それぞれの戦い(裏) Ⅳ
先に動いたのはジェバルダン卿だった。見た目は老人であったが、ドワーフという獣人系種族にならぶ筋力を誇る血筋を持つやつの踏み込みは、15メートルは離れていた距離をたった一歩でその両腕に持ったメイスの射程圏内へと詰めていた。
「まずは手始めだ」
左の横凪ぎの一撃を俺はステップで躱しつつ距離を取ろうとするが、それを読んでいたかのようにまた詰めてくる。
「チッ」
すぐさま俺は回避に専念しつつ連続で引き金を弾いた。地球の拳銃が放てる亜音速並みの弾速に比べたらかなり遅いが、それでも魔力生成された弾丸を速度と貫通力を重視して放てるようにした魔銃の弾丸は、非殺傷モードではあっても直撃すれば大怪我では済まない威力を持つ。
それを奴は両手に掴むメイスを巧みに操って弾き飛ばし、ほぼ無傷で躱してみせた。なんなら数発、こちらに向かって跳ね返してもきたくらいだ。
「メイスってそういう使い方するもんじゃないんだがな」
幾ら総金属製とはいえ、一つだけでも普通のロングソードよりも重たいそれを簡単に操り、まるで曲芸のように戦う姿は感嘆に値するが、やられるほうはたまったものではない。
「どうした小僧、防戦一方ではないか?」
「そう思うならさっさと捕縛されてくれねぇかな」
「お断りに決まっておろうが‼」
だろうな‼と叫びながら懐から小さな金属製の筒を取り出してそれぞれの銃口の先端に取り付け、安全装置を解除する。
「くらえや‼」
再び引き金を引けば発射されたのは魔力弾ではなく、殆ど見えないほど小さいなにかがメイスに着弾し、その手から弾け飛びそうになる。
「ぐっ⁉」
が、驚きながらもすぐに身体ごと後ろに下がってそれを防ぐ。が、奴がメイスを見て少しだけ驚いた。そこには小さいながらもヒビらしきものが入っていたのだから。
「魔力ではなく金属の弾丸か」
「正解だ。金属でできた超小型の丸いボール型の弾丸を、この銃の魔力爆発の威力で加速し飛ばした」
いわば金属製のBB弾だ。普通の銃弾と比べればまっすぐ飛ばないし、ライフル弾に比べれば安定性も貫通力もないが、並みの金属でできた武器ならばヒビをいれることも可能だ。
さっき取り付けたのはアタッチメント方式で銃口に取り付けられる、この金属BB弾の銃倉だ。銃口から発射される高威力の魔力弾のエネルギーを、金属BB弾を放つためのエネルギーへと変換する道具だ。
「しかし一発でヒビが入るたぁ、よっぽど粗悪品なメイスを使ってるんだな」
「冗談を、豆粒大とはいえ金属の弾丸を見えない速度で放てば、優れた名剣でも簡単に折れてしまうでしょうよ」
「そうかよ」
そうして今度は引き金を引き続けると、それに倣うようにアタッチメントが高速回転しながら無数の弾丸をばら撒きはじめる。
このアタッチメントは、中央の銃口そのものにライフリング加工がされており、引き金を引き続ければガトリング砲のような高速装填と高速射を可能とする。
「ぬぉ⁉」
さすがのこれにはジェバルダン卿も驚きながらすぐに退避し、外れた弾丸が船の床板を次々に廃材へと変貌させる。
「なんというふざけた武器、そんなものの前では人も魔族も関係ないではないかね」
「銃の魅力は、老若男女誰でもが簡単に扱えて、簡単に敵を殺せることだからな」
もっとも、こんな奇想奇天烈な銃なんて、魔力があるこの世界だからこそ実現できたのは否定しないし、するつもりもないが。
「ですが見たところ、弓以上に精度が怪しい武器ではありそうですね。多少まっすぐは飛んでますが、あらぬ方向へ飛んでいるのもチラホラと」
「さすが商人、逃げながら良くもまぁ観察してることで」
当然ながら欠点がないわけでもない。この金属BB弾、もの自体は安いし補充も簡単にできるのだが、このマガジン一つへの装填数そのものは最大60発と、サブマシンガンの中では多いほう程度ぐらいしか入らない。
