リザルトは誰が為に Ⅲ
聖女さまが物思いに耽っていたころ、俺は執務室でとある人物と話をしていた。
「気分はどうですか、ジェバルダン卿」
「ふん、どう答えても皮肉にもなりやしないものを答えるほど、ワシの心は穏やかじゃあらせんわ」
そう言って目に見えて歯軋りと憎悪をたっぷりと滲ませた表情で答えるが、俺も逆の立場ならそうすると確信をもって言えるので笑顔を返す以外に出きることがない。
「まぁ仕方ないと言えば仕方ないことですからね。なにせ、王が今回の一件を条件付きで見逃したんですから」
そう言えば目の前の老人は尚更視線が鋭くなるが、事実を言っただけで恨まれる理由はない。
あの後、マーガレット姫経由でドラバルト王に今回の一件について報告したところ、大きく二つの理由のために逮捕しない判断を下したのだ。
「国としてもいきなり教会の本部と事を構えるなんて、そんな面倒なことはしたくないんでしょうね」
今回の一件、直接的ではないにしろ遠因の一つは過去に教会という宗教組織が他国の政治……というのが正解なのかは分からないが、ともかく国の許可無しに半亜人種族への弾圧で、現教会のトップである教皇もこれを認めた。
これが意味するのは、現在がどうこう関係なく戦争に移ってしまっても不自然なものではないということだ。
何せ今回の一件、表沙汰になってしまえば世論は教会に対しての不信感を大なり小なり持ってしまうだろう。現在でも教会に対して疑問視してる連中は少なくなく、そんな連中に格好の餌をくれてやる事態は避けなければならない。
「何より、本当に一部の教会の人間が裏組織から違法な奴隷や麻薬を買っていたなんて、教会本部の信頼すら失墜しかねないトップクラスの厄ネタだ……下手すると宗教弾圧によって内線はおろか、本当に人間同士の戦争だよ」
「売っていた側のワシが言う言葉じゃないが、聖職者でありながら神を冒涜する所業を行う者は少なくないからの。大概は異端審問やらで処罰されるそうだが、今回はそうもいかんようだしな」
ジェバルダン卿の言う通り、ドラバルト王が独自に調べたところ、国内の教会関係者の約二割強が違法奴隷所持、麻薬の売買や製造、売春や買春の斡旋など、畜生にも劣る所業をやらかしていたそうだ。
当然このことも教皇に対して追求すれば、教皇自身も流石に教会内の恥はこの国を含めて幾つかの国から報告されていたようで、魔族との戦争と言う大事が終わった現在、教会組織の風紀粛清という名目で審問官やら教会騎士団による一斉検挙やらなんやらが行われるそうだ。
「まさかまさかの事態とはこういうことを言うのかのう」
「でしょうね。まぁ条件さえ守れば今回の一件については完全不問、数年の監視がつくものの、生きていられるだけ儲けものでしょう?」
「監視がいる時点で面倒なものだが、まぁ内容が内容だから、飲むことについては文句はないさ」
ジェバルダン卿に掛けられた条件は三つ。
一つ、テロの同期及び過去の教会の内政干渉に対しての完全沈黙……つまり口外を禁止すること。
二つ、ジェバルダン卿が麻薬組織として知り得た情報を国並びにうちの商会の情報部に流すこと。過去の全てだけでなく、今後に得るであろう情報も全てだそうだ。
三つ、現在の地位を表向き辞退し、私兵としていた半亜人種族の元貴族子弟たちとともに、かつてのジェバルダン卿が住んでいたという廃村を復興ないし開拓すること。
正直、司法取引とはいえここまで破格な内容のものは早々ない。
監視の人員こそつくものの、ジェバルダン卿からすれば故郷の復興を成せる、その部下たちは犯罪者奴隷にならず職につけ、王宮としても復興のいかんによっては税収が増えるうえに犯罪率も低下する。
復興についての費用も内々にではあるが教会のほうが向こう五年分の資金を、いわゆる口止め料込みで都合してくれるらしく、まぁよっぽどのことがない限り贅沢をしなければ普通に生活ぐらいはできるだろう。
「よく部下だった連中も納得したもんですね」
「彼らの大半は孤児も同然な生き方をしていたからか、助けたワシの事を親のように思ってくれてるのがほとんどだ。拾ってくれたことの恩返しを、どんな形でもしたいと言ってくれたよ」
「そういうもんですか」
公人としてはともかく、私人としては分からない感覚に首を傾げたくなるが、彼ら自身がそれで納得しているというのなら、何かを言って困らせるのは別だろうとは思う。
