リザルトは誰が為に Ⅱ
メギリムを襲った麻薬組織の事件から二週間経って、私は改めて今回の事件の事を考えていた。
『ただ魔族であるというだけで故郷を追われ、迫害され、目の前で同胞を殺された、この煮えたぎる憎悪はどこに向かえばいいのだ‼』
「憎悪、か……」
あの魔族が言ったことを否定するつもりは無い。生きる糧として憎悪や復讐を目的にしなければ生きていけないという人は少なからず存在するし、勇者パーティの一人として戦争に荷担していた以上、私にもそういうものを向けてくる者が居る可能性は否定できない。
否定するつもりはないが、私自身憎悪という感情が分からないというのも事実だった。
「……日本にいた頃は、誰かを恨むどころか、誰かに関心すら持ってなかったからな~」
私は昔から、いわゆる良い子であり続けなければならなかった。古い旧家の家系で、父も母もいわゆるエリートというやつで、何よりも体面を気にする人間だった。
勉強ができて当たり前、運動ができても当たり前、家事ができて当たり前、たとえテストで満点を取っても誰も褒めてくれず取って当たり前と何の関心も持って貰えず、小学校の運動会には一度も来てくれなかった。
何時からか誰かに対して関心を持つ事もなくなり、ただ塾と習い事を淡々とこなす毎日。学校では何時も孤立し、誰も話しかけてこなかったし、話しかけもしなかった。
「……本当は、何をやりたかったんだろう」
「あれ、こんなところでなにやってるんすか」
ぼうっと医務室の窓から訓練場を覗いていれば、それに気づいたエレジアさんが声をかけた来た。
「えっと、少し考え事をしてました」
「ふーん、それは良いっすけど、こんな汗臭い光景を見ながらするもんじゃないと思うっすよ」
そこに映るのはエレジアさんが率いる実働部隊の訓練所であり、アラエル商会とメギリムが共通管理しているコロシアムの中を数十人がランニングしてる光景で、たしかに彼女の言う通りではあった。
「今さらですけど、あれだけの暴徒を誰一人怪我させずに、そして怪我せずに鎮圧するって、とんでもないですよね」
「そうっすか……そうっすね、たしかに。でもそれがこの街の治安を守る側の人間なんすから、できて当然でもあるっすよ」
志が高いのか、それとも本気で思っているのか分からないけど、エレジアさんは事も無げに言ってる。
「それで、何か用があったんじゃないですか」
「お、そうだそうだ、新入りがバテちまったっすから、ちょっとそこの部屋で休ませて欲しいんすよ」
そういって窓からヒョイっと襟首掴んで渡してきたのは、暴動の際に拾ってきたという少女だった。
「……勝手に連れてきて、無理矢理走らせられたら、誰でもこうなる」
「ハッハッハ、軽口を叩けるのなら問題ないっすね」
「……この‼」
イラっとしたのか、だれていた左腕をタコのような触手に変化させてエレジアさんを叩こうとするが、まるで分かっているかのように全部避ける。
「……私のほうが、歳上なのに」
「今はウチが上司だからな~ウチは年功序列じゃなくて実力実績重視だから、文句があるならウチより強くなるっすね」
「魔族的、考えすぎる」
しかしその台詞を聞く前にエレジアさんは他の面々と合流してしまい、私と彼女だけがその場に残った。
「……苦労してますね」
「……別に、苦労するのは、いつもの事」
呆れるように置かれているベッドの一つにちょこんと座り、外れていたフードを深く被り直す。
「えっと、ルル=クトさん……でしたっけ」
「ん、ルルは家名。名前はクトだから、クトでいい」
「じゃあクトさん、ここでの生活はその、慣れました?」
私のそんな質問に、クトさんはジトリとした目付きで答えた。
「……この場所、異常すぎる。私のこと、簡単に受け入れたことも、だけど、私のこと、気味悪がらない人ばかり」
「……」
「それに、いくらあの人、幹部って言っても、どこの誰かも、分からないの、簡単に雇うの、頭おかしい」
彼女は呆れながら言うが、その意見に対しては私も同じことは思った。
