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ある女の噂  作者: 六福亭
1/4

1 岡田太一


全校生徒から集めたアンケートの束を、僕らは1つ1つチェックしていった。

「なかなか良いのがないね」

 新聞委員長の元井優美がため息をついた。僕、岡田太一はテキトーに相づちを打ちながら、アンケートの文をじっと見た。書いたのは1年生らしく、ひらがなばっかりで読みにくかった。

「がっこうのうらのおおいけには、かっぱがすんでいるそうです」

「嘘うそ、大嘘よ。あたしたちが散々探しても、いなかったんだから」

「じゃあ、これは? 『山口先生は、かつらを被っているそうです』」

「あのねえ、7月は心霊特集だって言ったじゃない」

 新聞委員の僕と元井、あと違うクラスの木村は、毎月発行する学校新聞のためにアンケートで「怖いうわさ」を調べていた。これから作るのは、7月号。夏といえば、やっぱり怪談でしょう。

 新聞委員の先生が、僕らにいつも言っていることがあった。

『いいか、全校生徒に読んでもらうという意味をしっかり考えなくちゃいけないぞ。嘘を書いたら、あっという間に学校中に広まって、困る人が出てしまう。記事の内容が本当のことかどうか、いろんな方法で確かめるんだ』

 その言いつけに従って、僕らは記事を書くとき、面倒くさいくらいしっかりと裏づけを取る。図書室の本で調べたり、先生に聞いたり、近所のおじいさんおばあさんに聞いて回ったり。そこまでしてやっと、先生の厳しい検閲を通るんだ。

 だから今回、「怖いうわさ」を記事にするけれど、うわさが本当かどうか調べなくちゃならないと元井は言った。

「幽霊が出るなら、それを見に行くのよ。ツチノコがいるなら、捕まえるの」

 ……だけど、そうそう幽霊を見た奴なんていないみたいだ。

「しけてるね。心霊っぽいうわさといったら、トイレの花子さんだの音楽室ベートーベンの絵が動くだの……」

「そんなの、怖い話の本で読んだに決まってるよね」

 がっかりした元井が、机にべたりと顔をつけた。ちょうどその時、僕はアンケートの最後1枚を読み始めた。

「……元井、これいいんじゃない?」

 顔を上げた元井と木村に、僕はアンケートを読んであげた。その1枚は、紙にびっしり書いてあった。

「僕の家の近くに、何年もずっと草ぼーぼーで、誰も住んでない家があります。その家には、首のない女の幽霊が出るそうです。違う学校の生徒が肝試しにあって、本当にその女を見たそうです。女は宙に浮いています。怖いです」

 僕らは、顔を見合わせた。

「これを書いてきたのは、誰?」

 僕は紙をひっくり返した。

「3年2組の、鈴木翔ってやつ」

 木村が声を上げた。

「知ってる。弟の友達だ」

「マジ?」

 元井が眉をひそめた。

「木村君、その女の噂を聞いたことはあった?」

「ううん、ない。でも、弟は知ってるかも……家で聞いてみるよ」

「お願い」

 元井の目が輝いていた。誰も住んでない家__それを何と呼ぶか、僕は知ってる。廃墟だ。何年もほったらかしの家なら、きっとまだそこにあるはずだ。3人での調査だって夢じゃない。

 大事なアンケートの紙(先生はこういうのを「資料」と言う)をファイルにしまった時、下校のチャイムが鳴った。


 次の日の昼休みに、さっそく僕らは鈴木翔君に取材した。

「その家は、翔君の家の近所にあるのね?」

 翔はうなずいた。

「2つ隣りだよ。おばけやしきって呼ばれてる」

 元井はメモを取った。

「翔君は、首のない女の幽霊を見たことないの?」

 翔は今度は首を横に振った。

「家の中に入ったことないから。だって怖いじゃんか」

 木村が笑顔を向ける。

「そうだな。首なし女なんておっかないよな」

 僕は不思議に思った。

「首がないのに、なんで女だって分かるんだろう?」

 翔君が答えた。

「ワンピースを着てるんだって。だから、女の人だって分かるんだ」

「幽霊を見たのは、誰? となりの学校の子なのよね?」

「誰かはわかんない……」

 元井が僕らを見て、うなずいた。やっぱり、現地調査をしなきゃいけないみたいだった。

 

