第3話 理想の彼女になってください!
俺は何度も目を擦って、目の前の光景が現実のものなのか確かめる。
しかし、何度目を擦っても見開いても、瞬きしても片目で見ても、目の前の美少女が消えることはなかった。
漆黒の闇に溶け込むような、視線が吸い込まれそうになる艶やかな長い黒髪。
凛々しさと高貴さを感じさせる大きな目に、美しく流れるような眉。スッと通った鼻筋に魅惑的な唇。
黒を基調とした衣服に包まれた少女の身体は細く、しかし男性の視線を虜にする魅力は十分過ぎる程で。
まさしく完璧な美を具現化したような少女。しかし、まだどこか幼さも纏っていて、魅力の成長の余地を感じさせるものがある。
まるで身震いをしてしまう程の、人外とも思える美しさを誇る目の前の少女に、俺はここが夢の世界なのではないかと、自分の頬をつねる。
痛い……夢じゃない。
俺がそんな奇行を繰り返していることに業を煮やしたのか、少女はその美しい表情に若干の苛立ちを滲また。
「おい人間。我の言葉が聴こえなかったのか?」
「あ、あの! その!」
見た目に反することなく、玲瓏たる声の少女に俺は極度の緊張から言葉が詰まって上手く話せなくなっていた。
それでも俺は、なんとか目の前の少女とコミュニケーションを取ろうと、必死に喉を震わして言葉を絞り出す。
「えっと……どちら様、でちょか?」
ちょっと噛んじゃった……。
「貴様……ふざけているのか?」
俺の質問に、少女のアーモンド形の綺麗な目がスゥと細くなった。
「ふ、ふざけてないです!」
「ならば、さっさと貴様の“願い”を言え」
「願い……ということは、やっぱりあなたは悪魔ってこと、でしゅか?」
ヤバ、また噛んじゃった。
「でなければ我は何だというのだ? 我を呼んだのは貴様であろうが?」
「で、ですよね……」
マジかぁ……マジだよなぁ……。
俺、マジで悪魔召喚しちゃったのか……。
いやでもさ、悪魔ってもっとこう、禍々しいというか、人外というか。
頭がヤギで胴体がムキムキマッチョマンみたいなのを想像するじゃん? ザ、悪魔! みたいな見た目を想像するじゃん?
実際の悪魔が、こんなモデルの人みたいなクールビューティーガールだなんて聞いてないんですけど?
「さぁ、人間。早く願いを言うのだ」
「あ、はい……え~っと、俺の願いは……え~と……」
ヤバイ、突然の出来事過ぎて俺の思考回路がバグってる。
全然考えがまとまらない。
「……人間よ。よもや我を意味もなく呼んだなどということはあるまいな?」
「そ、そんなことはありません! ちゃんと願いがあって呼びました!」
「ならばさっさとその願いを言え」
「えと、ですから、俺の願いは、あのですね、願いはですね……」
人間って、パニックになると本当になにも考えられなくなるんだね。
そもそも、俺は何で悪魔を召喚したんだっけ? え~と?
あ、ヤバい! 自称悪魔の女の子が明らかに不機嫌そうだ!
何か答えないと! 何か、何か……。
「あ、あの! お名前! あなたのお名前を聞いてもよろしいでしょか?」
また噛んじゃった! 落ち着け俺!
「……なぜ人間ごときに我の名を名乗らねばならんのだ。それよりもさっさと貴様の願いを言え」
「そ、それは……やっぱりお願い事をするのに、名前を知らないのは失礼になるかなと。悪魔様にお願い事をするには、やはりそう言った礼儀は最大限に尽くさないといけないと思いまして……あ、俺の名前は信道といいます。佐久間信道です」
俺がそう言うと、目の前の女の子の表情が明らかに嬉しそうなものに変化した。
「ほう。なかなか殊勝な心がけの人間ではないか。よかろう、そこまで言うのなら特別だ。貴様に我の名を教えてやろう。一度しか言わぬから、しっかりと聞くように」
少女は機嫌よさそうに言う。
もしかして、悪魔って意外とチョロかったりするのか?
「我の名はセラフィエル・ルシエラ・クロヴェンティス・ルミヴェリン・アウロフェル・ダークフィエンドだ」
「セラフィエ……え? セラ……ええ?」
名前ながッ!! 絶対一回じゃ覚えられないやつだよ!
「なんだ人間。せっかく我の名を教えたというのに、聞き取れなかったとか言うのではあるまいな?」
せっかく良くなった機嫌が、また少し不機嫌そうになってしまった! なんとか機嫌を回復させないと!
「そんなことはありません! あまりにも悪魔様の名前が高貴すぎて、自分には口にできないだけです!」
「ふん、であろうな。我の名は偉大な父上が名付けてくれた、上位悪魔に相応しい名だ。人間ごときの貴様には、おいそれとは口にできぬことだろう」
「その通りでございます」
自分の名前が気に入っているのか、セラ……悪魔さんは再び上機嫌に戻る。
やっぱり、この悪魔チョロいぞ?
「よし、我の名を教えたぞ。貴様もさっさと願いを言うのだ」
「あ、そ、そうですね」
もう、急かされたら願いが思いつかなくなっちゃうよ。俺はトイレだって急かされると出なくなるタイプなんだから。
というか、この悪魔さんが可愛過ぎて全然考えがまとまらない……。
なんか、俺の好みのど真ん中ドストレートなんですけど?
もしかして、悪魔だから俺の深層心理を読み取って、理想の姿になるように変化してるとか? 本当の姿は、もっとグチャグチャでグログロな見た目だったり?
俺がそんなことを思っていると、いよいよ痺れを切らしてきた悪魔さんが、苛立ちを隠さずに催促してきた。
「おい人間! いい加減しろよ? あと一分以内に願いを言わなければ、貴様の魂を木っ端微塵に吹き飛ばす」
「ひっ、す、すみません! 言います! 願い事いますぐ言います!」
「ならさっさと言え!」
あぁもう! なんか怒ってる姿もメチャクチャ可愛い! 俺好み過ぎて辛い!
こんな子が俺の彼女だったら……彼女?
はッ! そうだ! 俺は彼女が欲しくて悪魔を召喚したんだった!!
そして、いま目の前に俺の理想の女の子がいる! この子が俺の彼女になってくれれば俺の願いは叶う!
「あ、あの……俺の願い、言っても良いですか?」
「だから、さっきから何度もそう言っておろうが」
「じゃ、じゃあ言いますね」
なんか緊張で心臓がバクバクしてきた……。
ついに、俺に理想の彼女ができる……。
「俺の願いは……あなたに俺の彼女になって欲しいです! 俺の理想の彼女になってください!」
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