第4話 彼女ができました
俺が願いを言った瞬間、悪魔さんの表情が怪訝なものに変わった。
「理想の彼女、だと? 我が貴様の?」
「は、はい! それが俺の願いです!」
「我に人間の恋人になれと、それが貴様の願いなのか?」
「そ、そうですッ!」
俺がブンブン首を縦に振ると、悪魔さんが「ふん」と鼻を鳴らした。
あれ? なんか凄く不機嫌そう? やっぱり俺の願いはマズかったか? なんかこの悪魔さん、人間を下等な生き物的な感じで観てそうだし、プライドを傷付けちゃったかな?
そんな不安が胸の内に広がり始めたとき、悪魔さんが小さく息を吐いた。
「はぁ、まぁよかろう。貴様は正式な儀式によって我を呼びだした。ならば、我もそれにしかと応えよう」
なんか、渋々って感じが凄いけど、どうやら悪魔さんは俺の彼女になってくれるらしい。
「あの、ありがとうございます」
「ふん、まったく人間の欲望とは、くだらぬものよな」
「そ、そんなことありません! あなたはとても美しいですし、そんなあなたを自分の彼女にしたいと願うのは、男として当然の願望です!」
「……キーキー喚くな人間。煩いぞ」
悪魔さんは面白くなさそうに俺から顔を背けた。
なんか頬っぺた若干赤くなってない? もしかして照れ隠し? だとしたらこの悪魔さんメッチャクチャ可愛いんですけど?
俺が軽く見惚れていると、悪魔さんが仏頂面で睨んできた。
「契約は守る。貴様の理想の彼女となる願い、叶えてやろう」
「ありがとうございます。じゃ、じゃあ今からあなたは俺の彼女ということですか?」
「待て人間。我にも準備というものがある。貴様の願いは我の準備が整ったら叶えに来てやる。それまで少し待っていろ」
悪魔さんがそう告げた瞬間、部屋の中に突風が吹き荒れた。
その風に俺は反射的に目を閉じる。そして、目を開けたときにはもう悪魔の姿はどこにもなかった。
「……いなくなっちゃった。てか、本当に彼女になってくれるのか?」
悪魔さんがいなくなり、いつも通りに戻った部屋を俺は呆然と見渡した。
さっきまでの出来事があまりにも現実離れし過ぎていて、全て俺が勝手に見た妄想だったように感じる。
けど、足元には俺の書いた魔法陣がある。そして田中君から貰った魔術書もある。俺はその魔術書の中を確認する。予想通り、悪魔召喚に関するページは全て白紙になっていた。これで、最強究極魔法と悪魔召喚に関する記述が白紙になって、ただのかび臭いだけの本になった。
「俺……悪魔と契約したって事になるのか?」
改めて言葉にしてみると、なんだかとても危険な香りがプンプンする。
大丈夫なのか俺? でも、さっきの悪魔はいままで見たことがないくらい可愛かったし、そんな子が彼女になってくれると考えたら、自然と口元がニヤけてしまう。
「そういえば準備ができたら叶えに来るって言っていたけど、準備はどれくらいかかるんだろう? そもそも準備ってなんだ?」
悪魔の時間感覚って人間と一緒なのか? もしかしたら、エルフみたいに長寿命で人間の一週間の感覚で10年後とかに『願いを叶えに来たぞ』なんて来ることはないよね? というかあの悪魔は何歳なんだろ? 見た目は俺と同い年くらいに見えたけど……。
悪魔を召喚した翌日、いつも通り学校に向かった俺は、特に誰かに挨拶することもなく。黙って教室の扉を開けて自分の席に座る。
そして、スマホを開いて特に興味のないSNSの情報を流し見する。
俺はこの時間が嫌いだ。早くチャイムが鳴ってショートホームルームが始まらないかなと思いながらスマホを見詰める。そんな俺の耳に、近くのクラスメイトの会話が聞こえてきた。
「なぁ、今日転校生がくるって噂お前知ってっか?」
「さっき聞いたよ。こんな中途半端な時期に転校なんて変だよな」
「確かにな」
「お前は転校生が男だと思うか? それとも女子か?」
「んなもん俺にわかるわけねぇだろ。俺にできることは、可愛い女子であれと祈り続けることだけだ」
「だな」
いかにも男子高校生らしいくだらない会話。
しかし、昨日のことがある俺には、妙に『転校生』というワードが頭に引っ掛かる。そして、自分のスマホに集中していた視野を意識的に少しだけ広げると、自分の隣の席が空席になっていることに気が付いた。
あれ? 隣の席……誰だっけ? いや、席の数が増えてる? まさか……。
俺の頭にある一つの可能性が浮かび上がる。
その時、チャイムが鳴り教室に担任が入ってきた。
「自分の席に戻れ~。朝のホームルームを始めるぞ~」
朝の気だるさを身に纏いながら、担任教師が教卓の前に立つ。
先程まで喧騒に包まれていた教室が静かになり、日直の号令でクラスメイトが一斉に挨拶をした。
「起立、礼『おはようございます』着席」
「はいはい、おはよう」
担任は軽く片手を上げて挨拶をする。
「今日は皆にいいお知らせがあるぞ~。なんと、わがクラスに転校生が来た」
担任はニヤッと笑みを浮かべて言う。その言葉に、クラス中がにわかにざわめき立つ。さらに担任は情報を追加する。
「そして喜べ男子諸君。転校生は……女子だ!」
転校生が女子だと判明した瞬間「おぉ!」という歓声が上がり、教室のあちこちからひそひそ声が聞こえてきた。
そんなクラスの反応に担任は満足げな表情をうかべつつ、教室の入り口に向かって声を掛けた。
「よし、じゃあ入って来てくれ」
その声を合図に、一人の女子生徒が教室に入ってきた。
その姿を見て、俺は愕然とする。
昨日の悪魔じゃん!!!!
