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第8話 購買の暴君


 朝のホームルームと一時限目が終わった後の休憩時間。

 この二つの時間に見せたセラフィエルの対応で、その後の休憩時間に彼女と俺に話しかけてくる人はいなかった。


 セラフィエルの威圧感による抑止力、恐るべし!


 彼女は相変わらず、教室に君臨する女帝みたいに、手足を組んで椅子に座っている。

 もちろん、一時限目の授業に限らず、すべての授業の教科書を当然のように用意していないから、俺が常に机をくっ付けて授業を受けることになった。


 最初の授業で、意外にも数学が得意であることが判明したセラフィエル。

 もしかしたら、悪魔というのは勉強が得意な存在なのかと思ったが、どうやらそれは俺の大きな勘違いだったらしい。


 二時限目の国語の授業では、セラフィエルが「なぜ我が、この物語の記述者の気持ちを考えねばならんのだ。まったくくだらない」と早々に授業放棄をした。

 いや、わかるよ? その気持ち。誰だって一度はそう思うよ? でもそれが国語だもん。頑張って授業受けようよ。ほら、先生がすんごい目でこっちを睨んできてるからさ?

 お願いしますよセラフィエル様。なにとぞなにとぞ。


 俺は必死に彼女をなだめながら、なんかと授業を受けさせた。


 それよりも酷かったのが世界史の授業だ。

 セラフィエルは、授業開始早々に、不満を口にする。


「ふん。人間の愚かな歴史を学んだところで、どうするというのだ?」

「でも、ほら、古代ローマ帝国とか面白そうじゃない?」

「興味ない」

「大航海時代の話とか、ロマンがつまってて最高だよ?」

「最低の間違いであろうが」

「エジプト文明とかメソポタミア文明の――」

「くだらぬと言っているだろうが」


 俺が何とか世界史の魅力を伝えようとしても、セラフィエルは耳を貸そうとしない。

 それでも根気強く世界史について俺が語っていると、彼女は苛立たしげにバンッと教科書を叩いた。

 ちょ、それ俺の教科書なんですが……。


「何が歴史だ。愚かな人間の歴史など学ぶ価値はない。よいか、人間どもの歴史から学べるものは、同じ過ちを何度も繰り返す愚鈍さと、欲望にあらがえぬ弱き心。その2つだけだ」

「いや、さすがにそれは言いすぎじゃ……」

「なんだ貴様、我に口答えするつもりか?」

「いやいやまさか。でもさ、ほら……その……」


 俺は何とかセラフィエルに授業を受けてもらおうと、必死に頭を回転させる。


「昔は悪魔を崇拝していた時代もあったらしいよ?」

「……崇拝だと? それは本当か?」


 お、食いついたぞ?


「たしか、中世とかだったかな? 俺も詳しくないんだけど、人間の歴史って悪魔の存在を抜きには語れないんだよ。だから、ね? 世界史もちゃんと受けてみようよ。昔の人と悪魔のかかわりについて学ぼうよ」

「ふむ……よかろう。貴様がそこまで言うのなら、しかたあるまい」


 ふぅ、まったくこの悪魔っ子は、とでもない問題児ですよ。

 親御さんはいったいどういう教育をされてきたんだか。親の顔が見てみたいよ、まったく。


 そんな苦労を乗り越えて、やっと迎えた昼休み。

 俺はさっそく机の上に母さんの手作り弁当を広げる。


 お、今日のメインはカツだ!