「……そういう君は、恩返しやそういった類いのものは苦手かね?」
「ま、向けられて悪い気はしませんが、恩を返すのなら分かりやすい見返りでっては思いますね」
忠信だとか信頼とか、そういった感覚は転生した今でも良く分からない。人間関係は基本的にメリットデメリットの関係以外に存在しないと、今の今までそう思って生きてきたからだ。
必要ならば他人を信用するし、必要ならば手助けしたりもする。けど、そこに少しでも明確なメリットが無いのなら……と、そういう生き方をしてきて、それでこの世界で成功してきたのだ。
「ところで俺の心配は良いですけど、組合のほうの引き継ぎは終わってるんですか」
「まぁな。元々事を起こした時点で生きて帰れないことも想定していたからな、それに、これから先の平和が来るであろう時代に、ワシのような老骨が出る出番はないであろう」
そう言うとジェバルダン卿は容れられた珈琲を一口で飲み干すとゆっくり立ち上がる。
「もう行くんですか」
「馬車を出してくれるとはいえかなりの距離がある場所だ、君が襲撃した廃村よりさらに山の奥のほうだから、片道だけで普通のペースなら一週間は掛かる。おそらく二度と会うことはないだろう」
「そうですね。俺としても、貴方と会うと面倒なことに繋がるのでできればおとなしくしておいて貰いたいものです」
その言葉に彼は鼻を鳴らして肩を竦めた。そして部屋を出る直前、ふと思い出したように立ち止まる。
「アルゼイ会長、これは表社会の商人でも、裏で戦争を起こそうとしたテロリストでもなく、ただの一個人としての言葉だが……君は少し、周りに頼る生き方と、周りを任せる生き方を学ぶべきだ」
「……どういう意味ですか、それは」
俺の問いに卿はにこやかに笑った。
「勘違いしないでくれたまえ。別に君の事を貶すつもりで言ったわけでない。むしろ人生の先達としての、一つのアドバイスのようなものだ」
「……」
「君のやり方については一商人として優れてると思うよ。表では誰もが無価値だと思っていたあるものから価値のあるものを生み出し、既存のものでもさらに優れたものを生み出す発想力。
逆に裏では裏特有の情報網や関係網を巧みに扱い、それを一つの軍隊のような私兵として扱える手腕。どれもが素晴らしいものだと思う」
だが、と続けて
「だがそれを扱い従えるアルゼイ会長、あなた一人に寄りかかっている。それでは、仮に貴方が倒れたりしたら組織そのものが倒壊する」
「……そう、見えますか?」
「えぇ、何よりもそれは責任感の強さゆえではなく、自分自身が必要とされていると思わなければならないという、ある種我々にも似たような考え方だ」
その言葉に痛いところを突かれたと心底思うと同時に、表向きではしっかりと一流の商人であるという素晴らしい観察眼に感心した。
彼の言う点について、自覚がないとは言わない。元々が親父さんの後を継いだ組織とはいえ、俺はまだ歳が二十を超えてないうえに、活動期間もまだ十年を超えてない若僧も良いところだ。
だから俺の事を嫌う者も少なくなかったし、ソイツらに隙を見せない為に張り積めていた。誰よりも率先して事業を起こし、誰よりも金を稼いで組織に貢献した。
それは商会長としてこの組織のトップになってからもそうだ。流石に細かな事業計画そのものは信頼できる幹部の三人に任せてるとはいえ、彼らが何かをするとき、その時には必ず俺自身も一緒に行動してきた。本来ならばどっしりと構えていなければならない場面でも、だ。
「その理由については流石にわかりゃしませんが、それはアルゼイ会長の美点ではなく欠点だ。貴方は根本的に、他人を完全に信用できないでいる」
「……」
「その考え方と折り合いをつけることができれば、貴方は表にも裏にも比肩することを許さない、偉大な商人になることでしょう。年寄りの戯言ですが、どうか心に留めておくとよろしいでしょう」
では、と、そう言って部屋から立ち去る卿に俺は何も言わない。
「人間不信、ねぇ。治したくとももう治せないもんなんですよ。なにせ」
前世からの引き継ぎものですから、口にせずに消えたその言葉を、綺麗な青空を見上げながら心のなかで呟いた。
一先ず1章はここまでです。少し時間を置きますが2章もゆっくりと書いていきますのでお楽しみを。
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