そのうえライフリング加工されているとはいえ、射程は球状弾丸ということもあって安定性の欠如から、拳銃の有効射程より少し短い程度のうえ、命中精度は言うまでもない。
言ってしまえばこれはタイマンではなく乱戦向きの追加装備だが、とはいえデメリットらしいデメリットもなく、またタイマンでも状況さえ作ってしまえば使いようはある。
「『閉じ込めろ』」
たったその一言、そう呟いた瞬間だった。船内外の至るところの影から溢れるように魔力が迸り、俺と彼を覆うように結界が展開される。
「これは、闇属性の結界魔法ですか」
「そうだ。この結界の内部は外部から見えることがなければ見られることもない、俺が解除するまで絶対に出られない隔絶結界だ」
「……それだけではないですね、どうやらこの結界には精霊の魔力が感じられる……つまり、貴方も精霊魔法使いだということの証明」
さすがはハーフとはいえドワーフの血筋、エルフの一族ほどではないが、精霊の魔力を感じ取れるほどの力は持っていたか。
「正解だ。俺は神狼フェンリルから、ちょいと特殊な精霊と契約しててな、普段は霊体化して見えないし、使う必要もないんだが、銃を抜かなきゃならないうえに、このマガジンを使う羽目になった。となれば念には念を入れて最善手を選ぶに決まってるだろ?」
「……普通、手札はギリギリまで隠すものじゃないのかね」
「ハッ、戦闘に関しては雑魚も良いところだからな俺は。使える手札は全て使って短期決戦が一番ベターなんだよ」
そう、俺にはスピネルのようななんでもできる才能はない、ラスティのように攻撃的な魔法は殆どない、エレジアのように体格も良くなければ、リュスクのように技量もない。
あるのは後天的に多い魔力だけで、それ以外は完全に一般人に毛が生えた程度のもの。指揮官以上の戦いは本来向いてないし、才能もない。
そう、普段であれば。
「悪いがこの結界を張った以上、アンタに勝ちの目は一切なくなったぜ」
「ほう、強い言葉を吐くじゃないか。ホラを吹くにしてももう少し現実的なものにするべきだ」
「ホラ、ねぇ」
たしかに嘘だと思っても仕方ないだろう。だが、だからこそ、それこそが俺の力の本質だ。
「出番だ、『大精霊リミター』」
「な⁉」
その一言、たった一言を呟いた瞬間に自分のなかからごっそりと魔力が消えたのを感じ、そして同時に俺の影からそれは現れた。
大精霊というには見た目は妖精のように俺の肩に乗る程度の大きさだが、その姿から発せられる魔力量と威圧感は間違いなく大精霊に相応しい圧倒的なものだ。
「出番かアルゼイ」
「済まないな、急に呼び出して」
「構わん、結界を展開した時点でウチが呼び出されることは理解してる。手早く済ませるとしよう」
まるで定位置だといわんばかりに俺の左肩に乗った大精霊リミターは、その褐色の肌に深紅の瞳を眠たそうにしているが、彼女が完全に臨戦態勢になってるのは、長い付き合いの俺はよく知っていた。
「だ、大精霊の顕現召喚だと?触媒となるものも無しで⁉」
そしてそれを見ていたジェバルダン卿が驚くのも無理はない。本来精霊魔法において、中級以上の精霊を呼び出す場合、その精霊と相性の良い触媒を通して部分的に力を借りるものだ。
その理由は中級以上の精霊の魔力全てを自らの魔力だけで負担しようとすれば、精霊魔法の使い手であるエルフの純潔の血筋であっても魔力が足りなくなり、最悪死ぬからだ。
ゆえにその精霊と相性のよい触媒を用いることでその負担を減らし、そして精霊側からしても質のよい触媒ならば普段以上の力を発揮できるという利点を生かすために触媒が用いられる。
が、何事にも例外というものは存在する。
「俺の契約してる精霊は『影』と『闇』を司る。ゆえに結界によって外界からの光を一切遮断したここは、つまるところ魔力によって産み出された暗闇、そんで俺が殆ど使わないで溜め込んだ魔力、顕現させるにはこの二つで十分さ」