 俺は偉大なる母に感謝の気持ちを込めて手を合わせ早速弁当に箸を伸ばす。

 そこで、隣からものすごく鋭い視線が俺の体を貫いているのを感じ、手を止めた。

 漫画だったらギギギッと効果音を付けられてしまいそうな動きで、俺はセラフィエルのほうを見る。


「おい」

「はい、何でございましょうか?」

「貴様、よもや我を差し置いて一人で昼食を食べようとはしておらんだろうな?」

「しておらんです! そんなことしておらんです! 滅相もございません!」


 慌てて否定する俺をセラフィエルは冷たい目で見つめてくる。


「ほう? しかし、我の食べるものが見当たらないのだが?」

「それは……これから調達しに行こうと思っていたからです!」

「これから?」


 怪訝な顔をするセラフィエルに、俺はブンブンと大きく頷く。


「持参した弁当じゃ冷たくなってしまいますが、購買では焼きたてのパンが買えます! それをぜひセラフィエル様に食べていただこうかと!」

「ほう、焼きたてのパンか」


 俺の説明を聞いて、彼女は僅かに口角を上げた。


「人間が作り出すものは大抵がくだらぬものだが、パンに関しては、時として素晴らしいものもある」

「そうですよね。ぜひこの高校の購買のパンも口にして頂きたいと思いまして」

「うむ、良い心がけだ。早速そのパンを持ってこい」


 ほうほう、この悪魔娘はパンが好物なのか。

 これは今後役に立つ重要な情報になりそうだ。


 俺は脳内メモに『悪魔はパンが好き』としっかりとメモをしてから、購買に向けてダッシュしようとする。

 出遅れてしまったから、購買は大混雑の激戦になっているはず。しかし! セラフィエルのご機嫌を保つためにも、俺はこの戦いに勝たねばならない!

 陰キャにはとても辛い戦いになるだろう。けど、俺はこの手に勝利を掴み取って見せる!

 いざ! 戦場へッ!


 気合を入れて教室から出ようとしたとき、ふとセラフィエルの呼び止められた。


「まて、そのコウバイとやら、我も一緒に行こう」

「へ?」

「なんだその間の抜けた顔は? 我が一緒に行くと不都合があるのか?」

「あ、いや。特に不都合とかはないけど」


 これまでずっと教室の椅子に座って動かなかった彼女が、突然購買まで付いてくると言い出したことに、俺は少し驚く。

 よっぽどパンが好きなのか?


 そんなことを思いながら、俺はセラフィエルを連れて廊下を歩き、購買に向かう。

 道中、廊下ですれ違う生徒のほぼ全員から視線を向けられた。


 まぁ、そうですよね。セラフィエルの容姿は目を引くもんね。


 陰キャの俺には中々しんどい注目を浴びながら購買にたどり着くと、そこには想像した通りの戦場が広がっていた。

 俺が通う高校の購買は、パンが美味しいことで有名で、人気の種類や新作が出た時などは一瞬で売り切れてしまう。


 多くの生徒たちが殺到して、カオスな状況になっているのを見たセラフィエルは、あきれた表情をしていた。


「おい、なんだこれは。まるで餌に群がるゴブリンではないか」

「この高校のパンは絶品で、その分競争も激しくて」

「ほう」


 俺の言葉に興味深そうに頷くセラフィエル。

 彼女は一度小さく「こほん」と咳ばらいをすると、すっと背筋を伸ばした。


「皆のもの! 静まれ!」


 セラフィエルが突如発した、凛とした綺麗な声。

 それは、喧騒に包まれていた購買部を一瞬にして落ち着かせてしまった。


 す、すげぇ! なにいまの!?

 そんなに大きな声じゃなかったのに、みんな動きを止めちゃったよ!


 セラフィエルが発した言葉は、決して怒鳴るような大声ではなかった。でも、自然と耳の奥まで通るような、不思議な声だった。

 もしかして、魔法を使ったのかな? 悪魔だから、そういうのも使えるのか?


 セラフィエルは、静かになった生徒たちを満足げに見た後、さらに指示を飛ばす。


「我に道を開けよ」


 彼女がそう言うと、陳列棚の前を陣取っていた生徒たちが素直に立ち退いて、道を開けた。

 セラフィエルはその間を悠々と歩き、じっくりと陳列棚を眺める。


「おい、どのパンが美味しいのだ?」

「え? あ、え~とこのメロンパンとか、カレーパンも人気だよ」

「なるほど、メロンパンにカレーパンか……どちらも聞いたことがないな。だが興味深い」


 顎に手を添えて陳列棚を吟味しているセラフィエル。

 その隣で俺があれこれ説明していると、周りからひそひそ声が聞こえてきた。


「ねぇ、あのすっごいかわいい子誰?」

「日本人? 違うよね?」

「噂の転校生じゃね?」

「あぁ~じゃあ、隣の奴が例の彼氏か」


 うぉ~! なんかめちゃくちゃ注目浴びてる!

