3 生永詩織 (1)
『行方不明 島田健人を探しています』
そんな文言と、大人しそうな少年の色あせた写真が印刷されたポスターが何枚も貼られている。
生永詩織は、自宅の門にべたべたと貼られたそのポスターを見て、深い溜息をついた。これでもう五回目だ。ここ数日間、剥がしても剥がしても追いつかない。
詩織には、島田健人という少年との面識はない。ニュースなどで名前を何度か見ただけだ。数年前に突如失踪したらしい。そして、まだポスターが新たに貼られ続けているということは、まだ戻ってきていないのだろう。
木枯らしが吹いた。詩織は急な寒さに身震いし、くしゃみを一つした。今は十一月末、年の瀬も近い。
詩織は大学一年生である。徒歩でも通える距離の国立大学から帰ってきたところだった。その日は授業の数が少なかったので、夕食の材料を帰路の途中で買ってきた。
一分の隙間もなく門に貼られたポスターを見ていると、気が滅入ってくる。はっきり言って迷惑だった。だが、息子を案じているであろう家族に苦情を言い立てる気は起きなかった。
玄関に入ろうとした時、ジーとかすかな音がして、詩織は振り返った。そして目を見開いた。うつむき加減の女性が門の前に立っていた。彼女はテープを切ってポスターを貼ろうとしているところだった。
詩織はちょっとためらった後に、意を決して女性に近づいた。女性は何重にもマフラーを首に巻いているようだ。手元に集中しているせいで顔が見えない。詩織にもまだ気がついていないのかもしれない。
「あの……」
詩織が声をかけると、女性は手を止めた。詩織は唾を飲む。話しかけたはいいものの、何と言えばいいのだろう? 労り? 文句? それとも……?
女性は顔をゆっくりとあげた。血の気の失せた頬、焦点の定まらない、茫洋とした表情に詩織は声を失った。
女性はマフラーを巻いている。マフラーの色は、肌色だ。珍しいな、と思いつつ詩織は再び舌を動かす。
「ポスター……もし貼るのなら、駅前とか、もっと人が集まるところの方がいいと思います」
女性は答えず、マフラーを手でかいた。手の色とマフラーの色が全く同じであることに、詩織は気がついた。
「え、」
詩織の口から動揺がこぼれ落ちた。それと同時に、女性の頭ががくんと揺れ、前に落ちた。
「あっ」
ずるずるずると重い音がして、どすんと頭は地面に着地した。だが、その頭はまだ首とつながっている。
詩織がマフラーだと思っていたのは、あまりにも長すぎる首だったのだ。首元にぐるぐるととぐろを巻かせて、頭が落下しないように支えていたのだろう。
詩織の目の前で、女は両手を使って首を巻き取った。ソフトクリームを巻くように首をたぐって、最後に頭を元の位置に戻した。そして、詩織には目もくれずに去っていった。
女の後ろ姿が見えなくなってから、詩織はその場にへたりこんだ。
それからどれくらい経っただろう。家の中から、彼女を呼ぶ声がした。ふらつく足で何とか立ち上がり、詩織は玄関の扉を開けた。
一緒に住んでいる伯父に、客が来ているようだった。伯父の話し声に混じって、低い声が聞こえてくる。詩織は居間に向かおうとして、買い物袋を庭に忘れてきたことに気がついた。戻ろうかと思ったが、またあの女が来ていたらと思うとどうしても家を出る気にはなれない。
居間に入ると、伯父が顔を向けた。
「おかえり、詩織」
「ただいま……」
伯父は険しい顔になった。
「何かあったんか。真っ青やないか」
京都出身の伯父は、関西訛りが少し入っている。
「ううん、何でも。……お客様?」
「ああ。珍しいことにな」
伯父と対面で座っていたのは、学生服を着た少年だった。校章で、この近くにある中学校の生徒だと分かる。体格が良く、日焼けをしていた。だが今は背中を丸め、今にも泣き出しそうな顔で詩織を見上げていた。
「こんにちは」
「……お邪魔してます」
伯父が紹介する。
「西部中学校三年の、木村誠司君や」
「伯父さんの、お知り合いだったっけ?」
「いや。俺は面識なかった。ただ、西部中に授業しに行った時のことを覚えてくれてたみたいでな」
伯父は大学教授だ。依頼を受けて中学や高校で特別授業をすることもよくあった。
「わざわざ訪ねてきてくれたんだ。歴史のお話?」
「いえ……」
誠司という少年は口ごもり、伯父の顔を見た。伯父は肩をすくめた。
「詩織は俺の家族や。やから保証するけど、君が言ったことをべらべら吹き回ることはないで」
詩織は事情が分からないまま、伯父の隣に腰掛けた。
「……俺の友人の島田健人が、三年前に姿を消しました。誘拐だとか自殺だとか、いろいろな噂が立ったけど、あれは俺のせいだと思っています」
島田健人。その名前に心臓がはねた。べたべたと貼られたポスター。ポスターを貼って回る、異様な女。
「……君のせいって、どういう意味?」
「島田が引っ越してきた家は、それまで空き家で、首なし女の霊が出るという噂がありました。俺がそのことを島田に教えて、その家で撮った心霊写真を渡した日の夜に、島田は消えました……」
「幽霊が怖くて、逃げ出したってこと?」
誠司は、膝の上で拳をきつく握りしめた。
「多分、違います。あの霊に何かされたんだと、俺は思っています。そう言っても、誰も信じてくれなかったけど」
それはそうだ。非科学的過ぎる。詩織はそう慰めようと思った。だが、隣で伯父が真剣な顔をしていたので、口を開くことはできなかった。
「話はまだあるんやろ?」
誠司は力なくうなずいた。
「あの日から今まで、毎日俺の家にビラが届けられるんです。島田を探すビラです。俺があんなことを皆に言ったから……いや、島田が失踪する原因を俺が作ったから、家族の人が復讐しているんだろうと思っていました。けど、」
誠司が顔を上げた。血走った目は恐怖のために大きく見開かれていた。
「二、三日前に、島田健人たちの死体が見つかったんです。山の中で」
詩織は思わず声を漏らした。ポスターの中の少年の笑顔を思い出し、胸が痛んだ。
伯父が誠司に鋭く尋ねた。
「“たち”?」
誠司は大きく息を吸ってから答えた。
「死体は三つ、健人と両親のものだったそうです。それに……調べたら、彼らが死んだのは、少なくとも三年前だったらしいんです」
ビラは、今も毎朝届くんです。誠司はそう言って自分の腕を抱きしめた。
「ビラを俺の家に届けているのは、誰なんでしょう? それに、島田たちはどうして死んだんでしょうか?」
まだ続きます。