あの日、全員を捕縛して衛兵隊に引き渡したあと、商会の本部へと戻ってきたアルゼイさんや私たちに対してエレジアさんは、
『面白いやつ拾ったから、私の直属の部下として雇って良いか』
『とりあえず事情次第だが、別に構わないぞ』
と、彼女を米俵を担ぐようにして持ちながらアルゼイさんに問い、アルゼイさんも何の躊躇いも無しに受け入れてしまった。
その後なんやかんや一悶着あって、結果、今はエレジアさんの唯一の直属の部下であり、そして結果として新入りでありながら実動部隊のNo.2になってしまっていた。
「おかしい、なんでいきなり、重役扱いされてるの?実力も、そこまですごくないのに」
「えっと、さすがにそれは……」
その一悶着で、実動部隊の上位メンバーの大半を腕の触手のみで戦闘不能にして、なおかつ実動部隊の100人前後を相手に一人で壊滅させて実力がないとは、悪いが口が裂けても言えるわけがない。
「もう、色々と変わりすぎて、考え追い付かない」
「確かに、私も同じですし」
「……ここの人、上に行けば行くほど、仕事の効率重視、しすぎ。なんで山のような書類、一時間で終わらせてるの」
私も同意し頷く。今回の事件の報告書や調書、関係各所に対する書類にエトセトラ、少なくとも部屋一つを丸々埋めるような大量の書類が、経った1日で全部消えてたうえに、その日の夜に今回の事件の慰労会の準備をしてのどんちゃん騒ぎ。
正直、ここの幹部は人外しかいないのか……そう思ったが、本当の意味で人間族が一人としていないことに気付き今更ながら頭を抱えた。
「けど、私にはもったいないくらい、明るかった。正直、ここが本当に、裏側の人間の集まり、そう思えないくらいに」
「……」
「私は、人間と魔族のハーフで、戦争が始まる前から生きてた。人間でもない、魔族でもない、中途半端な存在で、誰からも必要、されてなかった」
それは私とは方向性は違うけど、似たような悩みだった。私は親からも他人からも関心をもって貰えず、彼女は血筋ゆえに排斥されてきた。
誰かに認めて貰いたい、必要とされたい、そんな思いの吐露を何よりも私は羨ましいと思った。私はそんなことを考えるまえに、すでに普通のことと諦めてしまっていたから。
「けど、会長さん、受け入れてくれた。自分も魔族の血、継いでるからって差別しない。新人なのに、実力を認めて、地位を認めてくれた」
「そうですね、私は彼についてはまだそこまで知りませんけど、そういうところはしっかり上司をしてるんだって思いますね」
「……なら、聖女さんも、彼にそれをぶつけてみたら、どうですか?」
その言葉に少しだけ、ほんの少しだけドキリとした。
「どういうことですか?」
「私も、聖女さんの事情、ほとんど知らない。なんでここにいるのか、知らない。けど、だから分かる。聖女さん、心の奥、なにか無理してること」
「それは」
「……もちろん、私が言ってること、間違ってるかも、しれない。でも、間違いなく、聖女さん、何かを決めあぐねてるって、分かる。それが現実のこと、目標のこと、分からないけど」
喋りなれてないたどたどしい言葉ではあったが、それでも私の心の中に鋭く刺さるその言葉は、間違いなくその通りで顔をひきつらせるしか反応できなかった。
「聖女さん、私と違う。聖女さん、いままで誰かのそば、ずっといた、はず。だから、その人たちの言葉、思い出す」
「……思い出して、どうするの?」
「分からない。でも、会長さん、無視しない、無下にもしない。だから、それをぶつけてみる」
そう言うとクトさんはチラリとそとを見る。
「……そろそろ、戻る。あの脳筋、鍛練で私以外の新人、潰しかねないから」
「そう……ですか」
「ん。頑張って」
そう言ってダルそうに外へと出ていき、数分後にまるで予定調和のように二人の喧嘩する声と、訓練で何やら爆発したような音が鳴る日常が戻る。
「……私の、目標か」
まだそれが纏まるまでには時間が掛かるけど、いつかそんなものを持てる日が来るのかな、そんな事を思いながらまた綺麗な青空を見上げる。
訓練の音に負けないようなウミネコの鳴き声が高々と聞こえた。




