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港湾都市のアラエル商会(裏) Ⅰ

 聖女さまが来る数日前、俺は商会の机にて酷い頭痛に悩まされていた。


「教会の生臭坊主どもが……よりにもよってうちの近くにあんなものを作りやがって」


 目の前の報告書、そこに書かれていたのは簡単に言えば麻薬の元となる麻の密集地を発見したというものだ。

 それだけでもかなりヤバイ事なのだが、場所がこのメギリムから程近く、かつ教会の人間が山賊と一緒にその場所に居たことを示す報告書まで上がってる。


「外から持ってこれないからって、どうして自分達で作ろうなんて発想になりやがるんだアイツらは」

「教会の上層部は貴族出身の神を信じてないような人間ばかりですからね。自分が金儲けできれば良いし、亜人がどうなろうと関係ない、聖職者の三禁を守らないクズばかりですからね」

「……おまえもだいぶ口が悪くなったな、ラスティ」


 目の前で同じ報告書に頭を悩ませる弟分……聖女さまに着いてくることになったスピネルの兄であり、この商会の実質的なNo.2である金髪ハーフエルフことラスティ・ハーンバインの明け透けな言葉に、昔はもっと可愛げがあったと懐かしむ。


「こういう仕事をしてますからね。どうしたって口が悪くはなりますよ」

「そのわりには敬語とか丁寧語でそういうこというから……顔だけならそこらの男娼なんかよりも充分イケてるんだが」

「まぁ母が顔が良い娼婦のエルフでしたからね。そっちの血が強いんですよ、多分」


 この世界でもエルフの娼婦というのはかなり、というかとんでもなく希少であり高価だが、そのなかでもラスティとスピネルの母親は、俺が知る限り娼婦の中でもかなりの魔性の美女だった。

 二人の母親を見れば、男がわざわざ娼館に足しげく通うのも理解できてしまうし、容姿も性格も、そして男を誘う雰囲気も全てが超一流、二児の母という本来ならば娼婦にはマイナスにしかならない点も、強烈な母性で長所にしてしまうのだから、とんでもない女傑だった。


「で、どうするんですか兄さん。これをリュスクのやつが持ってきたってことは、デマではないということですが」

「だから困ってるんだよな……」


 これはうちの情報収集担当であり、この商会の幹部の一人である狼人リュスクが持ってきた。しかも普段は部下に持ってこさせる報告書を自分で持ってきた。それだけでかなりの緊急事態なのは語るに及ばずだ。


「いま、うちは聖女さまが来る為に色々と準備してるよな」

「えぇ、うちの商会の人間も、あの勇者パーティの聖女がうちにしばらく滞在するって聞いて、それはそれは普段の倍以上の気合いで仕事をしてくれてますからね」

「そんななかで、教会の人間がこんなことをやってるのが露見した……どうなるかは分かるよな」

「火を見るより明らかでしょうね……間違いなく捕縛が虐殺になりかねない」


 だよなぁ、と痛む頭がさらに痛くなる。うちの商会の人間は、半数以上がワケアリか脛に傷のある奴ばかりだ。特にこういう荒事専門のやつらは、顔や雰囲気に似合わず人が良い連中ばかりだが、同時に自分が楽しみにしていたことを横からぶち壊されると、怒りが簡単に振り切れるような連中ばかりだ。


「はぁ、親父に頼んで、衛兵の連中を借りるしか無いよな……」

「むしろ治安維持の観点から言えば、今回のこれは衛兵の分野ですからね、言わないとそれはそれで大問題になりかねませんよ」

「それもそうだった」


 なんでこんなタイミングなんだと思わずにもいられないが、逆に言えば()()()()()()()()()()()()()()()()()


「聖女さまに、いきなり裏の深い方を見せなくて助かるけどさ」

「むしろこの程度は浅瀬では?」

「そうだな。まぁ、教会の馬鹿どもの首をすげ替えなきゃならん親父は大変だろうけど」

「意外と信心深いですからね、親父は」


 あの盗賊というより蛮族みたいな顔で毎日教会にお祈りしてるんだから、人というのはよく分からないものだ。


「リュスク、聞いてたんだろ」

「……兄さん、相変わらず面倒なくらい感が鋭いっすね」


 声をかければ、ドアの裏側に立っていた黒いフードを被った痩躯な男が、それはそれは面倒くさそうにあくび混じりで中に入ってきた。


「この報告書を親父の方に回してくれ。明日の朝にそっちへ向かうから、これの対応についての話がしたいって」

「了解っす。そういや聖女さまのお迎えは誰がするんすか?俺はできれば顔が割れたくないんで勘弁してほしいんすけど」

「そっちはエレジアに頼む予定だ。元とはいえA級の冒険者で表にも顔が利いてる。アイツもスピネルが一緒に来るって聞いて、年甲斐もなくはしゃいでたからな」


 あれでもう25歳なんだから、大人びてくれても良いと思うんだが、それが彼女の持ち味というか良さでもあるから、旧知の仲としてはなんともいえない。


「スピネルも……ですか」

「お、ラスティはイヤそうだな」

「イヤというか、妹が来ると当然ながらあっちが五月蝿くなるんで、それに対処するのが面倒なだけです」

「……もしスピネルに言い寄る男が居たら?」

「私の全身全霊の魔力で消し炭にしますがなにか?」


 シスコンめ、と俺とリュスクは躊躇わずに口にした。


「私は兄さんとスピネルが一緒になって、二人の子供に魔法や商人としての家庭教師となって、孫ができるのを見届けると決めているので、それを邪魔するものは例えあの女狐魔族であろうと消し飛ばします」