 放課後、僕らは家にランドセルを置いてから、翔の家に向かった。木村の弟も一緒だ。翔の家まで案内してくれた木村の弟は、翔と遊ぶために鈴木家の中に入っていった。

 「おばけやしき」はもう見えている。大きな家だ。瓦が何個もはがれていて、壁も汚れていた。僕らはぴったりくっつき合ってその家に足を進めた。

 正面から見ると、たしかに汚くて、不気味な家だ。玄関に古いゴム手袋とか壊れたバケツとか錆びた鎌とか、がらくたが残っている。表札にたくさんの名前があったけど、全部墨汁かなんかでぐちゃぐちゃに塗りつぶしてあった。花模様の窓ガラスが割れていて、暗い家の中が少しだけ見える。ゴキブリがガラスの穴から這い出してきて、草むらに消えていった。

 元井が気弱な声を上げる。

「本当に……この中に入るの?」

「怖くなった?」

「怖いっていうか……ゴキブリがイヤ」

「それは分かるけど」

 木村がにやにや笑っていた。勝ち気な元井が尻込みしているのは珍しいからだ。

 僕は玄関の扉に手をかけた。すっと扉は動いた。鍵がかかっていないみたいだ。

「行こうよ」

 僕は2人にそう言った。別に、勇気があるわけじゃない。早く調査を終わらせて、家に帰りたかったんだ。

 2人はうなずいた。元井はこわごわと、木村はいつもと何も変わらない、ひょうひょうとした顔で。

 家の中は当然ながら暗かった。玄関の扉は開けたままにしておく。元井が懐中電灯をつけた。床を照らすと、ささくれだらけの床にはほこりが分厚く積もっていた。

 木村はカメラを持ってきていた。

「写真、撮っておいた方がいいか?」

 木村の質問に、元井がうなずく。床や落書きだらけの壁を撮って、畳の部屋に入った。部屋の中には何もないけど、だだっ広い。懐中電灯を天井に向けると、やっぱり空っぽの神棚があった。

「お正月の部屋って感じね」

「何それ」

「うち、正月に親戚がみんな集まるの。その時に一番広い畳の部屋でパーティーをするんだけど、その時の部屋と似てるなあって」

「へえ……」

 その時、木村があっと言った。

「写真がある」

 彼が拾い上げたのは、大きな古い写真だった。たくさんの人が写っている。お年寄りも、お母さんぐらいの年の人たちも、子どももいた。一番小さな女の子は、真っ赤なワンピースを着ていて、テディベアを抱いていた。

「この中の誰が、首なし女なのかな」

 元井が呟いた。僕らは黙って写真を見つめた。首なし女。それは、かつては僕らと同じ人間だったのだろうか。それとも、ろくろ首みたいな、根っからの妖怪?


 音がした。


 最初は、くちゃっと小さな音が。それから、ずっずっずっと何かが動いている音。それから、一番よく分からない、変な音。


 んべっ、んべっ、んべっ、んべっ、んべっ。


 元井と木村が僕の腕をつかんだ。僕の頭は真っ白になった。何かがいる。僕ら以外の何か。

 きっと、動物だ。それか、でかいゴキブリ。そう思ったけど、僕らは後ろを振り向けなかった。音がまだ続いているからだ。


 んべっ。んべっ。んべっ。んべっ。


 汗がだらだらと落ちた。逃げようと思ったら、体は動いたはずだ。だけど、僕らは玄関に背を向けている。音は、背後から聞こえてくる。


 この家から逃げるためには、その「何か」に向き合わないといけない。


 視線を下から感じた。飼っている猫が、餌をくれと足下で無言でねだっている時のような。見たらダメだ。僕はそう思ったけれど、気になってしまう。顔をちょっとひねって、目を下に__


「こら!!!」

 

 男の人の怒鳴り声が響いて、僕らは飛び上がった。


 振り向くと、玄関に、スーツを着た中年の男の人が立っていた。男の人は顔をしかめた。

「君たち、人の家に何勝手に上がり込んでいるんだ!」

「ご、ごめんなさい!」

 僕らは家から飛び出した。男の人は腰に手を当ててため息をついた。

「次、この家に入ったら、学校の先生に言うからな」

 僕らはひたすら頭を下げた。先生に怒られるのは嫌だ。

「肝試しをしたい気持ちは、分からんでもない。でも、この家はもう空き家じゃないんだ。リフォームして、新しい人が住むんだよ。勝手に立ち入ってはだめだ」

 え、と元井が声を漏らした。

「誰かがここに住むんですか?」

「そう。傷みがひどいから、総リフォームが必要だけどね」

 さあ、もう帰れと男の人は僕らを追い立てた。最後に僕は家の中に目をやった。

 太陽の光が玄関先に差し込んで、床の板を浮かび上がらせていた。それで、僕ははっきりと見た。

 床に積もったほこりの上に、ぐねぐねとめちゃくちゃに雑巾をかけたような跡が残っていた。


続きは明日更新します! 多分!

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