第1話 彼女が欲しいっ!!
雲一つない澄み切った夏の空に、悲痛な声が高々と響く。
「彼女が欲しいっ!」
俺の切実な願いが込められたその叫びは、爽やかな夏空に嫌味なほど静かに飲み込まれていった。
「はぁ……」
俺は胸に込み上げる虚しさを吐き出すように溜息をつく。
願望を叫んだところで、それが叶うことなど無い。
それは分かっている。分かってはいるが、叫ばずにはいられなかった。
俺、佐久間信道のここまでの人生は、彼女を作るための努力の人生と言っても過言ではない。
俺の見た目は、正直そこまでイケていない。
とび抜けた身体能力や運動神経があるわけでもない。
少しの会話で相手を虜にしてしまうような、コミュ力お化けでもない。
つまり、なにも努力をしなければ、モテる要素は何一つ持っていなかった。
だが、そんなことで腐る程、俺は弱い男ではない!
親が大変な思いをして俺を生んでくれたというのに、女性からモテないという理由で卑屈になるのは、ただの甘ったれだ。
中一のとき、母さんに『なんでイケメンに産んでくれなかったんだよっ!』と文句を言い、父さんにこっぴどく叱られ、長時間の正座による足の痺れとともに俺は悟ったのだ。
モテるためには努力が必要だと!
それから俺は頑張った。
モテたい。その願望を叶えるために懸命に努力した。
外見と運動能力、そしてコミュ力も平凡な俺にも出来るモテるための努力。
それは勉強だ。
俺は考えた。
この街で一番の高校。超有名進学校へ通うことが出来れば。
その高校の制服を着て街を歩くだけで、あちこちから黄色い声が上がり、数歩歩く度に逆ナンされるのではないかと。
想像しただけで、顔がニヤけてしまうバラ色の高校生活。
そんな明るい未来を目指して、俺は一心不乱に勉強に打ち込んだ。
周りから『あいつガリ勉だな』とか『勉強しか興味無いのかよ』だとか、色々言われたが関係ない!
俺はラブコメ主人公のごとく、美少女達から無条件に言い寄られるような、そんな高校生活のために今を犠牲にしてるんだ!
中学時代の全てを未来の高校生活に投資しているんだ!
だから俺は気にしなかった。
たとえ休み時間に友達がいなくて、一人机に突っ伏して寝たふりをする事になっても!
昼の弁当を校舎の影に隠れてコソコソ一人で食べる羽目になっても!
放課後一緒に遊ぶ友達がいなくても! 俺は気にしなかった!
だって! 高校生になれば超絶可愛い彼女が出来るのだからッ!!
そうやって、中学時代の全てを捧げ、俺はやり遂げた。
俺の地元では、誰もが知っている超有名校。
自分の子供がそこに通えば、親は通りすがりの人を引き留めてでも自慢したくなる名門中の名門校。
その名も『智華学園』。
全てを掛けて臨んだ受験に俺は合格し、智華学園の制服に袖を通した。
そして、モテモテバラ色高校生活に想いを馳せ、高鳴る胸を携えて、桜舞い踊る学園の校門をくぐってから早一ヶ月。
俺にはまだ、彼女がいなかった……。
それだけじゃない、高校に入学してからこれまで、まともに女子と会話すらしていない……。
それに、毎日制服を着て登校しているというのに、道行く人はだれ一人俺に声を掛けてこない。
逆ナンなんて、そんな現象この世に存在するんすか? って感じだ。
ちなみに、休みの日も制服を着て出かけてみたりしたが、結果は同じだった。
おかしい。こんなはずじゃなかった……。
俺は何を間違えてたんだ……。
このままでは、俺の中学時代が……。
全てを投げ捨てた中学時代が、ただの暗黒時代になってしまう……。
「彼女が……彼女が、ほしいよぅ……」
込み上げる涙と、鼻の奥にツンとくる悲しみを堪え、俺は地面にポツリと呟いた。
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