「言いたいことは分かるが、おまえじゃ『怠惰』は無理だって。あと、さらっと俺とスピネルをくっつけさせようとするな、俺はまだ誰とも結婚するつもりはないし、スピネルがそう思ってるとは限らんだろ」

「スピネルのどこが問題なんですか兄さん‼事と次第によっては容赦しませんよ‼」

「厄介なシスコンだなおまえは本当に。つか、プライベートでも兄さんって呼ぶなよ、実年齢はおまえの方が2つ上だろうが」


 というか、幹部以上の人間で最年少が俺なのにトップに立ってるってことが若干おかしいとは思う。実力主義というか成果主義と言われればそうだが。


「ったく、まぁスピネルが可愛いのは全員理解してるから安心しとけ。それより今回の件、俺が前線で直々に指揮を執るつもりだが……実働班と衛兵隊の練度は問題ないんだよな」

「それは勿論。ですが、わざわざ兄さんが出る必要ありますか?」

「まぁ違法薬物の畑や製造のための工房を破壊するくらいなら問題ないんだが……今回の件、なにかいつものとは違う予感がする」


 こういったらなんだが、教会に限らずこういった禁制品に手を出す裏の人間というのは数多いる。そういう連中ってのはだいたい山奥の、それこそメギリムと隣領の境目とか、国境のギリギリに畑を作るやつらが大半で、ゆえに港湾都市というだけあって商人の街でもあるこのメギリムは、他の都市や国と比べても優秀な地図があるため、そういったことをしそうな場所を予め予測しているのだ。

 が、今回はその予測の範囲から離れた場所で、しかも教会の人間が関わっている。裏でこそこそやっている教会の人間を知らないわけではないが、少なくともここら辺の教会の人間で麻薬に手を出すようなことをしでかす馬鹿が居るという情報はなかったはずだ。


「少なくとも、工房に行けばこの違和感の何かしらの手がかりはあるはずだ」

「それについて知る必要がある、と」

「あぁ、もしそれが聖女さまに関わる事の場合、最悪戦争になってもおかしくない。魔王との戦争がようやく終わって、今度は人同士の戦争になるなんて面倒な事態はなんとしても避けなきゃならない」


 別に戦争そのものを商人として否定するつもりはさらさらないが、個人としてはようやくできた平和の時間を無しにまた別の戦争をするなんて勘弁してほしい。


「おう、邪魔すんぞクソガキども」


 そう思ってた矢先、バンッという豪快な音と共にドアが開かれ、その声に俺ら三人は目を見開いた。


「お、親父……じゃなくて、ルドラム様⁉」


 俺たちが先程まで話していたこの街の領主であり、俺とラスティにとっては育ての親のような人物、ルドラム・メルギリィムその人が酒瓶を片手に乗り込んでくるなんて、誰が思うだろうか


「なぁに、おまえんとこのそのヒョロガリが慌てて商会に向かってったって話を小耳にしてな、どうも俺に話を通さなきゃならん案件らしいな」

「いつから聞いてたんですか、親父さん」


 昔からそうだが、この親父さんはかなりの地獄耳なのは知っていたが、中でも自分達に不都合なことに関するそれは常軌を逸してる。


「んで、その報告書は……」

「こちらです」

「おう、助かるなラスティ……って、こいつは中々に中々だな」


 弟分から書類を受け取って一瞥すれば、それだけで明らかに親父の表情が曇っていく。


「こりゃ流石に俺らを嘗めてるとしか言いようがねぇな」

「えぇ、親父からしてもそう思いますか」

「あぁ、幾ら俺が信心深くてほぼ毎日お祈りを欠かしたことのねぇ敬虔なる信徒とはいえ、流石にこれは放っておくほうが大問題だ。放っておけばおまえの予想通り良くても泥沼の内戦、下手すりゃ他国との戦争にだってなりかねねぇ」


 親父は領主としての経験はまだ十年も経ってないが、その半生を盗賊や山賊その他裏の人間と関わる海千山千の商売をしてきた大商人だ。どうして先代の王さまと知己なのかは知らないが、そんな成功してる商人としての知見が外れるということはありえない。


「んで、いつこれを討伐するつもりだ?」

「本来なら明日の朝早くに親父と相談してになりますが、明日の昼には移動を始めて、明後日の明朝に奇襲を仕掛けるつもりでした。今回は俺が全体の指揮を執るつもりです」

「お前が……?いや、そうか、なんか違和感があるって思ってるのか?」

「その通りです」


 その返事に親父は少しだけ考えるが、すぐに立ち上がる。


「なら明日の朝、日が明ける前にそっちの面々で先に先発しろ。こっちはこっちでお前さんらが動くための書類の作成をしてから、街道の警備担当と巡回担当の一部を応援に向かわせる」

「先発……ですか?」

「お前んとこは山賊や盗賊あがりの武闘派が多いから、山のなかみたいな不整地での移動を得意としてる。だから一気に急襲して連中の拠点を潰せ、逃げ出した連中や後詰めはそういったことを得意としてる衛兵の役目だ」


 適材適所だ、と親父は言うが同時に可能な限り殺すなとも言われた。


「不殺を徹しろとは言わん、ヤらなきゃヤられる場面もあるだろうからな。だが、殺しすぎれば俺のほうで庇ってやれるとも限らなくなるからな」

「分かってます。特に俺は自分じゃ全く戦えませんからね、大人しく指揮に徹しますよ」

「ハ、ナマ言ってくれるよな、おまえは」


 そう言って親父は立ち上がる。


「ラスティ、リュスク、馬鹿な二代目のことを頼んだぞ」

「勿論です、親父さん」

「えぇ、兄さんには色々と恩義があるんでね、それを清算しないで死なせるような真似はしねぇですよ。面倒ですけども」


 二人の言葉に満足したのか親父はのっそりと部屋から出ていった。

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