第5話 あなたは本当に彼女ですか?
セラフィエルの衝撃発言。
彼女の彼氏が俺だという、クラスメイトたちにとって信じがたい事実に、教室中が絶句する。そんな中、さっき彼女に質問した人気者男子が、いまにも卒倒しそうな青ざめた顔で再確認する。
「え? あの……セラフィエルさんの彼氏って……そこの佐久間のこと?」
ショックのあまり顔が引き攣って上手くしゃべれないのか、イケメン君は言葉を詰まらせながらなんとか言い切る。
それに対して、セラフィエルはクイッと顎を持ち上げ、絶対零度の視線で彼を見下ろした。美しい弧を描く眉が、不機嫌そうに歪んでいる。
「ほう? 貴様は我に同じ言葉を繰り返させるつもりか?」
「あいや、そういうんじゃ……その、すみません……」
圧倒的威圧感と冷たさで放たれたセラフィエルの言葉。その圧力に負けてイケメン君はすごすごと頭を上げる。
なんか、見てるこっちが同情してしまいそうだよ……。セラフィエルさん、もっと加減したらどうです? てか、美人の凄む顔って迫力が凄いな。まさに悪魔的だ。
イケメン君を撃退したセラフィエルは、胸を張って堂々と優雅な足取りで俺の隣の席へと向かってくる。
彼女に質問をしようという勇敢なクラスメイトはもういないようで、ただ黙って彼女の挙動を目で追っている。
やがて、ゆっくりと俺の隣の席に腰を降ろしたセラフィエルは、視線を前に向けたまま小さな声で俺に告げる。
「貴様の願いを叶えに来てやったぞ」
「ありがとうございます……」
「ふん。存分に感謝するがよい」
そう言ってセラフィエルは腕を組み、ついでに足も組む。
スラリと長い足がすぐ隣で組まれていて、俺の視線は自然とそっちに吸い込まれてしまう。
制服のスカートから伸びる彼女の足は、まるで白い陶磁器のように美しい。
俺は無意識のうちに凝視してしまっていたらしく、セラフィエルが不機嫌にこっちを見てきた。
「おい、それ以上我の足に視線を向けると、貴様の目玉を煉獄の炎で灰にするぞ」
「すみませんでした!」
こわッ! 潰すとかじゃなくて灰にされんの!? 悪魔こわっ!
でも俺、彼氏だよね? なら彼女の足を見てもいいんじゃない? だって彼氏だし……。
そんな俺の心の不満が表面に漏れ出ていたのか、セラフィエルがものすんごい目付きで睨んできた。
「なんだ? 貴様、人間の分際で我に口答えするのか?」
「口答えというか、俺は彼氏だし……少しなら……見ても……す、すみませんでした……」
少しは反論してやろうかなんて思っていた俺は、じっと睨みつけてくる彼女の圧に負けて、小さく頭を下げた。
俺の彼女……めちゃくちゃ怖いんですけど……。
朝のホームルームが終わりすぐに一時限目の授業が始まる。
今日最初の授業は数学だ。クラス内は、セラフィエルが与えた衝撃によっていつもと少し違った雰囲気があるけど、それでも朝から数学の授業ということで重く憂鬱な空気が蔓延している。
そんな中でも、セラフィエルは腕を組んだまま真っ直ぐに前を見ていた。
先生の話を聞いているのかいないのかはわからないけど、背筋をピンと伸ばしたその堂々とした姿勢は、自然と視線を吸い寄せられるような魅力があった。
授業を受ける姿勢としては、ちょっと……いやかなり態度が大きい気もするけどね。
セラフィエルの威風堂々たる授業態度は、数学教師の目にも留まったみたいで、先生が遠慮がちに声をかけてきた。
「え〜と、セラフィエルさん?」
先生は転校初日であるセラフィエルのことを確認するように、出席簿と見比べながらおずおずと口を開く。
それに対して、セラフィエルは顎をクイっと上げて返事をした。
「なんだ?」
「あ〜、その〜……教科書はないのかな?」
「そんなものは、ない」
「え!?」
全く躊躇することなく断言するセラフィエル。
彼女の机の上には、埃一つ無いピカピカでまっさらな机が広がっている。
あまりにも清々しくハッキリとした返答に、神経質そうな顔をした先生も面食らった感じだ。
セラフィエルさん、そんな当然の事みたいに言わないでよ。ここ、一応学校なんですよ?
「え〜と……あ! 転校してきてすぐだから、まだ用意できていないのかな? それなら隣の佐久間君に見せてもらおうか。佐久間君、セラフィエルさんに教科書を見せてあげて」
「はい、わかりました」
俺は先生の言葉に快く頷く。
ここでゴネたら先生はお腹を痛くしそうだ。
「じゃあ、ちょっと机をこっちに寄せてくれる?」
俺がセラフィエルに言う。でも彼女は足を組み、腕を組んだまま動かない。
「何を言っているのだ? 貴様が私の方に寄れ。貴様は私の彼氏なのだろう?」
「あ、はい。承知しました」
意味がわからない。けど、この悪魔娘さんに一歩も動くつもりがないのは確かだ。
俺は仕方がなく自分の机を持って彼女の隣に移動し、机同士をくっつける。
「え〜と、今授業でやってるのはここだよ」
そう言いながら、俺はセラフィエルに教科書を見せる。
彼女は教科書の内容にサラッと目を通してから、その綺麗な唇をわずかに曲げた。
「ふん。人間は我らに比べれば遥かに劣るが、数字を操る術はなかなかのようだ」
「え? セラフィエルは数学わかるの?」
数学が得意な悪魔……。
物凄いギャップを感じるのは俺だけでしょうか?
そんなことを思っていると、鋭い眼差しで睨まれた。
「貴様、いま我を呼び捨てにしたな?」
「え? あれ? そう、でしたっけ?」
ものすごい圧を感じて、俺は咄嗟にとぼける。
すると、セラフィエルの目がスゥと細くなった。
「呼び捨てにしたな?」
「……も、申し訳ありませんでした。セラフィエル……様」
怖ぇよ。頼むから、同じ言葉を繰り返さないでよ。めっちゃくちゃ怖いから。
威圧感に負けて、俺は頭を下げながら呼び方を訂正する。それに彼女は「ふん」と鼻を鳴らしてから、腕を組んで見下ろしてくる。
「気を付けよ」
「はい……」
でもちょっと待って? セラフィエルは俺の彼女なんだよね? ならさ? 呼び捨てにしても良くない?
俺彼氏だよ? この、おっかない悪魔っ子の恋人だよ?
そんな不満が胸の中でぐるぐると渦巻くけど、それを口に出すほどの勇気はなかった。
煉獄の炎とかで灰にされたくないしね……。
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