第43話『再潜入! 館の奥にいる“夢魔のホステス”』
《ローズ・セレナーデ》──
王都の風俗街《ユグノール通り》の奥地にそびえる“夢の館”。
再びその重い扉を押し開いたのは、常盤流星ただ一人だった。
──仲間はまだ来ていない。
──だが、このまま“あの女”に囚われているわけにはいかない。
「俺の風俗観を……冒涜してくれたな……ッ」
低く呟いた声は、怒りと羞恥と若干の悔しさを含んでいた。
なにせ、一度は「幸せ……♡」と鼻の下を伸ばして堕ちかけたのだ。
煩悩が敗北寸前だったあの時の自分を思い出すたび、背筋が寒くなる。
──だが。
流星の心には、確かな火が灯っていた。
「本物の癒しは、現実の痛みの上にしか成り立たねえんだよ……!」
◆
館の奥へと歩を進めるごとに、空気が変わっていく。
香りが濃くなる。壁が赤く染まり、照明はやや暗く。
絨毯が深く沈み込み、歩くたびに足を取られる感覚すらある。
そして──
部屋の扉が、ふいに音もなく開いた。
「……!」
そこに現れたのは──見知らぬ、だが“なぜか懐かしい”女性だった。
母のような優しさを湛えた微笑。
初恋のあの子とそっくりな口元。
学生時代に一瞬だけ好意を寄せた先輩の髪型。
全てが、流星の“記憶の片隅”にある女性像の“断片”で構成されていた。
「おかえりなさい、あなた……今日も頑張ったわね」
──脳に、直接快楽が流れ込んでくるような声だった。
「……っ、こ、これは……!」
流星は奥歯を噛みしめた。
“現実では叶わなかった想い”──
“失われた理想”──
“心の奥で、ずっと求めていた癒し”──
それらを、すべてこの女は知っている。
記憶に干渉して、心を読む……いや、“創る”。
「さすがに……やばい……っ」
膝が、かくんと折れそうになる。
指先が痺れる。
視界が、白く霞む。
──だが。
その瞬間、女の輪郭が揺らいだ。
そして、変わった。
「……ようこそ、おかえりなさいませ、常盤流星さま」
姿を変え、現れたのは──館のNo.1、《ローズ》。
深紅のドレスは、まるで血のように艶めき、
黒髪は風もないのに、艶やかに揺れる。
瞳の奥が、夜よりも深く、甘く、そして恐ろしいほど美しかった。
「あなたは……ずっと“癒し”を求めている。
ならばわたくしが、“永遠の愛”を与えて差し上げましょう」
──彼女の背から、生えた。
黒い、巨大な羽が。
その瞬間、空気が震えた。
空間に満ちていた香気が“魔気”に変わる。
「夢魔……っ!」
ローズの笑みが深まった。
「正確には“夢魔の末裔”。
この王都で、《男の夢》と《女の理想》を再構築するために──
私は生まれてきたのです」
幻惑、記憶操作、快楽強制、精神封鎖──
《ローズ・セレナーデ》のサービスすべてが“魔術体系”で構成されていた。
「あなたのような強い意志を持つ者は、久しぶりでした」
彼女の指先が、空気をなぞる。
その瞬間──流星の身体が、がくんと沈んだ。
瞳が、虚ろになる。
「……っ、やべぇ……マジで、意識が……!」
脳内に、ローズの声が直接流れ込む。
「安心なさい……もう、なにも考えなくていい。
働かなくてもいい。悩まなくていい。現実の痛みも、孤独も、苦しみも──」
「わたしが、あなたを癒し続ける……永遠に」
その声は、まるで甘い蜜のようだった。
抗いがたく、心地よく、やさしく、なによりも“疲れた男”には魅力的すぎた。
「……ああ……ダメだ……ここまでか……俺……」
そのとき──
──バンッ!!!
館の天井を突き破るかのような爆発音が轟いた。
空気が裂ける。風が吹き込む。
「流星ッ!! 起きろ!! 風俗魂を見せてみろッ!!」
「私のスカートを見て覚醒しなさいッ!!」
「起きなさい! “本物の女”たちが来てるのよッ!!」
──聞こえた。
“現実”の声が。
その瞬間──流星の脳裏で、何かが弾けた。
瞳が、見開かれる。
そして彼は、叫んだ。
「──風俗はッ!! 理想じゃないッ!! 現実なんだよォォォ!!」




