舞台は王都(表) Ⅱ
数日後、私とアルゼイさんは予定どおりマーガレット姫とその護衛であるスピネルさん、そして私たち側の護衛である二人と共に馬車に乗って王都へと向かっていた。
「ふふ、こうしてアルゼイさんと一緒の馬車に乗って移動するのも久しぶりですわね」
「俺としては、血縁者でも婚約者でもない赤の他人である俺が、皇女殿下と一緒に移動していることに胃が痛くなる思いなんですが」
アルゼイさんの話によると、貴族の世界で異性同士が同じ馬車に乗るのは家族もしくは婚約者のみとされていて、こうして未婚の姫であるマーガレット姫と同じ空間に居ること事態が、貴族社会的には大問題になるそうだ。
「あら、ここには聖女さまや、私の専属の護衛であるスピネルも居りますもの、貴族社会の感覚は通用しませんわよ」
「そうなんですか、マーガレット姫?」
「えぇそうですわよサクラ様。勿論、ここにスピネルやサクラ様が居ないとなれば話は変わりますが、問題なのは密室空間で未婚の男女が二人きりになることであり、こうして三人以上乗る場合は、その限りでは無いのです」
「屁理屈でもあるけどな」
やれやれ、と面倒臭そうな表情を隠しもしないアルゼイさんだが、その表情は王都へと到着してからのことを考えてるのか、少し前の事件の時並みに鋭くなっている。
「ところで、マーガレット姫はその、話に聞いたところによると木炭についての事業をアルゼイさんと一緒に行ってるって聞きますが、進捗はどうなんですか?」
「そうですわね……まだ計画を立ててから一月と少しぐらいしか経っておりませんから、今は木炭を作るための工場を選定してる段階でしょうか」
「まぁ木炭を作るためには、燃料分を含めた大量の木材を保管する場所に、人が出入りできる規模の大きな窯、さらに雨天でもやれるように専用の屋根も作らなきゃならないし、副産物として精製される木酢液を回収する装置も必要になるから、本格稼働は来年以降だろうな」
アルゼイさんの説明はなんとなく想像はできたが、一つだけ聞き馴染みの無い言葉があった。
「えっと、木酢液ってなんですか?」
「簡単にいうと、木炭を作るときに出る水蒸気を蒸留することでできる液体のことで、農薬的な使い方や加工することでメタノール……工業用アルコールや液体燃料の材料にもなる優れものだ」
「へぇ……今さらですけど、なんでそんな一般的には知られてないような知識を持ってるんですか。転生前は同年代……中学生または高校生だって聞きましたけど」
明らかに高校生が知ってるような知識じゃない疑問をぶつけてみれば、アルゼイさんは困ったように頭を掻く。
「まぁ、本の虫っていうぐらいの本好きで、暇な時間はずっと図書館なんかに入り浸ってたってのもあるが……」
「?」
「イジメや虐待を受けてる人間は、最終的にネットか本の世界に逃げるしかできないってことが大半なんだよ」
その一言に私は口を噤むことしかできなかった。アルゼイさんは何ともないように言うが、簡単に言ってしまうからこそ、その壮絶さが良くわかる。
「虐待……とはなんですか?」
が、そういったものに縁がないマーガレット姫は不思議そうに聞く。
「そうですね……例えばの話になりますが親が何の間違いを犯していない子供に暴力を振ったり、逆に親でありながら子供の事を居ないものとして扱ったり、はたまた子供の自由を制限して「貴方の為」とか言いながら朝から晩まで休みなく無理やり勉強させたりと、他にも色々ありますがこういうものが虐待に当たりますね」
「それは……なるほど、確かにそういった事例は貴族社会でも良くあることですわね」
「えぇ。暴力を振ったり無視したりといった肉体的、精神的虐待というのは、された人間の人間性を大きく変えてしまうだけじゃなく、最悪の場合心神喪失による自殺や他人を平気で殺したりするようになります」
