第55話『神殿街の美神たち──耳にしたのは甘い誘惑』
ギルドの酒場は今日も騒がしい。夜の帳が下り、疲れ果てた冒険者たちが報酬で酒を煽り、女を口説き、下品な冗談を飛ばし合っている。
だが、その喧噪の中でも──“それ”は際立って聞こえた。
「おい聞いたか? 南の神殿街でさ、めちゃくちゃ癒される風俗があるってよ」
その瞬間、常盤流星は“スッ”と背筋を伸ばした。
45歳で培った長年の風俗センサーが反応した瞬間だった。
「神託の泉って店らしいんだけどよ、神官服着た南国美女が、“神の名のもとに”洗ってくれるんだとよ」
「神官プレイってやつか? ありがてぇ……ありがてぇな……」
「癒し? いやもう、これ信仰ってレベルだぜ」
流星の耳はそれ以上の情報を逃さなかった。すでに彼の脳内では“理想の神官服美女”が洗体タオルを握りしめ、微笑みながらこう囁いている。
──「神に仕える身として……清めさせてくださいませ♡」
「ッッ……これは……これは、行かねばなるまい……!」
思わず腰を浮かせていた。椅子がひっくり返る。背後のアリシアが振り返る。
「何? また何か変な妄想してたわけ?」
「ちがう、これは神のお導きだ! 神官服だ! 洗体だ! 南国だああああああ!」
バンッ! とギルドのカウンターを叩いて、流星は叫ぶ。
「ギルド長! 南の神殿街の地図と交通手段、それから風俗ライセンスの交付書類を出してくれッ!」
受付嬢は目を丸くした。
「えっと……任務でもなく、個人的旅行ですよね……?」
「個人的でも風俗は正義だ!」
そのあと、詳細な地図と宿の情報、そして“健全風俗街の営業再開通知”を確認した流星は、ニヤリと笑った。
──旅立ちは、明日早朝。
夜明けと同時に、誰にも気づかれず、ひとりで“癒し”の旅へ出る。
そう、今回は“ソロ風俗遠征”である──!
◆
深夜。宿の一室。
寝息を立てるリリア、ミレーユ、アリシア、そしてヴァネッサ。
その隣で、カチャカチャと静かに支度をする男がひとり。
「よし、下着替えも三枚、タオルも持った……汗かくしな。ローション? ……いるだろ、絶対」
バッグに風俗用の持ち物を詰め込んだ流星は、部屋の窓をそっと開け、月明かりの下へ忍び足で抜け出した。
だが──
「どこ行くの?」
背後から、キレッキレの声が飛ぶ。振り向けば、リリアが起きていた。半眼で、剣を片手に立っている。
「ひっ……いや、その……散歩?」
「鎧、フル装備。剣、腰に。リュックには下着とローション。どこをどう見ても“南国突撃準備”でしょ」
「ぎゃあああああああ!!」
その瞬間、バタン!と部屋の扉が勢いよく開く。
「やっぱり、またコイツ何かやらかしたのね!」アリシアが手に魔法球を浮かべて突入。
「水着ある? 南国ってビーチ? 水着ってこと?」ヴァネッサは完全に水着回期待モード。
「……私の宿泊費を勝手に使っていたら、即刻返済を命じます」ミレーユは書簡を取り出していた。
「ぎゃああああもうバレバレだあああああ!!!」
◆
ギルドの入り口にて。
荷物を取り返され、全員の前で正座させられた流星は、頬をひくつかせていた。
「……いや、ほんとに、ただのリラックス旅行なんだよ。いやらしい目的なんかひとつも──」
「ねぇ、いつも言ってる“洗体”“癒し”“献身的サービス”って、ぜんぶいやらしい目的からじゃない?」
「ヴァネッサお前は黙って水着探してろ!!」
結局──
「今回も全員で同行する。以上!」
「ええ~!? あ、でも全員で行くなら合法ってことになるのでは?」
「その“合法”の定義、めちゃくちゃすぎるから!!」
こうして、“ソロ風俗遠征”は敢えなく失敗。
代わりに、“全員巻き添え南国遠征”が幕を開けた──。




