閑話『もちろん主人公、風俗店へ行く(裏オプション編付き)』
それは、全ての戦いが終わった夜のことだった。
淫魔の根源核を討伐し、地下神殿に平和を取り戻した流星たち一行は、王都・ユグノール通りの一角にある宿に身を預けていた。だが、流星にとって真の戦いはここからだった。
「はぁ……やっと終わった……。まさか地下でスライム女王とガチバトルすることになるとはな……」
宿屋の天井を見上げながら、常盤流星はゆっくりと手を伸ばした。その手の先にあるのは、財布と一枚の紙――《特別癒し処・ムーンミスト》の“勇者様歓迎・全コース半額券”である。
外から聞こえてくる祭囃子のような騒ぎ。営業再開を祝う“風俗祭”が、王都の夜を華やかに照らしていた。
「行くしかねぇだろ……ここまで頑張ったんだ。これはもう、“義務”だ……!」
荷物を静かにまとめ、隣で寝ているリリアの寝息を確認する。アリシアは寝巻きのまま壁際で読書中、ミレーユはうつ伏せで夢の中。
「……ふふん、完璧な抜け出しルート……」
流星は“くノ一のような静けさ”で部屋を後にした。そう、彼にとって今日という日は、風俗街が生まれ変わった記念日なのだ。
ユグノール通りに足を踏み入れた瞬間、そこはまるで別世界だった。
きらびやかな看板、甘く香る花のような香水、そして通りに立つセラピストたちの美しい呼び込み。
「今夜だけの特別指名、いかがですか〜?」「勇者様限定コース、空いてますよ〜?」
「いけねぇ、目移りしそうだ……でも今日は決めてる。“ムーンミスト”一択だ!」
向かった先は、白亜の塔のような外観を持つ一軒のリラクゼーション店。《ムーンミスト》――その名の通り、魔力で作られた霧と癒しを提供する、“合法・合意・高級”の三拍子が揃った名店である。
「いらっしゃいませ、常盤流星様。ご予約いただいております《泡と魔力の癒しコース》でよろしいですね?」
「ええ、もちろん。あの、紙……持ってきたんで、半額で……」
「はい。勇者様特典ですので、本日は特別に“サービス担当”をご指名いただけます」
「ご、指名……?」
受付嬢が微笑みながらカーテンの奥へ声をかける。
「クラウディアさん、お願いできますか?」
「……はい。今宵の癒し、私にお任せください」
現れたのは、漆黒の髪と艶やかな白肌を持つ、どこかミステリアスな雰囲気の美女。流れるような所作と、魔力をまとった温かい声。
「“クラウディア”です。今夜はあなたのためだけの“癒し”を、丁寧に施術させていただきますね♡」
案内された個室は、淡い青色の光に包まれた半球型の魔法空間だった。
床には魔力のラインが描かれ、空中にはラベンダーとバニラが混じった香が漂う。ベッドはふかふかで、魔力によって温かさが調整されていた。
「まずは、全身をほぐしましょう。肩、背中、腰……そして──」
クラウディアの手が触れた瞬間、流星の肩から“ブチッ”という音が鳴った。まるで戦いの疲れが物理的に解放されたような感覚だった。
「う、うおお……! すげぇ……! なにこれ、これもう“癒し”通り越して……“神”……」
「ふふっ、英雄様のご活躍は王都でも話題です。地下の淫魔討伐、見事でしたね」
「ば、ばれてる……!?」
「この街の女性たちは皆、“あなたの背中”を見ていましたよ」
それは、戦いの果てに流星が思い出すべき“本当の意味での報酬”だったのかもしれない。
「では、そろそろ魔力循環のマッサージに入りましょう。少し……服、脱がせますね?」
「!? ま、マジすか、マジで!? い、一応、脱がせ方にも合意が──」
「もちろん、“お任せいただける”という意味ですよ。ご安心ください」
ふわりとローブが開き、温かな指先が流星の腰から背へと滑っていく──
──時間が止まったような、静かな夜だった。
すべての戦いも、焦燥も、煩悩も、
この部屋だけは“肯定してくれる”。
「お疲れ様でした、常盤流星様」
施術を終えたクラウディアが微笑む。
「あなたが背負っていたものが、少しでも軽くなったなら──私は、それで十分です」
「……最高だった。なんか、身体が浮いてるみたいだ……魂ごと軽い……」
「またのお越しを、心よりお待ちしております」
◆ ◆ ◆
施術の終盤、クラウディアが小さく微笑みながら流星の耳元で囁いた。
「ところで……常盤様。“裏オプション”という言葉、聞いたことありますか?」
「う、裏……オプション……!? そ、それって、まさかその、“サービス的な”……!?」
「ふふっ。勇者様向けの、特別追加メニューというだけですよ。ええ、“倫理的にも問題なく”、心身に極上の癒しを与える秘術です」
「え、えっと……ちなみに、そのオプションって、いくら……?」
「現在、キャンペーン価格で“金貨3枚”です」
流星は一瞬、財布の中身と睨めっこした。
──しかし、彼は決めた。男には、乗り越えなければならない“壁”があると。
「……お願いします。“裏オプション”、発動で!」
「かしこまりました♡」
数分後。
流星は、仰向けのまま拘束魔法によってベッドに固定されていた。
「えっ!? な、なにこの体勢!? どこに効くのこれ!? え、ちょ、まさか、これって──」
「では、“魔導温熱式・耳奥マッサージ”を始めますね♡」
「耳ぇぇぇぇぇえええ!?!?!?」
クラウディアの指が流星の耳の裏にすっと触れた瞬間──
「ひょおおおおおおおおおおッ!? なんでそんな奥まで!? いや! そこダメッ!! だめぇぇぇ!!」
まさに、英雄の尊厳が試される瞬間だった。
「これぞ“真の癒し”ですわ。全身の緊張を抜くには、耳と足指の“ツボ”が鍵なんです」
「うそだろ!? なんで風俗来て耳責めされてんだ俺ぇぇぇぇ!!」
数十分後。
「……う、うごけねぇ……耳、もげるかと思った……」
「ふふ。お客様、大変ご満足いただけたようでなによりです♡」
こうして、“裏オプション”を巡る一夜のギャグ戦争は、静かに幕を下ろした──。
◆ ◆ ◆
翌朝。宿屋の部屋。
「……ねぇ、流星。昨日、深夜に部屋抜けたよね?」
「その服、香水の匂いするんだけど?」
「あと、“快楽系魔力”の痕跡、ほんのり残ってるんだけど?」
リリア、アリシア、ミレーユ。三人のヒロインの視線が、流星に集中する。
「──いや、俺はただ……癒されただけでして……」
「“癒し”の定義、改めて聞かせてもらいましょうか」
「だいたい、顔がスッキリしすぎてて逆に怪しいんだけど……」
こうして、流星の“ご褒美風俗ナイト”は終わった。
だが、それは同時に――
“次なる修羅場の夜”の始まりでもあった。
【閑話・終】




