第2話 悪魔召喚しちゃいました
「彼女が欲しい……」
まるで呪詛のように、何度も繰り返しながら俺は高校から家までの帰り道をトボトボと歩く。
「お~い! ノブ! おーいってば!」
あぁ、なんか後ろから呼ばれている……。
でもこの声は男だ……。
はぁ……世知辛い世の中だ……。
「なんで止まってくれないんだよ。ひでぇな、俺ら友達だろ?」
友達だと? 俺に友達はいない。
中学一年生の時、彼女を作るために勉強を頑張ると決めたあの日からな!
そう思いながら、コンクリートを眺めていた視線を仕方なしに持ち上げると、そこには小太りのメガネをかけた男がいた。
「あぁ、田中君か……」
俺の視線の先にいたのは、同じクラスメイト。
名前は田中義男。周りからはよく『ヨシ』と呼ばれている男だ。
「なんだよ、その残念そうな顔は。失礼な奴だな」
「ほっといてくれ、俺はいま絶望の底にいるんだ……」
「あははは! ノブは大袈裟だなぁ」
この田中義男という男は、かなり人懐っこい奴だ。
俺とそんなに関わったことがないのに、勝手に『ノブ』とあだ名で呼んでくる。
田中君の見た目はお世辞にもイケているとは言い難い。
だが、クラスでは色々な人と話しているのを見かけるし、それを邪険にされている雰囲気もない。つまり彼は俗に言う愛されキャラなのだ。羨ましい……。
「んで? なんでノブは絶望してるんだ?」
「それは……特に理由はない」
「おいおい! 特に理由がないのに絶望してるとかこの世の終わりだろそれ!」
ゲラゲラ腹を抱えて笑う田中君。
正直言って鬱陶しいけど、不思議と腹立たしさはあまり感じない。
人柄って奴なのかな? ちょっとその人柄俺にも分けてくれ……。
「ま、どうせ男が絶望するなんて、全財産つぎ込んでガチャ回してお目当てのキャラが出なかった時か、それか……」
そこで田中君は、俺と目を合わせてニヤッと口角を上げた。
「彼女ができないときか。この二択しかないよな。で? ノブはどっちで絶望してんだ?」
「……なんだよその二択、別に俺はそんな理由じゃ……」
「なるほど、彼女が出来なくて絶望してたのか」
こいつエスパーかよ!
なんでわかったんだ!? 俺、そんなに顔に出てたのか?
「か、勝手に決めつけないでくれ」
「お? その反応は図星だな? よーし! じゃあ、彼女が出来なくて絶望しているノブに、親友の俺からプレゼントをしてやろう!」
お前はいつの間に俺の親友になったんだよ。……まぁ、そう言われて悪い気はあまりしないけどさ。
てか、プレゼント? 合コンでも開いてくれるのか?
「彼女ができない親友へのプレゼントは……これだ!」
「? ……本?」
田中君がくれたプレゼントは本だった。
しかも、かなり古くてくたびれている。
「なんで彼女ができないヤツへのプレゼントが本なんだ?」
「ふふふ、これはただの本じゃないぞ? 聞いて驚くなよ? これはな……魔術本なんだ!!」
……はぁ、やっぱり世の中世知辛いよな。
俺は一生彼女ができない呪われた人生なんだ。
「おいノブ! そんな特大の溜息を吐いてスルーするなよ! 魔術書だぞ? スンゴイ本なんだぞ?」
「田中君、気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとう。じゃ」
「ちょいちょいちょい! お前、この本の凄さをわかってないな? この本にはな、究極魔法の習得方法や、悪魔召喚の儀式について書いてるんだぜ!」
「そっか、凄いなマジュツショ。じゃあ、負け犬の俺はさっさと家に帰るとするよ」
俺は田中君の力説を完全スルーして再びトボトボと歩き出す。
究極魔法? 悪魔召喚? は! そんなもんが実在するなら、なんで俺はいまだに異世界召喚されていないんだよ!!
俺ほど異世界召喚の主人公に相応しい人物はいないだろ!
ボッチだし! 彼女いないしッ! いろいろ拗らせてるし! コミュ症だしッ!! ……はぁ、なんか泣きそう。
「だから待てって! この魔術書で悪魔を召喚して、その悪魔に『彼女をください!』ってお願いすればいいだろ? な?」
おい、こいつまじか?
