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第12話 願いの代償


 人生初、嬉し恥ずかしの手繋ぎ下校を満喫する俺。

 学校では、嫉妬やら怨念やらの視線が気になって、まったく落ち着かなかった。

 けど、今俺達が歩いているのは学生がほとんどいない閑静な住宅街。


 ゆっくり沈む夕日を眺めながら、静かに恋人と手を繋いで歩く。

 めちゃくちゃ青春してる!

 俺、青春を謳歌してます!


 セラフィエルは契約上での恋人だけど、それでも今の俺は凄く心が満たされている。

 俺は、口元が勝手にニヤけてしまいそうになるのを必死に堪えながら、さっきから無言のセラフィエルの横顔を見る。


 夕陽に染まって赤くなっている彼女の横顔は、とても可愛い。

 燃えるようなオレンジの空を背景に、静かな夜を連想させるような長い黒髪がなびいている。


 彼女は悪魔だ。けど、今の俺の目には、どっちかというと天使のように映る。

 そのくらい、隣を歩くセラフィエルが綺麗で可愛かった。


 可愛い彼女と手を繋いで下校をする。

 そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまうようで、気が付けば俺は自分の家の前にいた。


 家に着くの早すぎない? 普段なら30分はかかるのに、今日は体感5分くらいだったんですけど?


「ここが貴様の家だな?」

「うん……その、ここでお別れする感じ?」

「もちろんだ」


 名残惜しさ全開の俺。対するセラフィエルは、1ミリも名残惜しくは感じていないみたいで、パッと俺の手を離してしまう。


 うぅ……この違いが心にくる。


「じゃあ……バイバイ」

「あぁ、さっさと家に入れ」


 セラフィエルは俺を急かすように「シッシッ」と手を払う。


 ちょっ、酷くない? 契約だったとはいえ、今日1日俺達は恋人だったんだよ?

 それをそんな、虫を払うように……。


 でもまぁ……セラフィエルは悪魔だし、悪魔にとって人間である俺は、所詮は虫と同程度ってことなのかな?


 さっきまでの手繋ぎが幸せ過ぎたせいで、ちょっとセンチメンタルな気分になりながら、俺は玄関の扉を開ける。

 最後に一度、扉に手をかけたまま後ろを振り返る。けど、そこにはもうセラフィエルの姿は無かった。


「はぁ……」


 俺はため息を吐きながら自分の部屋に直行する。

 そして驚愕した。

 自室の扉を開けたその先に、さっき別れたばかりのセラフィエルがいた。


 服装が俺の通う高校の制服から、最初に俺が召喚した時に着ていた、黒を基調とした服装に変わってる。


「あ、あれ!? ど、どうしたの? 忘れ物?」

「何をふざけたことを言っているのだ。そんなわけなかろうが」

「じゃ、じゃあ……」


 俺の中に、わずかな期待が湧き上がる。

 がしかし、その希望は完膚なきまでに叩き潰された。


「我は貴様の願いを叶えた。だから、その願いの代償を受け取りに来たのだ」

「願いの……代償?」

「そうだ」


 淡々としたセラフィエル。

 俺との別れが寂しくて、また会いに来てくれたのかと、ちょっと期待しちゃったじゃん!

 全然違ったよ! ただの取り立てだったよ! くそー!


「さぁ、きっちりと代償を払ってもらうぞ」

「あ、ちょ、ちょっと待って!」

「なんだ?」


 待って待って待って! 悪魔との契約の代償?

 なんか、それって……ヤバい香りがプンプンするのですが?


「その〜、代償っていうのは、具体的にどんなものでしょうか?」

「そうだな、代償は契約の内容によって様々だ。貴様の大切なものを一つ貰い受ける。だとか、寿命を半分捧げるとかだな」

「じゅ、寿命!?」


 それって、簡単に言ったら命を捧げるってことだよね!? 普通にヤバくない!?


「だが、今回の貴様の願いは、そんな軽い代償で済まされるものではないがな」

「……へ?」

「上位悪魔である我を恋人という関係で使役したのだ。その代償は……」


 セラフィエルは一旦言葉を区切ると、すっと人差し指を俺の心臓に向けてきた。


「貴様の魂だ」

「……魂?」

「そうだ」

「その……魂を取られたら、俺はどうなる?」

「さぁな、魂をとった後の人間がどうなるかなど、我に関係ないし興味もない」


 サラッと事も無げに言うセラフィエルに、俺の背中がスッと冷たくなる。


「ただ、魂は生物の根幹を成すものだからな。魂を取られた貴様の身体は、ただの抜け殻になるのではないのか?」

「抜け殻って……それって、死ぬってこと?」

「死の定義にもよるが、まぁそう捉える者もいるだろうな」


 ちょっと待って! いや、かなり待って!

 ヤバくない? めちゃくちゃヤバいよね!?


「さぁ、願いの代償を頂こうか」

「ちょっ!」


 平然とした態度で迫り来るセラフィエル。

 なんか、彼女の右手が青白く怪しく光ってるのですが!?


「ほ、本当に!? 本当に俺の魂を取るつもり!?」

「当たり前だ。我は貴様の願いを叶えたのだ。その報酬をもらうのは当然であろう」

「いや、ちょ……待って……」

「これは契約だ」


 ヤバいヤバいヤバい! このままだと殺される!

 なんとかしないと! なんかないか……なんか……。


 その時、焦る俺の頭にふとある言葉がよぎった。


 ――そっか……いやぁ、さすがノブだぜ! どうやら、その『理想』のおかげで首の皮一枚繋がったな!


