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第9話 これは違う!

第9話 これは違う!

 セラフィエルは購買で買ってきたパンを自分の机の上に広げる。


「ふむ、なかなか美味しそうなものばかりだな」


 机の上に広がるメロンパンにカレーパン、男子に人気な焼きそばパンにコロッケパン。女子に人気なチョコやカスタードがたっぷり入ったクリームコロネ。小腹を満たすのに丁度良いスティック状のカリカリラスク。そして、三年生の先輩から強奪したカツサンド。


 ……どんだけ食べんだよッ! 大食いキャラですかっ!?

 育ち盛りの男子でもこんなに食べませんが!?

 てか、これ全部買ったの俺だし! 破産するわ!


 色々と心の中に湧き上がる不満をぶちまけたい。けど、それができない。

 なんでかって?

 それは、たくさんのパンを前にしたセラフィエルが、瞳を輝かせて嬉しそうにしているから。

 その姿が、ありえないくらいに可愛いからです。


「早速カツサンドとやらを食べてみるか。いや、このメロンパンとやらも気になるが……」


 本当にパンが好きなんだな。

 突然、転校生として現れてから、男子達に威圧的な対応をしたり、授業放棄をしたり、購買で傍若無人なふるまいをしたり。

 まさしく悪魔な行動を取ってきていたセラフィエル。だけど、今の彼女は自分の好きなものを前にしてはしゃぐ、普通の女の子のように見える。そして、その様子がとてつもなく可愛くて魅了されてしまう。


「やはり、一番人気のカツサンドから食べよう」


 やっと最初に食べるパンを決めたみたいで、セラフィエルはカツサンドを手に持って口元に運ぶ。

 その仕草が可愛くて、俺がジッと見詰めていると、口を開きかけた彼女と目が合ってしまった。


「おい、もしこのカツサンドとやらが美味しくなかったら、ただではおかぬからな?」

「大丈夫。そのカツサンドは絶対に美味しいから」


 相変わらず傲慢な感じだけど、いまはなんかすごく可愛いから許します。それに、うちの高校の購買パンのクオリティは確かだしね。

 自信を持って俺が頷くと、セラフィエルは「ふん」と一つ鼻を鳴らしてから、カツサンドを一口頬張った。

 その瞬間、彼女の目が軽く見開かれる。

 セラフィエルは、一度カツサンドを口元から離し、ジッとそれを見つめた後、おもむろにもう一口かじる。


 もぐもぐと動く彼女の口元。

 どうやら、我が校が誇る購買人気ナンバーワンカツサンドは、しっかりとセラフィエルを魅了したようだ。


 常にツンとした表情で高圧的な雰囲気を纏うセラフィエル。だけど、いまは美味しいパンに口角を上げ、嬉しさで無意識に表情が綻んでいる。

 その様子が、もう悪魔的な可愛さだった。

 もともと、人間離れした美貌を備えていたけど、纏う雰囲気や言動から、近寄りがたい圧倒的な美しさって感じがした。

 でも、いまはそんな空気感が薄れて、なんかこう……頭を撫でたくなるような、惹きつけるような可愛さを感じてしまう。


 ギャップがヤバいって。

 普段の悪魔娘モードと、ただのパン大好きっ子モードとの差がエグすぎる……。


 彼女の放つ、まるでブラックホールのような魅力に抗えず、俺は幸せそうにパンを頬張るセラフィエルを見つめ続ける。

 すると、再び彼女と目が合った。

 途端に、セラフィエルの表情に警戒の色が浮かび、目がスゥと細くなる。

 まるで警戒する猫みたいだな……。


「そんなに見てきおって、このカツサンドは一口もやらんぞ!」


 どんだけ気に入ったんですかそのカツサンド……。

 すでに残り僅かになったカツサンドの切れ端をセラフィエルは両手でギュッと握り、少しでも俺から遠ざけようと胸に抱き寄せている。


 なんか、そんな反応をされると、逆にカツサンドを食べたくなってしまう。

 てか、それ買ったの俺だし。それに俺はセラフィエルの恋人だし。ここは彼氏として彼女に『あーん』をしてもらう場面なのでは?


「一口だけ、ちょう――」

「ダメだっ!」

「それ買ったのお――」

「ダメだなものはダメだっ!」

「俺もカツサ――」

「滅殺するぞっ!」

「ごめんなさい!」


 こわっ! 滅殺ってなんですか!?

 さっきから煉獄の炎で灰にするだとか、物騒なんですけど!

