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転生ヤクザとお姫様

「浮かない顔をしておりますね、アルゼイ様」


 聖女さまとの面談を終え、空を眺めていた俺にマーガレット姫がにこやかに声をかけてきた。


「そうですね、どうにも自分は快晴というものが好きではないので」

「あら、どうしてですか?」

「……周りに何もない、空虚な自分を見ているようで」


 心が晴れ渡るなんて言葉もあるが、転生してきてからこっち、そんな心が晴れ渡ることなんて一度もなかった。常に生きるか死ぬかの瀬戸際で、死なないように努力し続け、商会の長になってもたくさんの部下を率いる身になっても、どこかに隙間のような曇りを感じていた。


「そういえば、マーガレット姫と出会ったのもこんな快晴の日でしたね」

「ふふ、さらに言えば出会った場所もここでしたよ。あのときのアルゼイ様はそれはそれは緊張しておられました」

「それはそうですよ。なんとか日銭を稼げるようになるかも、と思ったら急に親父さんがこんなところに連れてきて王様に謁見して、まるで生きた心地がしなかったですね」

「えぇ、さらに言えば父はまだ皇太子で、勇者軍の参謀補佐として活動してる時期でしたね」


 話し出せば懐かしい記憶も幾らか出てくる。初めてここに来たのはもう十年近く前、転生してから二度目の夏の時期で、当時はまだ港湾都市とは言われないただの廃村のような漁村スラムの顔役が、なんで当時の国王陛下に顔が利くのか訳が分からなかったものだ。


「あれから十数年、か。忙しすぎてまるで昨日のことのような実感しか無いんだよな」

「奇遇ですわね、私もあの日から今日に至るまでがまさしく永遠にも思えるような長くも短い日々に感じてました」

「そうですか」


 対面に座り、まさしく洗練された所作で紅茶を飲むその姿は、まさしくお姫様というに相応しい気品と上品さを感じさせるもので、こんな人物と結果的に幼なじみの友人として話せるのだから、スラム生まれの身としては呆れざるを得ない。


「それでアルゼイ様、お悩みはもしかしなくても聖女サクラ様の事ですか?」

「……やはり、女性に隠し事をするのは難しいのは良く言うものですね」

「そんなことはありませんわ。ただ、アルゼイ様とサクラ様は似て非なるご境遇、何かしら感じるのものが無いわけがない、とは思っていました」


 その答えに苦笑するが、事実でもあるからなんとも言えない気分になる。


「正直、迷ってるんですよ」

「迷い、ですか?」

「えぇ。本当に自分がサクラ様を保護しても良いものなのか、と」


 別に王命だし、そもそも直接攻撃顔を合わせて話した感じからしても別に問題はないとは思う。うちの連中も、大なり小なり理解はしてくれるだろう。だが、だからこそ、裏に身を置く自分が表の人間の聖女さまと関わっていいものなのか、と考えてしまうのだ。


「あら、私も表側の人間ですのに、酷いではありませんか」

「お姫様は王族ですし、酸いも甘いもという言い方は変になりますが、清濁併せ呑む必要がございましょう?

 ですが聖女さまは勇者パーティーの一人であり、紛れもなく表側に居るべき存在です。我々のような裏側にどっぷりと関わる必要など皆無のはずです」


 たしかに戦場という、ある意味では裏よりも激しい地獄に彼女は立っていたが、それでもそこには勇者という正義と魔王という悪が存在した勧善懲悪のフィールドであり、何よりも彼女は聖女という癒し手であり、癒し手が光であり表側でない理由などありはしない。


「なるほどなるほど、アルゼイ様のお考えは理解できます。たしかに聖女さまは私達王族とは違いもとは異世界の平民で、裏側とは本来なら関り合いがない人間だと聞き及んでます」

「えぇ。もちろん彼女も本物の戦場を知っている人間だ、そういった世界についても多少の理解はあるかもしれない。ですが、本物の裏側なんて深淵なんかよりも暗く、深く、目を背けたくなるようなことが日常なんです」


 殺し、奴隷、違法薬物や禁制品の密輸なんて当たり前、真に恐ろしいのはそれに手を染めているのが国で上位の貴族や商人、中には他国の人間が関わっていることだってある。

 俺らはそういったことに手を出してはいないが、裏側にいる存在としてそういった場面は何度も見てきたし、中には潰したりもしてきた。街の平穏を守るためという御題目で、何百人では利かない人数を殺してきた。


「だから俺達のところに来れば、聖女と呼ばれた彼女もその色に混ざらないわけがない。どんなに綺麗な色をしていたとしても、一瞬でも黒が混じれば、それはもはや泥のような色へと変貌してしまう」

「それを危惧してると。もとの世界に戻った彼女に、そんな暗い色が混ざらないように」

「俺の知ってる物語じゃ、一度裏側を見てしまった人間は、大なり小なり、裏側の世界に引き込まれることが大半でしたから」


 偉大な魔法使いが禁忌とされた呪文を知って世界を滅ぼすようになったように、最強と呼ばれた戦士が殺された大事な人のために復讐のために裏側の人間になったり、男に無理矢理襲われた女が生きるために風俗に身を窶したり、闇というのは触れた瞬間からその人間の運命を変えてしまう危険なものなのだ。