私はその説明にコクリと頷く。
「そういう意味では私も虐待を受けてましたね。私の場合は勉強でたとえ良い成績を取っても褒められたりせずに無関心でした」
「俺の場合は暴力だな。転生する前は怪我していることが当たり前で、全身痣や瘡蓋だらけで常に貧血だったな」
互いに思い出すように笑っている姿を、マーガレット姫やスピネルさんはドン引きしていたが、私としては彼がどうして私の事を商会で受け入れたのか、その理由の一端に触れることができて納得していた。
「だから俺は一人でとにかく多数の本を読んだ。本を読んでる間は親から暴力を振られることも、周りから苛められる事もなかった。灰色の世界で唯一、知識だけが俺を満たしてくれた」
「だから、こうして商人として生きるようになったと?」
「さぁ、結果としてはそうであったとしても、本当のところはそこまで分かりませんよ。ただ生きるためには持ってる知識を利用するしかない。それが逃避のために得たものでも、何もないより使える手札があるってことが重要ですから」
その分苦労もしましたが、と苦笑いと共に答える彼の表情はどこか楽しそうで、陰はあっても陰鬱というわけではなかった。
(私が持ってたものって、なんだったんだろう)
彼が持っていたものが知識だとするのなら、同じような立場だった私にあったのはなんだろうか。
知識は確かにあった。けど、それはあくまでも学生として、優等生としての知識であって、ほとんどが異世界で通じるようなものではなかった。
ならば魔法の才能かと言われたら、それはあくまでもこの世界に来たことで発現した才能であって、私が日本にいた頃からあったものと言われれば間違いなく違うだろう。
では容姿か、といわれればそれも頷けない。確かに日本にいた頃も周りから綺麗だなんだと言われてきたけど、この世界の人達と比べれば一段劣るような気がする。
「なら、もし使える手札が何もないなら、どうするつもりだったんですか?」
だから私はあえてこれを聞いてみた。私自身が持っていた手札が皆無で、もし仮に彼が同じ立場ならどうしたのか気になったからだ。
「そうだな。俺が聖女さまと同じ力があって、かつ培ってきた知識がないとしたら……うん、闇医者ならぬ闇ヒーラーになってたかもな」
「闇ヒーラーって、そんな簡単になれるんですか?」
「むしろ治療魔法である光属性の適正がある人間が大半魔族との戦争に駆り出されてたんだ、表社会だろうが裏社会だろうが、そういう魔法を使える人間は重宝されるし、特に裏社会は怪我することが日常って世界だ。モグリの闇ヒーラーだろうと、回復の質が高いなら向こうから金貨を袋に入れて背負ってくるさ」
まるで当然のように言っているが、私とはまるで真逆の方向へ舵を切ってる彼に少しだけ驚いた。
「……皆を助けようって、考えたりはしないんですか」
「勿論、そういった考えを否定するつもりはない。けど、ある日突然見覚えの無い場所にいて、その場所が戦争していて、かつ自分に回復させる力がある。
聖女さまはたまたま運良く勇者パーティーって表の光ある場所に居られたかもしれないけど、もしかしたら馬車馬のように休みなく働かされて、敵から真っ先に狙われる立場になっていたかもしれない。いや、戦争ならばむしろ真っ先に狙われない方がおかしいくらいだ」
だから表にはでない、死にたくないから。そう結論を出す彼の考え方は一貫して生き残ることしか考えてないのが良く分かった。
「言っておくがこれは俺個人の意見だし、勿論こうなるって決まってるわけじゃない。ただ聖女さまと俺とでは求めてるものが逆なんだよ」
「逆?」
「そう、聖女さまは簡単に言えば承認欲、俺の場合は生存欲……さらに分かりやすく言うのなら、聖女さまは誰かに認められたい、俺は誰からも害されない事を望んでるからそうだってだけだ。深い意味なんてそこにないですよ」




