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今日も俺は、悪魔な君に理想を突き付ける  作者: 塩本


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第14話 理想とは?


 石造りの部屋の中央には、存在感のある大きな天蓋付きのベッドが鎮座している。

 それでも圧迫感を感じさせないほどに広々とした部屋。

 天井からは細やかな装飾が施されたシャンデリアが吊るされ、魔法の灯りで部屋全体を照らしている。暖炉の中では、パチパチと薪が燃えて包み込むような暖かさを放っている。


 気品溢れる、まるで王侯貴族のような煌びやかな部屋の片隅で、セラフィエルは机と向かい合っていた。


「むむぅ……理想……こじらせ男子の理想……」


 彼女は難しい表情を浮かべ、片手で頭を抱える。


「こじらせ男子の理想……理想……そもそも、こじらせとはなんだ? あやつは何をこじらせているのだ?」


 悪魔である彼女は、自分を召喚した人間の願いについて頭を悩ます。


「理想……所詮人間の理想など、くだらぬものだろうに……しかし、それを叶えねば契約は達成できぬ……理想……全世界の男子の理想……」


 セラフィエルは何度も何度も「理想……」と呟く。


 実は彼女、今回の信道の召喚が初めてであった。

 セラフィエルはまだ16歳と若く、悪魔の世界でもまだまだ子供としての扱いをされている。

 それが彼女にとっては不服で、初めての召喚による願いを素早く片付けて、自分は優秀な悪魔だと周囲に示したいという思いを強く持っていた。


 しかし、彼女に願いを告げてきた佐久間信道という人間は、理想の彼女という理解不能な願いをぶつけてきた。


「まったく、くだらぬ……なぜ我が下等な人間の恋人にならなければならんのだ……」


 色々と不満が彼女の中で芽生える。

 しかし、それをグッと堪えて考える。


「まずは、あやつの理想を調べなければ……」


 セラフィエルは腕を組み、信道の理想を叶えるためにはどうすればいいのか必死に考える。


「あやつの女性の好みを聞き出す必要があるな。しかし……我の外見は可愛いとぬかしておったか……」


 信道と交わした会話を思い出すセラフィエル。


「だか、大事なのは中身だともほざいておったな…………ふん、なにが中身だ! 偉そうに言いおって。我が理想とは程遠いだと? 好き勝手にぬかしおって、あやつめ……」


 彼とのことを思い出せば思い出すほど、セラフィエルの苛立ちはドンドンと高まってくる。


「この我が人間と手を繋いでやったのだぞ! それだけでもありがたく思うべきであろうがッ!」


 彼女は怒りの感情を吐き出すように、目の前の机をドンッと叩く。

 思ったよりも大きな音が部屋に響き、セラフィエルははっと我に帰る。


「いかんな、しっかりと自分を律さねば……」


 一度深呼吸をしてから、彼女は再び信道の言う理想について考えようとする。

 その時、扉がコンコンとノックされた。


「誰だ?」

「わたくしです。リリアです」

「リリアか、入ってよいぞ」


 セラフィエルが扉に向かって言うと、妙齢の女性がお辞儀をして部屋の中に入ってきた。

 腰まで伸びた桃色の髪に紫の瞳。そして、側頭部にくるんと巻いた一対の角が見えることから、彼女が人間ではないことは一目で明らかである。

 

 その容姿は、少し幼さを感じさせるような可愛らしい顔付きであるものの、瞳の力強さや表情は明らかに大人のものである。

 少女のような儚く可愛らしい雰囲気と、大人の成熟した誘惑するような雰囲気が混在したような、なんとも不思議な魅力を醸し出している。


「大きな音が聞こえてきたので、どうされたのかと」

「あぁ、気にするな。ちょっと苛立ってしまっただけだ」


 リリアと呼ばれた謎の女性は、心配するようにセラフィエルを見る。対する彼女は、何事もないかのように答える。

 すると、リリアは小さく首を傾げた。


「もしかして、召喚をしてきた人間のことでお悩みですか?」


 ズバリと悩みを言い当ててきた彼女に、セラフィエルは苦笑を浮かべる。


「ふふ、リリアに隠し事はできぬな。実はな……」


 セラフィエルは、物心ついた時から一緒にいる姉同然の存在であるリリアに、自身の悩みを打ち明けた。


「なるほど、その理想を叶えなければ、セラフィエル様は願いの代償を受け取れないのですね?」

「そうなのだ」


 悩みを打ち明けて、少しスッキリとした表情でセラフィエルは腕を組む。


「だが、あやつの求める理想というものが理解不能でな、どうすればよいのか皆目見当がつかん」

「あらあら、それは困りましたわね。ですが、セラフィエル様を召喚した人間も、所詮は欲望にまみれた男。であれば、その男の理想を叶えずとも、こちらから理想を与えることが可能ですわ」