 てか、セラフィエルが噂になってるのはわかるけど、俺までも話題になってるし!

 なんだよ『例の彼氏』って! 


 小心者の俺が、周りの反応に胃を痛くしている中、この悪魔娘はお構いなしにパンを吟味し続けている。


「ここで一番人気はどれだ?」

「それは、カツサンドだけど……今日は売り切れてるみたい」


 俺が陳列棚を見てそういうと、セラフィエルの眼光が鋭くなった。


「なんだと?」


 彼女はゆっくりと陳列棚から視線を外すと、あたりを見渡しながら俺に尋ねてくる。


「そのカツサンドとやらはどれだ? 持っている者はいるか?」

「え? それは……」


 まさか、そんなことはないよね?

 さすがにね、ないよね?

 ただの好奇心だよね?


 俺はそう自分に言い聞かせながら、ちょうどレジに並んでいた男子生徒を指さす。

 彼の胸には、貴重なカツサンドが大事に抱えられていた。


「ふむ。あれか」


 彼女はその視界にカツサンドを捉えると、迷いない足取りで男子生徒に近付いた。


「おい貴様」

「お、俺?」

「他に誰がいるというのだ? 貴様の持っているカツサンドとやらを我によこすのだ」


 まさかだった! 何してんだよ! てか、相手の男子、三年生じゃん! 俺ら一年生からしたら雲の上の存在ですよ!


「え? いや、これは俺が頑張って手に入れたカツサンドで……」


 そうだよ! 大人気のカツサンドを手に入れるのがどれだけ大変か、あなたは知らないでしょ!

 俺は、あまりの暴君ぶりを発揮しているセラフィエルを止めようと、彼女へ近づく。

 その間も、セラフィエルは容赦なくカツサンドを要求している。


「貴様の頑張りなど、我には関係ない。いいから早くカツサンドを渡すのだ」

「え、でも、でも……」


 三年生の先輩は、見ていて哀れになるほど、大事そうにカツサンドを胸に抱き寄せる。

 しかし、セラフィエルは手を緩めない。


「貴様の冴えない人生で、この我にパンを捧げるという栄誉ある機会を得たこと、感謝するがよい。さぁ、よこすのだ、そのカツサンドを」

「セラフィエル……様! さすがに可哀想だから! このカツサンドは先輩のものだって!」


 俺が止めに入ると、セラフィエルは明らかに不機嫌そうな表情を見せる。


 そんな顔してもダメなものはダメです! メッです!


「貴様は、この我に我慢をしろと言うのか?」

「それは……違うパンをたくさん買ってあげるから。今日はそれでご勘弁を」

「イヤだ。我はこのカツサンドが食べたいのだ」


 駄々っ子かよ! ちょっとイヤだって言うのが可愛いって思っちゃったよ! でもダメだよ! このわがまま悪魔め!


「そこをなんとか、このカツサンドは先輩が勝ち取ったものだからさ。本当に大変なんだよ? このカツサンドを手に入れるのは」

「そんなものは知らん。我はこれを食べるのだ」

「だからそれは……」


 俺がセラフィエルと言い争いをしていると、それを見た先輩がおずおずと自分のカツサンドを差し出してきた。


「あの……そんなに食べたいなら、どうぞ」


 なんですと!? 先輩いいんですか?

 俺が驚きで見開いた目を向けると、先輩は苦笑を浮かべた。


「俺は前に一回食べたことあるし、ここのカツサンドの美味しさをたくさんの人に知ってもらいたいからね」


 おぉ! なんと言う人格者! 広い心を持った慈悲の人!

 俺は、先輩の対応に感動すら覚える。

 しかし、セラフィエルはというと、カツサンドを貰えることが当然であるかのように、さっと先輩からカツサンドを譲り受けた。


「ふむ、当然だ」


 すごい傲慢な態度。

 悪魔かよ……いや悪魔でしたわ。


 セラフィエルは満足げにカツサンドを手に入れると、そのほか気になるパンを全て購入(俺の金)して、満足して購買を去った。

お読みくださり有難うございます


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