第6話 まさかの理系女?
恋人とはなんなのか?
お互いのことが大好きで想い合っていて。
手を繋いだり肩を寄せ合ったり、イチャイチャチュッチュする。
それが恋人なのではないでしょうかッ!?
どうですか皆さんっ!?
そうでしょ! 俺間違ってないよね!?
なのになんなんですか! この悪魔娘っ子は!
視線を向けれは目を灰にするとか物騒なことを言い。
名前を呼べば一瞬で凍り付いてしまいそうな、冷たい眼差しを向けられる。
こんなのは彼女じゃない!!
恋人とは呼べないっ!!
俺の心の中はもう不満の嵐が吹き荒れている。
この悪魔は俺の願いを叶えにきてくれたんじゃないんですか!?
そんなことばっかり考えていたら、全く授業が耳に入ってこない。
俺の精神状態は、勉強どころではない。
とその時、数学教師がクラス全体に向けて言い放つ。
「はい、じゃあこれまでの説明を踏まえて、教科書の問5の問題を解いてみてください。10分後に誰か指名するので、指名された人は前に出て黒板に解答を書いてください」
はっ! まずい! 全然授業を聞いていなかった!
俺は慌てて先生が指定した問題を見てみる。
「ぅ……全然わからん」
俺が通っている高校は、地元でも有名な名門進学校。少し油断しただけで、あっという間に授業においていかれてしまう。
しかも、先生は誰かを指名して解答してもらうと言っていた。この先生は生徒を指名するとき、日付と同じ出席番号の生徒を当てる確率が非常に高い。
そして、今日の日付と同じ出席番号は……俺だ。
まずい! まずいぞ!
このままだと、クラスメイト全員の前で赤っ恥をかくことになってしまう。
俺は必死に黒板や教科書を見直して、なんとか問題を解こうと躍起になる。
そこに、相変わらず腕を組んでいるセラフィエルが口を開いた。
「なんだ貴様、そんな問題も解けぬのか?」
「え? セラフィエル……様は解けるんですか?」
「そんなもの、この書物に答えが書いているようなものだろう?」
そう言って彼女は、教科書にのっている公式をトントンと指差す。
「いや、この公式を使うのはわかるんだけど。それをどう使うかがわからなくて……」
「どうもなにも、数字を公式に当てはめるだけであろう? 貴様はなにを訳の分からないことを言っているのだ」
「うっ……」
まさしく天才と凡人の構図。
くそ、俺だってこの高校の入学試験に受かっているんだ! ちゃんと授業を聞いていたら簡単に解いていたんだ!
ただちょっと、少しだけ油断して授業を聞いていなかったから、たまたま頭を悩ませているだけなんだ!!
弾けろ俺の知性! 覚醒せよ数学的思考!
こんなもの、ちょっとした応用問題さ。
すぐにでも解いてやるさ!
「ぐぬぬ……」
今日は俺の脳の調子が悪いな。なかなか閃かないぞ?
色々と頭の中で言い訳をしながら唸っていると、隣のセラフィエルから「はぁ」と呆れた溜息が聞こえてきた。
「仕方あるまい。一度しか説明せぬからよく聞くのだぞ?」
「え?」
「まず難しく考えずに、普通にこの公式を使って問題を解くのだ。そしてその解をもとに、次はグラフの形状を考慮し――」
な、なるほど……。
え? なんですかこの悪魔さん? メチャクチャ説明がわかりやすいんですけど?
予想外の展開に、俺は丁寧に教えてくれているセラフィエルの横顔を見つめる。
彼女は教科書を見詰めているため、少し俯くような状態になっている。
その拍子に、彼女の綺麗な黒髪がサラサラと流れる。セラフィエルはその髪を片手でまとめて耳に掛けた。
俺は、彼女の横顔から目を逸らせなくなってしまった。
まるで縫い付けられたかのように、瞳がセラフィエルの横顔を捉えて動かせない。
綺麗だ……。
吸い込まれるような漆黒の髪が耳に掛けられ、彼女の横顔がハッキリと見える。
教科書を見詰める瞳は、髪色と同じ。
静かな夜を連想させるような綺麗な黒。
美を追求し、計算し尽くして造形したとしても、きっと彼女の美しさは再現できない。
可愛いなどという言葉では表現し尽くせない。
まさに、悪魔的美しさだった。
「という訳だ。どうだ? 理解できたか?」
「へ!? あ、はい! 完全理解しましたッ!」
セラフィエルに声を掛けられて、俺はハッと我に返って息を吸い込む。
彼女の美しさに意識を持っていかれて、呼吸をすることすら忘れていた……。
慌てて取り繕う俺に、セラフィエルが目を細めて睨んできた。
相変わらず目力が凄い。美少女に睨まれるという性癖に目覚めてしまいそうだ……。
「貴様、本当に我の説明を聞いていたのか?」
「もちろんですとも! とてもわかりやすく丁寧で、セラフィエル様の偉大なる叡智が遺憾なく発揮された、大変素晴らしいご説明でした! ありがとうございました!」
「ほう、そうか」
俺が褒めると、セラフィエルは口元をわずかに上げ、満足そうな表情になった。
……やっぱり、この悪魔娘チョロいぞ?
でもまぁ、彼女の美しさに見惚れて途中の説明は聞けなかったけど、それでも問題の解き方はなんとなく理解できた。これなら問5の問題も楽勝だ。
俺はスラスラと自分のノートに解答を書いていく。
うーん、セラフィエルは全然恋人っぽくないって思ったけど、こうやって優しく……優しく? まぁいいや、こうやって勉強を教えてくれるのは、なんかいい彼女って感じがするな。
「はい、10分たったので誰かに問題を解いてもらいます。えーと今日の日付は……では佐久間君、前に出て問題を解いてください」
予想通り、やはり俺が指定されたか。
ま、セラフィエルの説明と明晰な俺の頭脳によって、この問題は完璧に解かれているから問題なし。
俺は得意げな表情で黒板に解答を書いていく。
この淀みない手の動き。
カンカンとリズムよくチョークが黒板を叩く音が耳に心地よい。
俺はサラッと問題を解いて自分の席に戻った。
「はい、では佐久間君の解答を見てみましょうか。どれどれ……ふむ、解き方はあっていますね」
先生の言葉に、俺が「ふふん」と得意になっていると、隣で「我が教えたのだ。当たり前であろう」とセラフィエルが腕を組んで、当然のとこのように言っている。
まぁ、彼女の言う通りなんだけどね。こういう時ぐらいドヤ顔させてよ。
「ですが、ここで計算を間違えていますね。なので不正解です」
「なっ!?」
「皆さんも、このようなケアレスミスには十分に気を付けるように。試験などで、こんなミスで点数を落としたら勿体ないですからね」
う、嘘だ……一番ダサい失敗をおかしてしまった……。
スラスラと解いたことにドヤ顔までしていた自分が恥ずかしい……。
羞恥で顔が赤くなるのを感じていると、隣から追い討ちが掛かる。
「ふん。我が教えたのにもかかわらず失敗しおって。貴様は塵芥以下だな」
「ぐぅ……」
塵芥以下って酷くないですか!?
さっき一瞬だけ、セラフィエルがいい彼女だって思ったけど、前言撤回!!
こんな非情な悪魔娘、ぜっんぜん恋人らしくないですっ!!




