第41話『花の館の妖精たち』
──そこは、まさに「天国」だった。
重厚な扉が、音もなく開かれる。
香り立つ花弁のアーチをくぐり抜けた先、現れたのは──
「ようこそ、“貴方だけの癒し”へ」
笑顔で迎えたのは、三人の接客嬢。
それぞれがまるでジャンルの異なる美を体現していた。
一人は、蒼銀の髪に涼やかな声──知的な女教師風。
一人は、ふんわり巻き髪に柔らかく微笑むロリマダム風。
一人は、長身黒髪、涼しげな目元に妖艶な微笑──まさに“夜の貴婦人”。
常盤流星、軽く目が逝く。
「……これは……っ……完全に……属性が整ってる……ッ」
「お客様、本日はどの“癒し”をお望みですか?」
「選べるの!? いや選べねぇよこんなんッ!!」
気づけば彼の頬は紅潮し、手は震えていた。
──理性の中で、何かがゆっくりと、確実に崩れていく。
◆
一方その頃。
ギルド宿舎、裏通りの喫茶店。
リリア、アリシア、ミレーユ、ヴァネッサの四人は、現地調査に奔走していた。
「──聞いてきた。あの《ローズ・セレナーデ》、最近再開してから“記憶喪失っぽい症状”が増えてるって」
ミレーユの表情は真剣だった。
「“通った男性が、何をしたかは覚えていない。でも楽しかった”って言うのよ」
アリシアも重く頷く。
「まるで……記憶を食われてるみたいね。しかも“快楽”と引き換えに」
リリアは机に拳を落とす。
「それ、流星も今……?」
「うん、たぶん夢見てる」
「ぶっ飛ばしてくるッ!!」
「早い! 早まるな!!」
ヴァネッサがにやっと笑った。
「でもさ……“夢の中”からどう引き戻す? あの男、こういう時だけ夢中になるから」
全員が一瞬黙る。
──そう、常盤流星は“風俗好き”でありながら、“現実を大切にする男”だった。
女の子の気持ちに敏感で、合意を重んじ、幻想には頼らない。
「だったら、信じようよ」
リリアの瞳が真っ直ぐになる。
「夢の中でも、“現実の誰か”を思い出せるって。あいつは、そういう男だもん」
◆
──一方その頃、夢の館。
「お客様、こちらへ」
「このドリンクは、貴方のためだけの調香です」
「疲れた心に、優しい声を……」
空間すべてが「理想」を語りかける。
声も、香りも、視線も──流星を包み、少しずつ深く沈めていく。
「……はは……これは……夢だな……」
彼の口元は笑っていた。
でも──心のどこかに、確かな“違和感”があった。
「──だってさ」
「現実の女って、もっと面倒くさいだろ?」
──一筋の思考が、霧を裂いた。
リリアのツンケンした態度。
アリシアの呆れた嘆息。
ヴァネッサの露骨すぎる押し。
ミレーユの皮肉混じりの目線。
──うるさくて、騒がしくて、面倒くさい。
けれど──
「その面倒くささが、妙に……落ち着くんだよなぁ……」
脳裏に浮かんだのは──“作られた妖精たち”ではなかった。
現実の、煩悩まみれで、時にぶつかってくる、あの4人の顔。
その瞬間。
「……ッ!? 目が……覚めてきた……?」
夢の世界に、ヒビが入る──。