 これが普通の女の子なら、またまた御冗談を~なんて言って受け流すこともできるかもしれない。でも、いま目の前にいるのは、本物の悪魔である。俺の想像を超えた超常の力を持っている可能性が大きい。つまり、本当に滅殺される可能性が大いにあるということだ。


 なんか、そう考えたら背中がめちゃくちゃスゥーて冷たくなりました。


 俺は、毛を逆立てて『フシャー!』と威嚇している猫にそっくりなセラフィエルを見て思う。

 この悪魔っ子は、きっとやるときはやる子だ。十分に気を付けよう。


 にしてもだ、彼女が俺の願いを叶えるために、わざわざ転校生を装って会いに来てくれたのも、また事実。

 だというのに、いままでほとんど恋人らしいことをしていない。約束が全然違う! 俺の願いが叶えられていない。

 要するに……セラフィエルに『あ~ん』して欲しい!!


 俺は覚悟を決めると、キッと我儘悪魔娘を見詰める。


「なんだその目は! このカツサンドは我の物だ! 一口たりとも貴様にはやらん!」

「でも、セラフィエル様は俺の願いを叶えるために来てくれたんですよね?」

「む……それとこれは、いまは関係無かろう!」

「関係おおありです! だって、俺の願いは『理想の彼女が欲しい』ですから!」

「そ、それが何だというのだ!」

「理想の彼女は、ここで彼氏に優しく『あ~ん』をしてくれるはずです!」


 俺はビシッと人差し指を突き付けて言う。

 対するセラフィエルはと言うと、物凄く悔しそうな顔をしていた。


「ぐぬぬ……貴様!! こんな時に『契約』を持ち出すなど卑怯だぞ!! 恥を知れっ!!」


 いやいやいや! 卑怯はおかしいでしょ!? だってあなた俺の願いを叶えるために来たんでしょ!?

 あなたは何しに来たんですか? パン食べ放題ツアーの参加者ですか?


「じゃあ、セラフィエル様の俺の願いを叶えに来たと言うのは、嘘だったってことですね?」

「ゔっ……」


 俺の言葉を聞いた瞬間、セラフィエルの動きがピタッと止まった。

 そして、フリーズしてから数秒後。

 彼女は苦悶の声を漏らす。


「よかろう……貴様にも……このパンをくれてやろう。寛大な我のはからい。感謝せよ」


 まるで血反吐を吐くかのようなセラフィエル。

 いやいやいや! どんだけ俺にパンをあげたくないんですか!?


 セラフィエルは握りしめているカツサンドをじっと見つめると、親指と人差し指の爪の先端で、ほんの僅かにカツサンドをちぎり取る。


 って、ちっさ!!

 それ米粒以下じゃん!! 蟻の餌かよ!


「なんだ貴様? 不満でもあるのか?」


 不満しかないです。


「……いえ、ありません」


 くぅ、ハッキリと言えないこの辛さ。

 でも、俺の『理想の彼女』さ、めちゃくちゃ怖いんだもん。


「ほら、さっさと口を開けぬか」

「御意」


 俺は彼女に言われて口を開ける。と同時に胸の鼓動が速くなった。

 確かにセラフィエルは傲慢で高圧的で我儘で、まさに悪魔だ。でも、それでも美少女であることに変わりはない。

 それこそ悪魔的な可愛さを誇っている彼女が、俺に『あーん』をしてくれる。たとえそれが、蟻の餌のようなものだったとしても、強制的に嬉しさを感じてしまう魅力がある。


「ではいくぞ」

「よろしくお願いします」


 なんか、ちょっと緊張してきた……。


 ドキドキする鼓動を感じながら、俺は彼女の手をじっと見つめる。

 セラフィエルのほっとりとした綺麗な手は、段々と俺の口元に近づいて来て、そして口の手前で止まった。


 ……え? 止まった?

 ここにきて、焦らしプレイですか?


「そら、食らうがよい」


 そんな言葉と共に、セラフィエルの手からパンの切れ端がピンッと弾かれる。

 そしてそれは、俺の口内を爆速で直進し、見事扁桃腺に直撃した。


「ふごっ!? ゴボッ! ゴホッ!」

「何を咽せておるのだ。しっかりと味わえ馬鹿者」


 こ、この悪魔め〜!!

 なんだよ今の! 全然あ〜んじゃねぇよっ! ピンッて弾いただろ! ピンッて!


 俺は「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向き、残りのカツサンドを急いで食べているセラフィエルを涙目で睨む。


 この悪魔娘、絶対に俺の彼女になるつもりないだろ!!

 理想と全然違う!! 見た目良ければ全てよしじゃないんだよ!!

お読みくださりありがとうございます。

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