすぐるような芳香。
それは、温泉の湯気に紛れて漂っていた。
(この匂い──前にも感じた……夢魔が使ってた、あの“幻惑の香”……!)
すぐに立ち上がろうとするが、身体が重い。
思考が霞み、目の前の美しい裸身がさらに魅力的に見えてしまう。
「ふふ、どうしたの? 顔、真っ赤よ……」
「流星……? なんだか……目が……とろんとしてる」
ヒロインたちの表情が曇る。
リリアが湯から飛び出し、タオル一枚で流星の肩を揺さぶった。
「まさか……湯そのものに、“幻惑香”が混入されてる!? くそっ、誰が……!!」
アリシアが即座に魔術検知を発動。
湯の中の魔力を解析し、目を見開いた。
「これは……“精神干渉型香料”。低濃度だけど、時間と共に意識を奪っていくタイプ!」
「じゃあ……村全体が、すでに……?」
湯の中に座り込んだ流星は、かすれた声で言った。
「……俺は、風俗は好きだ。でも……無理やり幻覚で癒されたら、それはもう……風俗じゃ、ない……」
ぐらり、と身体が揺れる。
もう意識が限界だ。
しかしその瞬間、リリアが彼の額にキスをした。
「お前が選ぶべき癒しは、“自分の意思”で選ぶものでしょ? 目を覚まして、流星……!」
その言葉と共に、流星の視界が白く染まった──。
◆
目を開けると、そこは脱衣所だった。
リリアたちが自分の周囲に集まり、心配そうに覗き込んでいる。
「目、覚めた……!? よかったぁ……」
「幻惑に完全に飲まれてたのよ……ギリギリだったわよ、ほんとに」
「……ああ、助かった。煩悩で死ぬとこだった……」
起き上がると、タオルが肩に掛けられていた。
流星は照れ笑いを浮かべながら、リリアたちに頭を下げた。
「ありがとう。俺、やっぱり……風俗もいいけど、おまえらも……最高だよ」
その言葉に、一瞬ヒロインズの顔が赤く染まる。
「な、なによそれ……バカ」
「全裸で告白って……どんなラブコメよ……」
温泉の湯気の中、照れ笑いと怒鳴り声が交錯する。
だが──その奥では、誰かが静かに“幻惑香”を調合していた。
事件は、まだ終わっていなかった……。




