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港湾都市のアラエル商会(表) Ⅰ

 ガタガタ、パカラッパカラ、規則正しく馬車が街道を進むなか、何度乗っても馴れない振動に身体が悲鳴をあげている。


「聖女さま、大丈夫ですか」


 目の前に座る特徴的なエルフの耳を持つ長いふわりとした銀髪のメイドさんが、その愛らしい顔つきに似合う甘い声で問いかけてきて、私サクラ・モエギ…もとい萌葱咲桜は少しだけ強張った笑みで大丈夫だと告げた。


「うう、やっぱり何度乗ってもこの馬車の揺れだけは馴れないかな……」

「そうなんですか?聖女さまは勇者パーティ時代に馬に乗って行軍したこともあると聞きましたが?」

「馬の揺れと馬車の揺れは違うんだよ」


 それに馬に乗って行軍したといっても数回だけで、私は基本的に馬に乗れる勇者か戦士のどちらかの背にしがみついていただけだから、自分で馬を操作したわけじゃない。


「けど、思った以上に遠いんだね、港湾都市メギリムって」


 事前に地図を見て確認はしてきたけど、街道を使っても数日掛かるうえに、途中で村のようなものも一切ないから夜は基本的に夜営で、勇者パーティとして旅はしてきたけど、こうまで途中になにもない街道というのは初めてだった。

 それは護衛として着いてきた勇者軍の面々も同じで、ある意味平穏、ある意味不気味な道のりに戦々恐々としているのが馬車の窓からでもよく分かる。


「この街道はもともと盗賊や山賊の縄張りで、その影響で村とかそういうのはできなかったんですよ」

「盗賊や山賊って、それまではメギリムにいく時どうしてたの?」

「そもそも十数年前まではメギリムに向かうのもメギリム方面から王都へ向かうのも全くなかったんです。というか、メギリムはそれまで廃村のスラム街でしたから」


 そんな説明をする目の前のメイドさん……そのメギリムの生まれであり、私達が向かっているアラエル商会の幹部の一人を実の兄に持つ王国最強の女性騎士の一人でもある王女様の筆頭侍女、スピネル・ハーンバインさんが特徴的な尖ったエルフ耳をピコピコと動かし、笑うと見える八重歯……もとい牙を見てその組み合わせの違和感が凄かった。


「えっと、スピネルさんってエルフ……なんですよね?」

「正確にはハーフエルフですね。兄は人間とエルフのハーフなんですけど、私はエルフと狼人(ウェアウルフ)のハーフなんで、普通のエルフにはない牙があるんです」


 相性がよかったのか身体能力や魔法能力は良いとこ取りしてるんです、と事無げに言うが、獣人特有の超人的な身体能力と、魔法に秀でたエルフと遜色ないレベルで四色魔法(火、水、風、土の属性)を操る姿を見れば、もはや存在そのものがもとの世界で言うところのチートといって当然のものだ。


「まぁ良いとこ取りしたのは良いですけど、子供の頃はちょっとした事で死にかけて、アルゼイ兄さんに助けて貰えなかったら今頃死んでたんじゃないかな」

「死んでたって、冗談じゃなくて」

「いえいえ本当に。私が今生きてるのはアルゼイ兄さんのおかげだから、アルゼイ兄さんの役に立てるならなんでもするし、将来は絶対にアルゼイ兄さんと結婚して子供を作るの。一個師団を作れるくらいに」

「えっと、流石にそれは彼が死んじゃうからやめとこう?」


 同郷の人間が愛されすぎて腹上死とか、いろんな意味で何も言えなくなるので勘弁してほしい。この世界の一般的な家庭の子供の数は分からないが、せめて一小隊ぐらいにしてあげてほしい。


「けど、そんなに尊敬してるならずっと一緒に居れば良かったんじゃないの?わざわざマーガレットお姫様の侍女なんてやらないで」

「うーん、それは逆っていうか、身内じゃどうしようもないからアルゼイ兄さんがマーガレット様のツテで師匠を紹介して貰ったというか」

「あ、逆なんだ」


 スピネルさん曰く、魔法に秀でたエルフと筋力や髄力に優れた狼人の血、幼い頃はそれぞれの血統のせいで魔力暴走して大変なことになったらしく、それを改善するためにマーガレット様の知り合いで、魔力を制御する術を知る彼女の師匠である人物を紹介して貰ったという。

 その代償というか、見返りのようなものがマーガレット様の専属の筆頭侍女になることで、彼女は現在その恩を返している最中なんだとか。


「でも、ハーフっていうわりに狼人の特徴って牙しか無いですよね」

「身体はそうですけど、普通のエルフやハーフエルフと違って身体強化の魔法も得意ですし、なんなら肉弾戦のほうが戦いやすいんですから、多分外見より中身に狼人の血が濃いんだと思いますね」

「そんなことも」


 あるんですね、そう言おうとした瞬間馬車が勢いよく停まった。ゆっくり走ってはいたが急にブレーキが掛かったことで私は思わず席からふらついてしまったが、スピネルさんは動じずにすぐに馬車から飛び出して「何事だ‼」と大声をあげる。