「ですが、貴方は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、私が知らないとは言いませんよ」

「……マーガレット姫」

「彼女を叱るのは無しですよ、彼女はたしかに貴方に救われた人間であり、同時に、()()()()()()()()()()なんですからね」


 いたずらが成功したかのように茶目っ気たっぷりに笑う彼女の隣には、件の侍女であり、()()()()()()()()である少女が恥ずかしそうにしていた。


「貴方の言い分も理解できます。たとえどんなに管理され綺麗にされた花畑であろうと、雑草や虫は湧いて出る……いえ、寧ろ綺麗だからこそ湧いてしまう」

「姫様、でしたら」

「ですがだからといって、なんでもかんでもそうならないようにしてはならない。そうなれば残るのは綺麗に見えても、後世に残ることない幻となるだけ。人もまた同じ、時には闇に触れさせることでその者が隠していた、閉ざされていた才能や新たな光が生まれるのも、また事実ですよ」


 そう言って朗らかに笑うお姫様に掛かる綺麗な夕日の光が、俺にはどこか眩しいものに感じた。


「そんなもの、ですかね」

「さぁ、私はアルゼイ様でもサクラ様でもありませんから、どうしたいのかはご自身で考えてみてくださいな」

「……相変わらず手厳しいですね」

「いえいえ、私などまだまだ甘いですわ。本当に手厳しかったのなら、私はなにも言いませんわ」


 その通りだと思い苦笑が漏れると、俺は改めて空を見上げる。空は相も変わらず綺麗な夕焼けで、雲の陰りが一つもない。


「お姫様、ドラバルト王に言伝てを頼めますか」

「あら、一介の商会長が王族の姫たる私を使いっ走りにするんですか?」

「そこは幼なじみの好ということでお願いします」


 おどけるように言えば、マーガレット姫も同じような表情で仕方なく肩を竦めた。


「まぁ良いですわ。で、どういった内容で?」

「今回の件、お引き受けすることにしたのでその旨をお伝えください。自分はこれより街に戻って、聖女さまが来られても大丈夫なように調整しますので、挨拶せずに去ることをお許しください、と」

「分かりました。調整にはどれぐらいの時間が必要ですか?」

「聖女様の住まいの準備も必要になりますし、余裕をもって二週間後でお願いします」


 承知しましたと答えたお姫様に立ち上がって会釈し、部屋を立ち去ろうとした瞬間、クスりとマーガレット姫が面白そうに笑ったような気がした。


(これは、嫌な予感がするな)


 幼なじみとしての経験則が言っている、この天然で計算高いお姫様がこういう笑いかたをするときは、大概面倒なイタズラを思い付いた時だけだ、と。しかもそれが殆どの確率でお姫様から見て味方側の助けになったり利になったりするのだから始末が悪い。


「でしたら聖女さまのお付きにはうちの筆頭をお貸しすることにいたしましょう」

「……は?」


 さて何が来るかと身構え、そして告げられた内容に思わず声が出た。


「うちの筆頭はこのうえなく真面目な良い子なのは貴方もご存じかと思いますが、ここ半年、色々と立て込んでいたこともあってマトモな休暇を与えられてません。ですので故郷への帰省ついでに聖女さまの付き人兼案内役兼護衛、そして我々との連絡役としてついていって貰おうかと。もちろん、期限つきではありますが」

「いやいやいや、言いたいことは理解できますが……マーガレット姫の筆頭を期限つきとはいえ、態々聖女さまの付き人にって⁉」


 王族の筆頭従者というのは基本的に王族護衛騎士隊……通称『親衛隊』と呼ばれる部隊のトップでもある。当然俺の弟分の妹である彼女も類に漏れずその一員であり、幼なじみである俺の知り合いというコネでの入隊ではあったが、今では親衛隊の女性騎士では恐らく最強格の一人に数えられる程の彼女をわざわざつけるというのは、当然ながらかなりの異例だ。


「表向きは溜まった休暇を消化するために故郷へ一時的に戻るという形にするので問題ないでしょう?」

「そりゃ、理由付けにはなるとおもいますが……その……」

「休暇中に彼女が何をしようと私達は関知しませんが、もし万が一親衛隊の名を出さなければならない事態になったとしても、彼女ならば貴方たちなら何とでも出きるでしょう?」


 それに、と続けて


「万が一教会の方々が何かするのだとしても、わざわざ王女である私の筆頭侍女が帰郷してる最中になにかをしでかす程お馬鹿ではないはずです。彼女が戻る頃にはそちらで教会への対抗策の一つや二つ、簡単に作れるでしょう」

「それは、まぁ」

「では大丈夫ですね。お父様にはこの事もしっかりと説明しておくので、アルゼイ様のお見送りは、うちの筆頭にお任せするといたしましょう」


 そうにこやかに、とてもにこやかに笑って部屋を去っていくお姫様に、俺と筆頭となった()()()()()()()()()()()()は酷い頭痛に襲われた気分になった。


 


次回は二週間置いて9/23に投稿する予定です

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