第7話 俺の意地、彼女のプライド
赤っ恥をかいてしまった授業もチャイムと同時に終了する。
授業の拘束から解放されたクラスメイト達は、大きく伸びをしたり近くの友人と雑談を始めたりしている。
一気に騒々しくなった休憩時間。
俺はいそいそと椅子から立ち上がる。
そんな俺の行動に、セラフィエルが腕を組んだまま怪訝そうな表情をした。
「貴様、どこに行くつもりだ?」
「あ、その……ちょっと御手洗いに……」
相変わらず圧力のあるセラフィエルに、俺は遠慮がちに答えた。
てか、ぶっちゃけこの休憩時間の空気感が、俺には無理です! 耐えられませんっ!
一見するといつも通りに見える教室。
しかし、クラスメイト達は常にチラチラとセラフィエルの様子を窺っている。
さらに、彼女に彼氏宣言された俺にもその視線が向けられている。
正直、その視線が俺には耐え難い。
陰キャはそういうのに敏感な生き物なんです。とてもデリケートなのです。
ホームルームで、クラスの中心人物の質問を冷たく威圧的にあしらった効果なのか、直接話し掛けられることはないけど、それでも今の教室の空気は俺にはかなり辛い。
早くトイレに行って心を落ち着かせたい。心のオアシスに直行したい。
「貴様、我になにを言っているのだ。そういうものは何も言わずにさっさと行け」
あなたが聞いてきたんでしょっ!?
なんですかその理不尽!!
まったく、もう!! もうっ!!!!
「……はい。すみません」
反論できない……。
だって相手は悪魔ですよ? 煉獄の炎で灰にするとか言ってくる相手ですよ?
そりゃ、言いなりになるしかないよね。
はぁ……。
俺は、まるでこの教室内に君臨する女帝のように、手足を組んで鎮座しているセラフィエルをチラッと見てから教室を出た。
そして廊下に出た途端、俺は大量の男子達に取り囲まれてしまった。
「な、なななっ!?」
「おいお前! あの転校生と付き合ってるって本当なのかっ!?」
「どうなんだよっ!? おい!? マジなのかよ!?」
「どこで知り合ったんだよ!?」
「どこまでヤッたんだ!!」
「爆ッ!! 散ッ!! しろッ!!」
「つーかお前誰だよ! この学校の生徒かよ?」
怖い怖い怖いっ!!
なんか皆目が血走ってるんですけど!?
言葉のあちこちから怨念みたいのが漏れ出ている気がするんですけど!?
しかもどさくさに紛れて、めちゃくちゃ失礼なこと言ってる奴もいるし!! ふざけんな、俺もこの学校の生徒じゃ!
「ちょ、おち……落ち着いて。落ち着いてくださ――」
「ふざけんなっ!! さっさと答えろよ!」
「そうだ! お前本当に彼氏なのかよ!」
くっ……休み時間に心のオアシスに行くというのは、俺の判断ミスだった。
みんな、セラフィエルは怖くて近寄ってこなかったけど、俺が一人になったタイミングを見計らって質問攻めしてきた。しかも、あんな超絶美少女が彼女だということで、言葉のあちこちから怒りやら嫉妬やら怨念が滲み出てる。そして、みんな顔が怖い……。
多くの男子達に囲まれて、俺が陰キャらしくビクビク怯えていると、それを見た一人が、明らかに見下したような口調で言いだした。
「つーかさ、本当に彼氏だったとしてもよ、さっさと別れろよ。お前には不釣り合いだって」
そんな言葉を皮切りに、複数の男子どもが薄ら笑いを浮かべ、さも俺の心配をする体で口を開く。
「確かに、お前には無理だわあの子は。きっとすぐフラれるぜ?」
「浮気されんの確定だな」
「心の傷が大きくなる前に、別れとこうぜ? な?」
くそっ……好き放題言いやがって。なにが「な?」だよ!
わかってるよ! 本当ならセラフィエルみたいな女の子が、俺みたいなクソ陰キャの彼女になんかならないってことぐらい。わかっているさ!
でも……でもな! 俺にだってプライドはあるんだ! 譲れない意地があるんだよっ!!
「……い、イヤです」
「あ? なんだって?」
「か、彼女とは……別れません」
「はぁ~お前さ? 自分の魅力を理解してっか? ちゃんと釣り合いの取れる相手と付き合ったほうが、お前も楽だぞ?」
「そうだぞ。俺らはお前のことを心配してんだかんな? 友の忠告はちゃんと聞いとけ」
余計なお世話だ! お前らなんか友達じゃねえよ!