俺と同じ高校の制服に身を包み、優雅な足取りで教卓に向かって歩く悪魔。漆黒の夜を連想させるような美しい髪をなびかせるその姿は、さながらランウェイを歩くモデルのようだった。
さっきまでワーワーと騒いでいた男子達は、予想の遥か上空をいく悪魔の美しさにポカンと口を開け、目だけで彼女の動きを追う。そして、女子達もハッと息を呑み目を見開いて悪魔を凝視していた。
水を打ったように静まり返る教室内。あまりの悪魔の美貌に、クラスメイト達は歓声を上げることを忘れてしまったようだ。
そんな生徒達の反応が面白かったのか、担任教師は口元に笑みを浮かべながら悪魔に言う。
「では自己紹介をしてくれるか?」
悪魔は一度だけ担任教師に視線を向けた後、クラス全体を見渡すように前を向く。
「貴様らのような人間が、ただで我の名を知る機会を得たという幸運をありがたく思うがよい」
めちゃくちゃ上から目線!! さすが悪魔さん!!
彼女の美貌と同じく、予想の斜め上をすっ飛ぶ傲慢な発言に、一部の生徒がピクッと反応を示す。しかし、大半の生徒は、まるで催眠術にかかったかのようにボーっと悪魔を見詰め続けている。
「我の名はセラフィエル・ルシエラ・クロヴェンティス・ルミヴェリン・アウロフェル・ダークフィエンドだ」
相変わらず名前長いな……でも俺は二回目だから、なんとか最初の名前だけは憶えられた。
この美少女悪魔の名前はセラフィエルっていうのか。
てか、クラスメイト全員セラフィエルの名前覚えられてないと思うけど。
俺の予想は担任も同じなのか、愛想笑いを浮かべながらセラフィエルに提案をしている。
「とても素敵な名前なんだが、あまり日本に馴染みのない名前で皆なかなか覚えられないと思うんだ。だから最初はセラフィエル・ダークフィエンドで覚えてもらうのはどうだろうか?」
「なに? 我の名を省略して覚えろだと?」
セラフィエルは担任をギロッと睨み付ける。
担任は慌てて両手を挙げて彼女を宥めるように言う。
「取り敢えずだから! 応急処置的な感じで、な?」
「……ふん、仕方あるまいか。人間どもは我のような高貴な名に触れる機会が無いだろうからな。特別に許そう」
「あ、ありがとうセラフィエルさん」
担任は愛想笑いを盛大に引き攣らせながら、セラフィエルに頭を下げた。
「そ、それじゃあ、セラフィエルさんの席なんだが、そこの後ろの空いている席だ。佐久間の隣だ」
「ふむ」
マジか! いや俺の隣の席が空席になっていた段階でちょっとは予想していたけどさ! マジか!
てか、セラフィエルが転校してきたのって、俺の願いを叶えるため? ……俺の彼女になるために来たってこと?
そう考えた瞬間、俺の鼓動がドクンと早まる。
俺の隣の席に向かって歩き出そうとしている彼女から目が離せなくなる。
と、その時。
一人の生徒が手を上げてセラフィエルに質問を投げ掛けた。
「あの! セラフィエルさんって、名前からして外国の人ですよね? どこの国の出身ですか?」
その質問にセラフィエルはピタッと足を止めた。
「我の住む世界は、貴様ら人間よりも崇高なる世界である。貴様に教えても理解出来まい」
セラフィエルさんめちゃくちゃ塩対応! そんなんじゃイジメの対象にされちゃいますよ!?
と俺は一抹の不安を覚えたが、俺の予想に反して質問した生徒は、セラフィエルの冷たい視線と突き放すような言葉に、どこか嬉しそうにしていた。
……可愛いは正義って本当なんだな。いや、あいつの性癖か?
そんなことを思っていると、次の質問がセラフィエルにされる。
「セラフィエルさんって外国のお姫様とかですか?」
一人の女子生徒がうっとりとした表情で質問をする。そんな女子とは対照的に、セラフィエルはとても冷めた顔つきで答えた。
「姫だと? それは人間の王の娘のことであろう? 我は人間の王などよりも上位の存在である。あんなものと一緒にするな」
「きゃっ! 素敵です!」
素敵なのか!? 女子の価値観というか思考回路は男の俺には理解出来ないな……。
「はいはい! 俺もセラフィエルさんに質問です!」
その時、大きな声を上げる男子生徒が現れた。
彼はこのクラスの中心的人物で、運動ができて容姿も優れていることから常に多くの人に囲まれている人気者である。
そんな彼が、好奇心に瞳を輝かせながら口を開いた。
「セラフィエルさんは恋人、彼氏はいますか?」
その質問がされた瞬間、教室内は再び静まり返る。
ピンとは張り詰めた静寂の中、セラフィエルの魅惑的な唇がゆっくりと動く。
「いる」
その一言にクラスメイト達、特に男子達がザワザワと反応を示した。
そんなこと気にも留めずに、セラフィエルはゆっくりと手を持ち上げ、そして長く綺麗な人差し指で俺を指差した。
「そこの男が、我の恋人である」
静寂に包まれた教室内で響き渡るセラフィエルの凛とした美しい声。
そして、一斉に俺へ向けられたクラスメイトの視線。
俺は、この時初めて知った。
視線って、本当に突き刺さるんだな……。
隙間なく身体に突き刺さる視線を感じ、俺は急激にお腹が痛くなってきた。
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