第51話『風俗街、再び解放──快楽は罪じゃない』
風が吹いていた。
朝焼けに染まる王都ユグノール通り。
かつて結界に覆われていた風俗街の一角に、陽光が差し込んでいる。
ローズ──夢魔の女王が倒れ、精神を縛っていた幻影の結界は完全に解除された。
建物の壁を這っていた快楽の魔紋は音もなく消え、空を漂っていた淡い香りも、まるで嘘だったかのように霧散していた。
「……本当に、終わったんだな」
常盤流星は、剣を肩に担いだまま、ボロボロになった靴を見下ろした。
思い返せば、ずっと走り続けていた。
ゴブリン狩りから始まった異世界生活。
目指すはただ一つ、風俗への道。
だがいつしか、金だけではなく、守りたいものが増えていた。
一緒に怒ってくれる仲間がいた。
パンツで喧嘩して、夢精で反省して、それでもそばにいてくれる“現実”があった。
──そして今、風俗街が“本来の意味”を取り戻そうとしていた。
◆
「お客様……?」
薄暗かった店舗の扉が、一つ、また一つと開く。
中から顔を出したのは、接客をしていた女性たち。
「わたし……ずっと夢の中にいたような……」
「でも、覚えてる……誰かが、呼んでくれた。現実に、戻れって──」
彼女たちは、自分の手を見た。
震えていた。
だが、その手で確かに、客を抱きしめ、言葉をかけ、笑い合っていた記憶があった。
「癒しって……私たちが“与えられる”ものじゃなくて、“一緒に作る”ものだったのね……」
涙を流す者もいた。
流星たちに、深々と頭を下げる者もいた。
──その空気の中、ひときわ大きな影が立っていた。
ギルド長である筋骨隆々の中年男が、流星たちの前に現れる。
「よくぞ、帰ってきた!」
王都ギルド長・ガルド・ベイルハート。
冒険者たちを束ねる頑固一徹な男。
「おまえたちが“ユグノール通り”を取り戻したと聞いた時、王都中の者が泣いたぞ!」
周囲にいた冒険者や衛兵たちが、次々と集まってくる。
「この街にとって、風俗街はただの遊び場じゃねえ」
「疲れた戦士たちが、命のやり取りのあとに、ようやく笑える場所だったんだ!」
「そこに帰ってこられるってだけで、また戦おうって思えるんだよ!」
それは、賛美でも過剰な礼賛でもない。
ただ、“必要とされていた日常”を、取り戻したことへの純粋な感謝だった。
◆
「──よって、常盤流星およびそのパーティーは、王都防衛において多大なる貢献をしたものとし、ギルドおよび王都評議会より“英雄勲章・青蓮章”を授与する」
その後、王都の中央議事堂にて、公式の授与式が行われた。
壇上に立たされた流星は、緊張で汗を流しながらも、しっかりと勲章を受け取った。
「……俺で、いいんですか?」
「風俗を救った男にふさわしい勲章だ」
「褒めてんだか貶してんだかわからねぇな!?」
観衆がどっと笑った。
◆
表彰式が終わると、ギルド長のガルドがぽんと流星の肩を叩く。
「……戻ってきてくれて、ありがとうな」
「……いえ、俺はただ、“癒されたい”だけで……」
「いや、それでいいんだよ。癒しを求めて、でも仲間を守って、自分で立ち上がった。それが“本当の冒険者”だ」
◆
一方──《ローズ・セレナーデ》跡地に建った新店舗には、かつての女性たちが戻り始めていた。
「“癒し”は、誰かを無理に笑顔にさせることじゃないのよね」
「うん。“一緒に笑える”ことなのよ、きっと──」
そして、その店舗の看板に、流星の名前が刻まれていた。
《推薦冒険者:常盤流星──“癒しの再生者”》
◆
夕暮れ時、王都の広場。
パーティー一同は、大きなソファに座って休んでいた。
リリアが、お茶を飲みながらぼそっと言う。
「で、結局……風俗街は、どうするつもりなの?」
「行きたい!!」
「問答無用ッ!!」
ヴァネッサが筋肉で羽交い締めにし、ミレーユが横から「またですか」とため息をつく。
「でも、よかったですね。皆さん、ちゃんと笑ってて」
「そりゃそうだ。俺たちは、現実に帰ってきたんだ」
流星が、空を見上げて呟いた。
──快楽は、罪じゃない。
──逃げ場は、必要だ。
──でも。
「それは、“自分の足で歩いてきた現実”があってこそなんだよな……」
その言葉に、誰もがうなずいた。
王都ユグノール通り。
風俗街が再び灯を取り戻したその日──
それは、冒険者と風俗嬢と、癒しを求める者たちの“再出発の日”でもあった。