「む? それはどういうことだ?」


 リリアの言葉に、セラフィエルは眉根を寄せて首を捻る。

 すると、リリアはすっと彼女に近付き、妖艶な微笑みを浮かべた。


「簡単なことですわ。男とは本能には逆らえない悲しい生き物。つまり、本能に忠実にならざるをえないのです」

「なんなのだ? その本能とやらは」

「女です。男は女を求め、そして溺れる。そういう生き物なのですわ」


 そう言うと、リリアは椅子に座るセラフィエルにすっと身体を寄せた。


「わたくし達、サキュバスの秘術を習得すれば、男などもはや操り人形も同然です」


 リリアは妖艶な笑みを浮かべると、セラフィエルの手を掴み、それを自身の胸に押し当てる。


「セラフィエル様を召喚した男を快楽の虜にしてしまうのです。そして、本能に従う事しか出来なくなったその男の耳元で、そっと優しく囁くのです」


 サキュバスであるリリアは、セラフィエルが腰掛けている椅子の背もたれに手を掛け、彼女に覆い被さるようにさらに身体を近付けると、そのままセラフィエルの耳元で囁く。


「あなたの理想は、このわたしでしょ? って」

「ッ!? ……な、なるほど」


 囁かれた瞬間、セラフィエルの身体にぞくっとした、なんとも形容しがたい感覚が流れる。しかし、それは不快なものではなく、されどそのまま受け入れるには言い知れぬ恐怖を感じてしまう。だがしかし、抗えないとも感じてしまう不思議なものだった。

 これがサキュバスの持つ力なのかとセラフィエルが感心していると、リリアの瞳が妖しく光る。


「早速、サキュバスの秘術を手取り足取りお教えいたします」


 そう言いながら、リリアは包み込むようにセラフィエルを抱き締める。

 サキュバスらしく、強く主張する女性の象徴がセラフィエルに押し当てられる。また、その体全てが、女性特有の柔らかくそして優しい温もりに支配されたような感覚に陥る。


「リ、リリア?」

「大丈夫ですわ。セラフィエル様はとても魅力的です。その魅力があれば、並みのサキュバス以上の力を発揮できますわ」


 リリアはうっとりとした表情でセラフィエルの頬を撫でる。


「気品あふれるそのお顔。可憐でしなやかで、女性らしい美しいお身体。何より、人々を惹きつけ魅了するオーラを纏っておりますもの」


 リリアの手は、すぅーとなぞるようにセラフィエルの身体を下っていく。


「ま、待つのだリリア! ちょっと待ってくれ!」

「大丈夫です。何も心配ありません。リリアにお任せください」


 少し焦った声を出すセラフィエルに対し、リリアは甘く誘惑する言葉を返す。

 彼女はセラフィエルの太ももをすぅっと撫でて言う。


「さぁ、セフィー? 体の力を抜いて、わたくしに委ねてください」

「っ……」


 不意打ち気味に愛称で呼ばれ、セラフィエルの思考が停止しかける。

 が、リリアの手が太ももの内に移動しかけたとき、彼女は理性を総動員してリリアを押し退けた。


「待った! 我の話を聞いてくれリリア!」


 両腕を目一杯に突っ張って、セラフィエルはリリアから距離を取る。

 突き放されたリリアは「いやん」とおどけた様子を見せた。

 

「どうしたのです?」

「い、いきなりサキュバスの奥義を習得するのは我にはまだ早い気がするのだ!」

「そんなことありませんわ。セフィーの女性としての魅力は、この魔界でも随一。サキュバスの奥義など、一夜にして習得しても不思議ではありません」


 リリアはそう言うと、セラフィエルの両腕をすり抜けようと身体を捻る。


「わたくしと共に、快楽の探求へ、二人で織りなす熱い夜を――」

「ちょ! ちょッ! ちょっと待つのだッ!! まずは入門編から頼む!! 基礎から教えてくれ!!」


 再び迫り来ようとするサキュバスをセラフィエルは冷や汗を流しながら必死に阻止する。


「セフィー程の実力と魅力があれば、基礎など必要ありません」

「な、なにごとも基礎を疎かにしてはならん!! いきなり奥義などサキュバスの秘術に対し失礼ではないかッ!」


 リリアの密着を全力で阻止しながら、セラフィエルは叫ぶ。

 それを聞き、リリアは「ふふっ」と笑みを溢した。


「本当に、昔からセフィーは真面目ですわね」


 そう言って、リリアはすぅと身体を離す。その事にセラフィエルはホッと胸を撫で下ろした。


「では、セラフィエル様のご要望のお通り、サキュバスの秘術入門編。デキる女のモテテク講座を開始いたします」

「モテテク……? 我は別に、モテたいわけではないのだが?」

「男を虜にして思い通りにするためには、ここから始めないとダメなのです」

「なるほど……」


 真剣な顔で頷くセラフィエルをリリアは微笑みを浮かべて見詰める。

 その表情は、お気に入りの玩具で遊ぶ子供のようであり、大切な妹を見守る姉のようでもあった。


「まず、男の意識を刺激するために重要なのは距離感です」

「ふむ」

「人にはそれぞれパーソナルスペースというものがありまして、そのパーソナルスペースに――」


 リリアによるモテテク講座を真剣な眼差しで受講するセラフィエル。

 彼女の瞳には、信道の願いを絶対に叶えるという決意の炎が燃え上がっていた。

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