「く、ならば何かする前に片付けるまで‼」
改めてメイスを握り直し、そして瞬時に近づいてくる卿だったが、もはや事態は詰め将棋だ
「『地に伏して倒れろ』」
その一言を卿が聞いた瞬間、まるで押し潰されるような勢いて卿の身体が地べたに這いつくばる。
「な、これは……急に身体が重たく……」
「『視界を暗転』」
「目、目が見えないだと⁉」
あり得ないと言わんばかりにその場から動こうとするが、残念ながら今の俺に対して自分から何かするということは絶対にできない。
「ん?耳をふさいだか、たった二言でよく気づくもんだ」
しかしジェバルダン卿もすぐに仕組みに気づいたのか自らの耳を塞ぎ、さらに魔力の扱いが苦手なドワーフの血でありながら、自らの魔力で耳を覆う。
「正解だよ。大精霊リミターが操るのは影と闇だが、その本質は幻術だ。彼女が顕現状態で俺が言葉にしたことは、例えそれが嘘であってもそれが事象であれば現実化できる」
言うなれば実体化する幻術で、これを突破できたのは誰一人として存在しない。怠惰なら初見でも対応するだろうが、まだこの状態で戦ったことはないし、俺としても戦いたくもない。
「けどそんな地に這いつくばってる状態で、できることなんて限られてるがな」
俺はそう言って銃を卿に向けて引き金を引く。軽快な炸裂音の連射で放たれた金属弾は、大精霊リミターの力で操られ、その速度を維持したままその両肩と膝を躊躇いなく貫通した。
「これでアンタはもうこの戦いでマトモに動くことすらできない……チェックメイトだ」
「……もはや、これまでか」
諦め、武器を捨てた卿にトドメをとも思ったが、今回はあくまでも捕縛、ため息一つとともに安全装置を元に戻した。
「……ところでジェバルダン卿、アンタ、口は固いほうか?」
「……安心したまえ、私はあくまでも負けた側だ。君が大精霊を顕現させられるということは、公にされるまでは口外するつもりはない」
「そっか。なら、もう一つ面白いものを見せてやるよ」
俺のその一言に疑問符を浮かべているが、俺は大精霊に視線を合わせると、彼女はやれやれと言わんばかりに肩をすくめ、そして
「なん……だと……」
今撃ち抜いたその傷全てを、まるで無かったように癒した。否、癒したのではない、巻き戻した。
「今、いったい何を……」
「さっき、俺がアンタに言ったこと、実は半分嘘なんだよ」
別に言葉を放たなくても発動できるし、彼女の本質もあくまで影と闇であって、幻術の効果はあるがここまでの事はできない。
「俺の魔力属性は闇、そのなかでも幻術に特化してて、さっきの現象は俺本来の魔力の使い方なんだよ」
聖女さまに話した魔力阻害体質というのも、半分嘘だ。たしかにその効果はあるし、普段はそういう風に使っているが、俺の転生した際のスキルはそういうものじゃない。
俺は、その場に他人がいることで発した嘘を現実化させることができる。普段はそれを、俺自身の魔力が他人の魔力を阻害して分解してしまうと、そう設定させているだけで、限度はあるが他者さえいればほぼなんでもできてしまう。
今のも負わせた怪我を、怪我をする前にと巻き戻しただけだ。聖女さまみたいに治療できるわけではないが、大精霊をここに顕現させている時に限ってはそういうこともできる。
「大精霊はあくまでもその出力を強化してもらってるに過ぎないし、大精霊自身も理由があって契約してる。完全にビジネスな付き合いってだけなのさ」
まぁその理由が現世にとどまって旅をしたいという、大精霊がそれで良いのかと思いたくもあるが、まぁ俺自身にもメリットがあるからと折り合いはつけてる。
「やれやれ、私はとんだバケモノを相手に、喧嘩を売ってしまったようだ」
「安心しろよ、別に知ったところで口封じなんてするつもりはないし、したところで問題ないからな」
「ふん、これでも商人なんでな……約束は守るさ」




