第65話『男たちの館──失踪冒険者たちの末路』
──その屋敷は、まるで迷宮だった。
表の「癒しの楽園」とはまるで違う。
路地裏をさらに抜けた先、蔦の絡まる石造りの館。
表札には《セレニス館》とだけ記されている。
リリアが斥候のように扉を開いた瞬間、濃密な甘い香りが鼻腔を打った。
「くっ……これは、香……いや、違う。感情を撹乱させる気体成分だわ」
アリシアが眉をひそめて指を鳴らすと、淡い光のバリアが仲間たちを包み込む。
「簡易抗魔結界よ。できるだけ長くは持たないけど……」
ヴァネッサは頷きながら、斧の柄を強く握った。
「で、ここが噂の“裏女王館”ってわけね」
流星は一歩、ゆっくりと足を踏み入れた。
そこはまさに──男たちの“牢獄”だった。
◆
白い廊下。豪奢な内装。
だが、壁には無数の“誓約文”が書かれていた。
《女王様の命令には、絶対服従》
《愛されるには、従うことが義務》
《無思考であれ、それが至上の忠誠》
「──うわ……なんか、宗教じみてる」
流星がつぶやいたとき、足音が聞こえた。
ぺた。ぺた。ぺた……。
現れたのは、白装束の青年たちだった。
みな同じ顔つき。虚ろな笑顔。目に光がない。
だが、全員が整った体格で──冒険者の名残を感じさせた。
リリアがさっと前に出る。
「待って! あなたたち、名前は!? どこから来たの!?」
青年の一人が、微笑んだまま言った。
「……僕は、“忠犬03号”。名前なんて……もう、必要ありません」
ぞわりと、背筋に冷たいものが走った。
「僕は幸せです。だって、女王様に撫でてもらえるんですから」
「そうよ、これが“癒し”なの」
いつの間にか現れた一人の女性が、彼の頬に手を添える。
華やかなドレス、美しい顔立ち、けれど──その目は空虚だった。
「彼らはね、私の“お気に入り”なの。裏契約で“所有”したのよ」
「所有……だと?」
流星が低く唸る。
「人を、そんなモノみたいに扱って……!」
アリシアが口を開いた。言葉は鋭く、冷たく。
「これは、“快楽”じゃない。“支配”よ。
しかも、自覚のないままの洗脳──意志を削って、従属させる形の最も悪質な魔術」
その瞬間、空気が変わった。
「無礼な」
奥の部屋の扉が、音もなく開いた。
現れたのは、漆黒のドレスに身を包んだ女王風の美女。
背筋を伸ばし、瞳に絶対的な自信を湛えている。
「あなたたち、招かれていないのにずいぶん騒がしいのね」
その声に、一斉に白装束の青年たちが跪いた。
「“統括女王”シルヴィア様──!!」
──異様だった。
その女の一言一言に、男たちは熱狂し、恍惚すら浮かべている。
「彼らは、私の愛を知っている。
“誰かの役に立ちたい”という本能に、優しく手を差し伸べただけ──それがいけないの?」
「本能に乗じて洗脳するのは、“優しさ”とは呼ばないわ」
アリシアが、きっぱりと断じた。
「あなたは、“愛”を語りながら、ただ欲望を食ってる。
しかも、男の“無防備な部分”だけを利用して!」
シルヴィアの表情が、わずかに歪んだ。
「なら、あなたも試してみる? 私の“契約香”を」
瞬間、甘い香が噴出された。
「くっ!」
アリシアがすかさず魔力で防御を展開。
だが、空間自体が“香り”に支配されていた。
リリアが後ろから流星を押し出す。
「流星、ここは引く! 後で、みんなまとめて叩くために!」
「──くそ……! わかった!」
一行は霧のような香の中を抜け、扉の外へと退避した。
後ろでは、シルヴィアが優雅に笑う声が響く。
「またいらっしゃい。“契約”は、あなたを裏切らないわ──」
◆
屋敷を出たあと、ヴァネッサが一言、吐き捨てた。
「……あれは、マジでヤベェ」
流星は額に浮いた汗を拭いながら、低く言った。
「笑ってたよな、あの“冒険者たち”……
でも、笑顔に全然、魂がなかった」
ミレーユが静かに言った。
「“愛される幸福”じゃない。“愛さなければならない”っていう、呪いの顔……」
アリシアは一歩、前に出る。
「この街……放っておけない。
“癒し”という名の洗脳から、男たちを解放しなきゃいけない」
流星は拳を握った。
「行こう。次は、“支配の香り”そのものを絶つんだ」
そして──
仲間たちは、次なる舞台《洗脳香の源泉》へ向かう。