 それは、田中君との会話。

 あの時、田中君は俺が窮地に立たされているみたいな感じのことを言っていたけど、こうなることを予測してたんだ!


 なら、先に言っといてくれよ!

 彼女ができた途端に死ぬとかあんまりだ!


 俺は、魂を奪おうと迫り来るセラフィエルから少しでも距離を取ろうと、後退りする。

 でも、俺の部屋はそんなに広くない。

 すぐに背中に壁が当たって、これ以上退がれなくなってしまった。


「お、俺! セラフィエルが彼女になってくれて凄く嬉しかったんだ!!」

「だからなんだ」

「人生で初めてだったんだ! 彼女ができたのが! セラフィエルは凄く綺麗で可愛くて! 世界一の彼女になってくれると思っていた!」

「……」


 よ、よし! セラフィエルの動きが少し鈍ったぞ!

 このまま泣き落とし作戦だッ!!


「このまま、君と楽しい青春を送れると思っていたのに! 聡明で気高くて、最高の彼女である君と!」

「ぅ、うるさいぞ!」

「君が隣にいてくれるだけで、俺は胸が高鳴った! それくらいに君は魅力にあふれていた! もっともっと! 恋人としての時間を積み重ねたい!」

「黙れ!」


 このまま押し通して、なんとか恋人の期間を伸ばそう!


「まだまだセラフィエルのことを知りたい! 最高に可愛くて、綺麗で、気品に溢れていて、美しい君を――」

「ええい! 黙れと言っているだろうがッ!!」


 泣き落とし作戦で押し切ろうとした俺の言葉は、セラフィエルによって遮られてしまう。


「ちょ! 待って! 俺の話を――」

「貴様! 往生際が悪いぞ!」


 再び俺の言葉を一刀両断して、容赦なく迫り来るセラフィエル。

 くそっ! どうしよう! どうしよう! どうしよう!

 彼女が欲しいって願いで死ぬとか、そんなの訳わかんないじゃんかよ!

 

 まだまだ恋人とやりたいことはたくさんあったのに!

 というか、セラフィエルはそもそも恋人らしくなかったし!!

 確かに可愛くて、時々ドキッとさせられたし、一目惚れしちゃっとけど! 全然理想とはかけ離れてたっ!!


 ……はっ! そうだ!!

 俺の願いは()()の彼女だ!

 そして、セラフィエルは理想じゃない!

 つまり! 俺の願いは叶えられていない!!


 そういえば田中君も言っていた! 俺の『理想』で首の皮一枚繋がったなって!


「待って!! まだ魂を取られるわけにはいかない!!」

「貴様、まだ悪あがきをするのか」

「違う! そもそも俺はまだ願いを叶えられていない!」

「……なんだと?」


 俺の言葉に、セラフィエルはピクッと眉を上げて動きを止める。


「願いを叶えられていないから、契約は成立していない!」

「なにを寝惚けたことを言っているのだ。我は貴様の恋人になるという願いを叶えたではないか」


 セラフィエルはスゥッと目を細めて俺を睨み付けてくる。

 うっ……迫力満点で漏らしそう……でも、俺の魂が掛かっているんだ! ここで引くわけにはいかない!


「か、叶えられていない!」

「いや叶えた! わけのわからぬことをほざいていないで、さっさと魂をよこすのだ!」

「嫌だッ!!」


 断固拒否!

 絶対に俺の魂は渡さないです!


「願いを叶えられていないのに、契約成立だとか言って魂を要求してくるなんて、そんなの詐欺も同然だ!!」

「……なんだと?」

「もう悪徳商法だよ! 美人局だ!! 悪魔は詐欺師だ!」


 いまが攻め時だと思って、俺は一気に畳み掛ける。

 すると、セラフィエルは顔を俯かせて黙り込んでしまった。

 なんかちょっと、肩がピクピク震えてる?


 ……言い過ぎちゃったかな?

 セラフィエルは、褒めたらすぐに顔を赤くしたり照れたりする素直なところがあるから、俺の言葉を真に受けすぎてショックを受けたとか?

 でも、俺も自分の魂が掛かってるから、相手に同情している余裕なんて無いし……。


 そんなことを考えている俺の耳に、冷たく、そして鋭く尖ったような声が聞こえてきた。


「貴様……今、なんといった?」

 

 これまでに俺は、セラフィエルに呆れられたり、怒られたり、馬鹿にされたりと、色々な彼女を見てきた。

 けど、今の彼女の言葉は、それらとは一線を画す程の激しい怒りの感情が込められていた。


「……へ?」


 そして、俺はそんな怒りの声を発したセラフィエルを見て、間の抜けた声を出してしまった。


 セラフィエルの夜を連想させるような綺麗な黒髪。

 それは、一瞬にして銀髪に変化していたのだ。


 漆黒の闇を押しのけるように、夜の空に君臨する月。

 そんな、幻想的な光を放つ月のような銀髪をなびかせて、セラフィエルが俺を睨み付けてくる。


「っ!?」


 そして俺は、再び息を呑む。

 髪と同じだった黒目が、今は赤く変化していた。


 ちょ、え?

 へ、変身したの?

 銀髪赤目って、まったく別キャラじゃありませんか……。

 しかも、部屋の中なのに銀髪がユラユラ揺れてるし……。


「貴様はいま、我を愚弄し悪魔の存在を貶したな?」

「あ、あ……」


 や、ヤバい……。声が出ない……。

 セラフィエルから発せられる威圧感が凄すぎて、息を吸うのも苦しい……。


 これ、もしかしてあれですか?

 ブチ切れたってやつですか?


 悪魔をブチ切れさせた俺、絶体絶命のピンチなのでは?

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