これぞまさしく悪魔の囁きってやつか? なにが「な?」だよ。
悪魔に頼ってまで彼女なんか……欲しいけどさ? けど、こんなオンボロ本で本当に悪魔召喚できんのかよ? そもそも悪魔なんでフィクションだろ?
そりゃ、本当に悪魔がいるなら、土下座してでも彼女を下さいってお願いするけどさ?
「お? ノブも興味出てきたか? よしよし、じゃあ親友のお前にこの貴重な魔術書を譲ってやる!」
「あ、ちょ! 田中君?」
田中君は、揺らぐ心の一瞬の隙を突いて俺にオンボロ本を押し付けると、そのままダッシュで走り去ってしまった。
「じゃあなノブ! 健闘を祈るぜ!」
あ! ちょっ!? マジかよ……この本、本物なのか?
てか、これかび臭いんだけど?
俺は仕方がなく、押し付けられたオンボロ本を胸に抱えて家に帰った。
帰宅した俺は自分の部屋に直行すると、田中君に押し付けられたオンボロ本を机の上に置きジッと観察してみた。
うん、普通に汚い本だ。
こんなの魔術書なはずがない。てか、そもそも本物の魔術書なんて存在しないだろ。
疑惑の心いっぱいに、俺は試しにオンボロ本の表紙をめくってみた。
うぅ……なんか手にカビの臭いが移りそうですごく嫌だ。
ん? なんか書いてるな。えーと……。
「これ、全部ひらがなで書かれててメチャクチャ読みづらいな」
オンボロ本の中は、まるで幼稚園児の殴り書きのようなかなり読み辛いひらがなが乱立していてた。
「ますます怪しいなこれ。なになに……さいきょうきゅうきょくまほうのしゅうとく……あぁ、そういう感じですか」
はい、ただのオンボロ本確定。
なんだよ最強究極魔法って、いまどき小学生でももっとまともなネーミングセンスしてるぞ。
はぁ……くだらない。本当にくだらない……。
……けど、ちょっと気になるな。まぁ、どうせ暇だしな。適当に最強究極魔法でも習得しとくか。
俺はヤケクソな気持ちと、ほんの少しの厨二心でオンボロ本を読む。
「さいきょうきゅうきょくまほうのしゅうとくほうほう、そのいち。ぽーずをきめる」
ほんと、なんでひらがなだけで書かれてんだよ読みづらいな。
ポーズね。魔法を放つポーズか……やっぱり普通に両手を前に突き出しす感じかな?
俺は、とある仙人が放つ破滅の波動を打ち出すポーズを取る。
うーん、これはちょっと丸パクリ過ぎか? もう少しオリジナリティが欲しいな……。
せっかくの最強究極魔法だ。どうせなら俺独自のポーズで発動させたいよな。
その後、俺は色々と試行錯誤しながら最強究極魔法のポーズを考える。
オンボロ本に胡散臭さを感じながらも、なんだかんだ言って結局楽しんでしまっている。男とは結局単純で、こういうものが大好きな生き物なのだ。
決して俺が厨二病なわけではない。これは男としての性なのだ。
そんな言い訳を心の片隅でしつつ、俺はついに最強究極魔法のポーズを決定した。
腰を落とし、拳を強く握って力強く前に打ち出す。
まるで正拳突きのようなポーズである。
ちょっとファンタジー要素に欠けるポージングだと思う。けどやっぱりシンプルな方が、激戦の中でもサッと繰り出せると思うんだよね。
って、なに俺は真面目に考えてんだか……。
まぁ、いいか。で、次はなんだ?
「さいきょうきゅうきょくまほうのしゅうとくほうほう、そのに。はつどうさせるじゅもんをきめる」
呪文か。やっぱりここは、かめは……はダメだよな。
う~ん、どうしよっかな。
ん? 待てよ? もしこの呪文を普通の台詞みたいな呪文にしたら……。
「こいつ、いつ呪文を唱えたんだ!? まさか無詠唱かッ!? みたいな事ができるんじゃ?」
俺天才だな。よし、じゃあ発動呪文はあまり呪文ぽさを感じられない台詞のようなものにしよう!
