第9話『襲撃!コボルトの牙、村を囲む』
異世界・エルドラ大陸東部、ルシエラ街道沿いの小村──ローデル。
日が傾きかけた頃、その静かな村の空に、剣と火と血の匂いが漂い始めた。
「……煙、見えるな」
「ええ、あれは間違いなく──村の裏手で火が上がってる。行きましょう、流星」
リリアの声は冷静だったが、足取りは速かった。
彼女の隣を並ぶ常盤流星も、額に汗を浮かべながら森を駆けていた。
「まさか、あんな急に依頼が飛び込んでくるとはな……けど、この規模、ただの山賊じゃないぞ」
「──“コボルト”よ。最近、各地で集団化の兆候があるって話だったわ」
「コボルトって、犬っぽい魔物だっけ? 群れると厄介ってやつ……」
「ええ。単体ならゴブリン程度。でも知性が高くて、連携して襲ってくる。下手すれば、小隊レベルの被害が出るわ」
森を抜け、流星たちがローデル村の高台に辿り着いた時──
彼らの目に映ったのは、村を取り囲む“影”の群れだった。
「……いるな。あれが、コボルト……!」
村の外周、木柵の影。岩陰。畑の向こう側──
耳をピクリと動かしながら、棍棒や刃を持った獣人の群れが、じりじりと村を包囲していた。
「ざっと見て……二十体以上か。数が多い。しかも、村の戦力は……」
「老人と農夫ばかり。戦えるのは私たちだけ」
「くそ……!」
流星が歯を食いしばる。その時だった。
「ギャアッ!」
畑の端で、村人の一人が悲鳴を上げて逃げ出す。
その背を追って、コボルトの斥候が二体、棍棒を振り上げながら飛び出してきた。
「リリア、行くぞッ!」
「ええ!」
流星は鞘から剣を抜き、草原を駆け下りた。
コボルトの背後から接近──気づかれるよりも速く、
「鹿島神道流・前切りッ!」
一太刀、鋭く振り抜いた。
金属が骨を割り、獣の悲鳴が空に響く。
振り返ったもう一体を、リリアが風のような一撃で斬り伏せる。
「……ふうっ。まだ足音が周囲にあるわね」
「こりゃ、斥候どころか、本隊が既に包囲済みって感じだな……!」
──その直後、村の広場に戻った二人は、村長から状況を聞かされた。
「冒険者殿、おいでいただいて感謝いたします。実は今朝、家畜小屋が荒らされ、森の監視塔の若い衆が行方不明に……」
「それ、たぶんコボルトにやられてる」
「……もう、時間がないかもしれませんな……」
流星はリリアと顔を見合わせ、すぐに作戦を立てる。
「よし。まずは、非戦闘員を中心に、村の中央広場に集めてください。物資は屋根のある場所に。防火用の水も準備を」
「私は柵を補強してくるわ。簡単な罠も仕掛けられる。急ぎましょう」
「俺は村の外周を回って、敵の配置を確認してくる。少しでも早く“突入口”を潰さなきゃ」
その夜、ローデル村は、臨戦態勢に突入する。
ぼろい木柵に縄と板を打ち付け、畑には簡易の土塁が築かれた。
老人たちが槍代わりの鍬を握り、子どもたちは倉庫に避難。
──村に漂う空気は、明らかに変わっていた。
流星は剣を携えながら、星空を仰ぐ。
「俺の人生、まさか“風俗のために戦う”つもりが、こんなにも人助けする羽目になるとはな……」
「……それでも、嫌じゃないでしょう?」
リリアが、夜風の中でふっと笑う。
「……ああ。守りてぇって気持ちは、今ならわかるかもな。──だけど」
「だけど?」
流星は拳をぎゅっと握りしめ、空に向かって叫ぶ。
「風俗に行く金は絶対に確保するからなああああッ!!」
村の子どもたちのすすり泣きと、老婆たちのため息が、風に紛れて響いた。




