第58話『神官プレイと幻術の罠──神の名を騙る者たち』
「──この香り……おかしいわ」
そう言って眉をひそめたのは、アリシアだった。
神殿街“ユニ=ラマ”の中心部。
月下に白く輝く《神託の泉》の裏手、禁制の香炉が並ぶ供香室──
ミレーユとアリシアは、密かに神殿内部へと潜入していた。
「ここの香……ただの芳香じゃない。これは……幻術香」
「やはり……」ミレーユが魔導具を翳すと、細かな粒子が空中に浮かび上がる。
それは肉眼では見えない、極微細な“幻術系魔素”。
しかも、単なる幻覚ではない。記憶中枢に影響を与える“抑制成分”が混ざっていた。
「これ……深呼吸するだけで、短期記憶が曖昧になるよう調整されてる……」
「つまり、癒された客が“何をされたか覚えていない”のは──偶然じゃない」
アリシアは青ざめた。
「……なんてこと。これでは“信仰”の皮を被った、ただの洗脳じゃない」
◆
一方その頃──
「──はぁぁ……これは……夢だな……」
流星は、白い帳のかかった神殿個室の中で、ふかふかの寝椅子に体を沈めていた。
目の前には──神官服を身にまとった美女。
「本日は“洗体の儀”コースをお選びですね、流星さま」
「え、いや……ちょっとまだ選んだ覚えは……!」
「神託により、貴方の“癒し”を見定めておりますので──ご安心ください」
薄く微笑むその女神官は、手にした香油を湯で温め始めていた。
(やばい……心地よすぎて、思考が追いつかない……)
背後から柔らかい手が肩に触れる。
その瞬間──ふわりと、香りが鼻腔を満たす。
(ああ……懐かしい匂い……これ、昔……通ってた子と同じ──)
「おっとあっぶねぇぇぇええッ!!」
流星はがばっと飛び起きた。
全力で布団を跳ね飛ばし、後ろに転がる。
「香りで“昔の推し”の記憶引っ張ってくるなんて! ピンポイント過ぎるだろ!!」
神官は目を瞬かせたが、すぐににこやかに微笑む。
「──やはり、貴方には“深層記憶型”の癒しが最適のようですね」
「癒すな! 頼んでねぇ!」
「では“手洗いの儀”に切り替えを──」
「いやそれもやめて! 一旦全部リセットして!」
必死に逃げようとする流星を、神官がそっと引き留め──
「大丈夫です。すぐ、楽になりますよ」
──その瞬間、流星の鼻先にもう一度、幻術香が──
「ぎゃああああああああッ!? 俺は自分の意思で癒されたい派なんだよぉぉぉおおおッ!!」
部屋の隅で正座していた、なぜか同行していたヴァネッサが爆笑した。
「流星、面白すぎ! てか今の私なら、絶対“逆転の儀”を選ぶなー」
「なんだそのプレイ!」
「男女逆転の村ではね、女騎士様が男を膝枕で踏みつけて、“喜べ、下僕!”って叫ぶんだって。最高じゃない!?」
「絶対やだぁぁああああ!!」
◆
直後、部屋に飛び込んできたのは──
「──間に合った!!」
アリシアとミレーユ。
幻術香の詳細情報を握りしめて、怒り心頭で飛び込んできた。
「この香……記憶抑制だけじゃないわ。“性衝動”すら誤認させる幻覚成分がある!」
「つまり、されたことを“嬉しいこと”として記憶しちゃう……!」
流星は唇を震わせた。
「……それって……風俗の皮を被った、“思想改変”じゃねぇか……!」
神官の顔が──ゆらりと歪んだ。
まるで仮面のように“偽りの顔”が崩れていく。
「……バレてしまいましたか」
その声は、どこか甘く、空虚だった。
「“癒し”とは、現実を忘れること……違いますか?」
アリシアが剣を抜いた。リリアも後方に展開。ミレーユの杖が魔力を帯びる。
──幻術香の霧の中で、真の戦いが始まろうとしていた。