「どうするかな……“うぉー!”とか? これはちょっとダサいか? 間違って言っちゃいそうだし。じゃあ“喰らえ!”とかか?」
う〜ん。
あまりしっくりこないな。
でも、最強究極魔法を使うってことは、ちょっと追い込まれてる状況だよな。そこからの形勢逆転を狙っての魔法発動だから……。
「“負けられねぇんだよ!”にしようかな」
俺の頭の中で呪文を決定した瞬間。
突然オンボロ本が光り輝きだした。それと同時に、どこからか無機質な声が聞こえてくる。
――ポーズトジュモンヲショウニンシマシタ。サイキョウキュウキョクマホウシュウトクプロセスヲカイシシマス
「な、なんだ!? いまの声は!? どこから!?」
この部屋には俺以外に誰もいないはず!
俺は部屋のあちこちに視線を向けて、必死に声の主を探す。しかし、誰かがいる気配は全くない。
そうやって混乱しているうちに、オンボロ本が発する光はどんどん強くなってきた。
「うわっ!?」
そして、その光は本から飛び出して俺の身体を包み込む。
思わず両手を挙げて顔の前にかざして顔を覆う。
それから数秒。瞼越しに光が収まったのを確認した俺は、顔の前の腕をゆっくりと下ろして、目を開ける。
「今のはいったい……」
謎の声といい、謎の光といい、完全にホラーじゃんかよ。止めてくれよ、いま家に俺一人しかいないんだから……。
そんなことを思いながら、俺は急に光を発したオンボロ本に目を向ける。
そして驚愕した。
「え!? 白紙になっている!?」
さっきまでは、幼稚園児の殴り書きのようなひらがなが乱立していたのに、いまはその一切が消え去って真っ白になっている。
「どうなってんだ?」
これ……もしかして……本物なのか?
先程からの一連の出来事に対して、俺はこのオンボロ本が本当の魔術書なのではと思い始めた。
「だとしたら……」
俺は魔術書かも知れないオンボロ本のページをめくる。
白紙になったのは、最強究極魔法に関する部分だけで、もう一つの記述事項。
つまり、悪魔召喚に関しては消えてはいなかった。
「あくましょうかんのぎ……やってみるか?」
相変わらず、幼稚園児のような殴り書きの文字。
しかし、俺の中にはもう、それをバカにする余裕はなかった。
バクバクと脈打つ鼓動と、自分の荒い息遣いを聞きながら、俺は魔術書が指示する通りに準備を進める。
魔術書に表記されている魔法陣を紙に書き写し、その魔方陣の指定された場所に、砂糖や塩、俺が昔大切にしていた玩具などを設置していく。
心の片隅で、俺はなにをバカバカしいことをやってるんだと客観的な思いが渦巻く。
しかし、それ以上に本当に悪魔召喚ができるかもしれないという思いが強くなっている。
「よし、準備は整った。あとはこの呪文を唱えるだけだな」
俺は魔法陣の中心に立って、魔術書を片手に悪魔召喚の呪文を唱えた。
「我、深淵の名において命ず! 闇の門を開き、魔界の至高なる支配者よ、此処にその威光を顕現せしめたまえ! そして、我の願いを叶えたまえ!」
呪文を唱え終わった瞬間、真下から風が吹き荒れる。
それと同時に、光の洪水が魔法陣から溢れ出してきた。
やっぱりこれは本物だ!!
オンボロ本じゃなくて、本物の魔術書だったんだッ!!
目の前で起きている非現実的な現象に、俺は言い知れぬ高揚感に包まれた。
が、次の瞬間。俺の中の冷静な部分がある事に気が付く。
あれ? 俺、勢いで悪魔召喚しちゃったけど……。
悪魔ってちょっと、いやかなりヤバい存在じゃね? 下手したら俺、殺され……。
冷静になった心の中に、急速に危機感が湧き上がる。
が、よくわからないが魔法陣が止まることはなさそう……。
「うわッ!?」
魔法陣から一際大きな光が溢れ出し、部屋の中では絶対にありえない突風が吹き荒れる。
ゴゴゴッという謎の音が響き渡り、家全体が揺れているような気もする。
俺は反射的に目を閉じた。
それから数秒。
光と突風が鎮まり、地鳴りのような謎の音と揺れも無くなった。
超常現象が収まって、俺はゆっくりと目を開ける。
同時に俺は目を見開いて口をあんぐりと開けてしまった。
「我を呼んだのは貴様か?」
俺しかいなかったはずの、なんの変哲もない部屋。
そんな部屋の真ん中に、いままで見たことがない程の、超絶美少女が宙に浮いていた。
お読み下さりありがとうございます。