「自分に魅力がないことは理解してます。でも……それでも彼女は俺の彼女になってくれました。なら、俺はその想いに応えないといけないんです」
まぁ、本当は悪魔との契約なんですけどね。それでも、セラフィエルの彼氏として相応しくなりたいという思いはある。
そんな決意が自分の中にあることを自覚していると、さっきから見下してくる男子達の表情が少し苛立たしげなものに変わった。
「なに言ってんのお前? 聞いてるこっちが恥ずかしいわ」
「つべこべ言わずに、さっさと別れろつってんだよ!」
「イヤだって言ってるんです」
「お前な、いい加減にしろよ?」
「俺はセラフィエルのことが好きなんです!」
「はぁ? お前のことなんて関係ねぇんだよ! てかさ、お前さ――」
「おい貴様ら。さっきから何をやっているのだ」
突如聞こえた凛と響く綺麗な声。
それは一瞬にして男どもを静かにさせた。
腕を組んで登場したセラフィエルは、ツンと男どもを見渡す。
「何を言い争っているのだ。見苦しい」
「あ、いや……」
さっきまで威勢よく俺を見下していた男子達は、不意打ち気味に表れたセラフィエルに気圧されて口ごもっている。
おいおい、さっきまでの勢いはどうしたんだよ。
そんな中、男子の一人が勢いよく口を開いた。
「なぁ! なんで君はこんな男と付き合ってんの? 君ならもっといい相手がいるでしょ?」
一人の男子の言葉に、複数人が『うんうん』と頷く。
その瞬間、俺は周りの空気が数度下がったかのような錯覚を覚えた。
「こんな男だと?」
その錯覚の原因は、もちろんセラフィエルだ。
彼女が発した言葉には、明らかな怒気が多分に含まれていて、それがあまりにも強くて寒気を覚えたのだ。
「貴様はいま、我の恋人をこんな男と呼んだのか?」
「え? え?」
急にセラフィエルから怒りをぶつけられた男子は、顔を真っ青にしてたじろぐ。彼からしたら、なんでこんなに怒っているのか、理解不能だろう。俺だって意味わかんないもん。
でも、そんな反応なんてお構いなしに、彼女は男子に詰め寄った。
「貴様如きの分際で、我の恋人をこんな男呼ばわりして、赦されるとでも思っているのか?」
「あの……」
「我の恋人を見下すということが、どういうことか、しっかりと考えたうえでの発言だな?」
「へ? 見下し……てないよ? うん! 全然見下していないです!」
彼女の怒りの原因をなんとなく察した男子は、慌てて否定する。
しかし、セラフィエルは不快そうに眼を細める。
「恋人を見下し、さらには我をも誑かそうというのか貴様は?」
「ひっ! ちち、違います!」
「何が違わぬのだっ! 申してみよ!」
「はわわわ……」
語気を荒げて詰め寄るセラフィエル。
男子は堪らずその場に尻餅をついてしまった。
いや、怖いって……。マジで怖いですよセラフィエルさん。
極道ものの映画に出演オファーきても納得できる迫力ですよ? あ、彼女の容姿的にマフィアものもいけそう。
ちょっと現実逃避気味の思考に逃げる俺。
怒りを向けられていない俺ですらこの状態なわけで、真正面からガツンと怒りをぶつけられた男子は、尻餅をついたまま身動きができなくなってしまっている。耳を澄ませば、かすかにカタカタと奥歯の鳴る音が聞こえる。
俺を馬鹿にしてきたとはいえ、これはちょっと同情の余地ありかも。
「我の視界から消え失せろ。今すぐにだ」
「は、はひっ!」
まるで汚物を見るような、嫌悪の眼差しでセラフィエルに見下された男子は、金縛りから解放されたかのように勢い良く立ちあがると、脱兎のごとく走り去っていってしまった。
彼女はそれに「ふん」と鼻を鳴らすと、不機嫌そうに俺のほうを見てきた。
「貴様が席を立ってなかなか戻ってこないと思ったら、まったくしょうもない」
「え? 俺を心配してきてくれたの?」
「たわけが。貴様は我の恋人であろうが。恋人を放っておいてフラフラするなど、言語道断だ」
いやいや、放ってフラフラって5分程度じゃないですか?
もしかして、セラフィエルって束縛系彼女なんですか?
「ごめん。じゃあ、席に戻ろうか」
とりあえず謝って、素直に俺は自分の席に戻る。
あんな怖い彼女を見た後だと、機嫌を損ねたくはないからね。
教室に戻る俺とセラフィエルに、さっきまで取り囲んできた男子達は一切声を掛けてこなかった。
そりゃそうだよね。俺もちょっと声かけるの怖いもん。
でも、ちょっと嬉しかったな。
俺は、セラフィエルの怒った原因が自分であることに、少し優越感のようなものを感じていた。
「なんだニヤニヤしおって、気持ち悪い」
「うっ……」
自分の席に座ったセラフィエルが俺を見て言う。
どうやら感情が表情に出ちゃってたみたいだ。
にしてもセラフィエルさん。もう少しオブラートに包みましょうよ。俺、傷つきますよ?
「あの……ありがとうございます」
「何に対しての感謝だ?」
「その、俺のために怒ってくれて、嬉しかったです」
そう言って俺は彼女に頭を下げる。
「勘違いするな。貴様は契約でとはいえ、いまは我の恋人。つまりは眷属、いや……召使いのようなものだ。それが人間如き下等生物に見下され、腹が立っただけだ」
んん? いま聞き捨てならない発言をしませんでしたこの子? 恋人と召使いだと、関係性が全く違うものになると思うのですが?
「貴様も、自分の所有物が貶されれば怒りも覚えるであろう? たとえそれが価値のないゴミのようなものだとしても、自分のものであれば」
「そ、そうですね……」
感謝、取り消してもいいですか?
俺って、価値のないゴミだったんですか?
この悪魔っ子。俺の『彼女になる』っていう願いを叶えに来たっていうけど、そもそも彼女ってのが、どういうものなのかちゃんと理解してないんじゃ……。
そんな疑問が俺の中に芽生え始めたとき、セラフィエルが少し声量を落として逆に問い掛けてきた。
「それよりも、貴様は恥ずかしくないのか?」
「え?」
「公衆の面前で、我のことを好きだと大声を出しおって」
「あれは……恥ずかしくないです」
俺は、少し勇気を出してセラフィエルと目を合わせた。
「セラフィエルを好きなのは、事実だから」
「……ふん」
セラフィエルは面白くなさそうにそっぽを向いてしまった。
そして、俺と視線を合わせないようにしながら、ぶっきらぼうに言ってきた。
「貴様、また我を呼び捨てにしたな?」
「え? あ、その……ごめんなさい」
「今回は特別に許す。次からは気を付けよ」
前を向いて言う彼女の様子は、照れ隠しをしているようにも見えて、そんなセラフィエルを俺は普通に可愛いと思った。
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