「い、いきなり目の前に大きな剣を背負った大女が‼」

「大きな剣、だと?……あぁ、そういうことか」


 一瞬気を引き締めたかと思えば、その存在を視認した瞬間緊張感が一気に抜けたような、そんな声を出したのを見て、私も馬車を降りて確認すれば、そこにはピシッと決まった赤黒いスーツをその大柄な身に纏い、背中には私の身長を軽く上回る長さの幅広の刀、そしてスーツの上からでも分かる自己主張の激しすぎる巨乳に、頭の上には黒く塗られた牛のような角、牛獣人(ミノス)族の女性が仁王立ちするように立っていた。


「安心してください、彼女は山賊でも野盗でもありません。私達の出迎え役ですよ」

「で、出迎えって、あんなバカデカイ武器を構えてる奴が⁉」

「えぇ、彼女はアラエル商会の三幹部の一人であり、元A級冒険者であり、港湾都市メギリムの治安維持を担っている女傑、『大牛刀』のエレジアですよ」


 大牛刀のエレジア、その名前は一度だけだが勇者パーティ時代に聞いたことがあった。巨大な幅広の刀剣を軽々と振るい、ドラゴンの首を一太刀で両断するほどの怪力を持つとされる亜人冒険者の中でも一二を争う実力者。

 聞いた当時、それほどの人物ならばと勇者パーティで勧誘するかと話題になった人物が、まさかアルゼイ商会長の幹部の一人だとは思ってもみなかった。


「お久しぶりっすね、スピネルさん。驚かせたようで悪かったっす」

「いえ、私もまさかエレジアさんがわざわざこんなところに出迎えに来てるなんて思ってませんでした」

「いやー、本来なら兄さん……アルゼイ商会長が出迎えに来る予定だったんですけど、ちょっと問題が発生してそれに対処することになりまして、ここら辺の街道の警備してる連中もそっちに回す関係で手薄になったこっちを一時的にうちと部下で対応してたってわけっす」


 さらっと言ってるが、たった十年でスラムのような廃村だった場所を国有数の港湾都市に仕立て上げた人物が、直接当たらなければならない問題というのが気にはなったが、恐らく話してはくれないだろうと思って口を噤む。


「……なるほど、こちらで手伝う必要はありますか?」

「いやいや、わざわざスピネルさんが手を出す必要はないっすね。こっちと衛兵連中で充分対処できるっす。まぁ、そっちの聖女さまにはあとあとお力をお借りするかもしれませんが」


 そう言うとエレジアさんは私の方に視線を向けると、ニヤリと満面の笑みで頭を下げた。


「お初にお目にかかるっす、聖女サクラ様。うちはアラエル商会警備部門並びに治安維持部門を統括してるエレジアっす。真っ先に挨拶しなかった非礼をお詫びいたします」

「あ、いえ、大丈夫です。サクラ・モエギと申します、どうぞよろしくお願いいたします」


 そう会釈して返せば、エレジアさんは頭を上げてこちらに近づいた。


「ここから先は街までうちも護衛に加わらせて貰うっす。ここら辺は魔物こそそこまでっすけど、まだまだ山賊やら盗賊やらがたまに彷徨いてる事がありますから」

「山賊や盗賊って、討伐はしないんですか?」

()()()()()()()()()だけっす。ここら辺の盗賊や山賊には、うちから金を出して不審者や別のところから来た同族への対処、さらに山の中にあるうちの商品の工房の護衛を頼んでるんすよ。いわば、契約盗賊って感じっすね」


 まさかの説明だったが、スピネルさんとエレジアさんの言葉曰く、結構な利点があるらしい。


「もともと港湾都市メギリムはスラムの廃村のような場所だったですけど、正確には盗賊や山賊が協力して暮らしてる土地だったんです。だから盗賊の横の繋がりが強く、さらに当時はそこを仕切る大盗賊組織……アラエル商会の前身にあった商会が彼らの生活支援をしていたこともあって、現在でもその恩から商会に協力してくれてるんです」

「盗賊や山賊って言うっすけど、大概が口減らしに村から追い出された大人子供だったり、魔王軍の侵攻によって住む場所を無くした難民が仕方なく生きるためにそうなったってことも大概っすからね。

 メギリムに住む住民の大半はそういった人間なんで、生きていける金さえ別に得られるなら人相手にそういうことをするやつは殆どいないっす。寧ろそういう生活苦をしってるだけに、そこらの衛兵よりも真面目に仕事をしてくれるんす」


 なんなら対盗賊相手の演習相手としても重宝してるらしく、山のなかには彼らが練習のために作った大量のトラップがあるそうで、魔物を捕獲したり別のところの盗賊を返り討ちにしたりと、その精度は国でトップクラスなんだそうだ。


「ま、それでも街や商会と契約してない連中も居るんで、そういうのは街道付近に居ついてるっすから、衛兵が巡回警備してるんすけどね」

「寧ろ街や商会と契約してる盗賊や山賊の方が少ないと思うんですけど」


 私の冷静なツッコミに護衛に付いてきていた勇者軍の面々が激しく頷いていたが、地元の二人も分かっているのか苦笑で返した。

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