それぞれの戦い(裏) Ⅲ
貴族社会において、半亜人種族というだけであまり良い目をされないことがある。特に両親や祖父母といった家系図上に純亜人種族がいる場合を除き、それだけで後継者から外されることもあるくらいには。
その理由は貴族は高貴な存在でなくてはならないという妄執じみた考え方があり、それは自分達は生まれながらにして高貴であり、純粋な人間の血族でなくてはならないという差別者が考えたのではないかと疑うようなものだ。
もちろん政治的な理由で他国や有力部族の娘と結婚することは珍しくないが、それでもその扱いはよっぽど位の高い貴族でもなければ良くても第二第三夫人、そうでなければ側室や妾などの扱いをされることが殆どであり、産まれた子も大抵の場合は後継権すら持たされないということも珍しくない。
言わば、貴族の家に産まれながらに差別され、貴族としても平民としても生きられない中途半端な存在。下手すれば貴族の三男坊以降の存在よりも裏に潜らずにはいられない存在かもしれない。
「ここにいるアンタの部下は、そんな貴族の家の半亜人種族として産まれて、そして裏の世界に潜らずには生きていけなかった存在ってわけか」
「えぇ、その通りですよ。私は彼らを放ってはおけなかった。この国の貴族社会には半亜人種族の子だとしても受け入れてくれる貴族も少なからず存在はしますが、それでも全てじゃない。ここにいるのは、そのそうでない貴族達が見捨てた子達ですよ」
なるほど、道理で彼らの素性をリュスク達情報班の人間が調べてもなにもでないわけだ。そもそも彼らは貴族の家からも、その半亜人種族という姿や能力のせいで籍を抹消され存在を無かったものにされた人間。言わば、生きた透明人間のようなものだ。
「世界に存在しながら、存在を許されなかった。中には名前すらつけられなかった者や、誰にも言葉をかけられずに軟禁され続け言葉を喋ることすらできなかった者も居ます」
「つまり貴族社会の闇が産み出した業、それがおまえ達の正体ってわけだな」
面倒な話ではあるが、事の重大さは理解できた。彼らは俺らスラム生まれの人間と本質では大差がない、人としての尊厳を奪われ、常識や倫理といった何かが欠落してしまった存在という意味では。
「で、だからどうした?」
その一言とともに俺は躊躇い無く引き金を弾いた。放たれた弾丸は目の前の男一人を簡単に昏倒させ、瞬間彼らに動揺が広がる。
「な、なんの躊躇もなく射ちやがった、コイツ」
「あ?何を当たり前の事に驚いてんだよ」
そう、驚くことなど一つもない。あるとするのなら、一応セーフティはかけて非殺傷モードにしてることぐらい。
「悪いがてめぇらの生い立ちなんざ、こっちにはどうでも良いんだよ。お前らは俺らの領分に土足で踏み込んで、身内に治らねぇかもしれねぇ傷を与えた時点でてめぇらは全員シマ荒らし、殺されても文句は言えねぇんだよ」
「ぐ、やれ、おまえ達‼相手はたかだか二人だけだ、番犬だろうが王女の近衛だろうが、この人数を簡単に相手できるわけが」
ジェバルダン卿が焦るようにそう指示するが、その判断は一つ二つ遅かった。
「スピネル、ここは任せるぞ」
「えぇ。兄さんはジェバルダン卿を確保してください」
「任された」
そのたった一言のあと、俺は洞窟の壁を垂直に走って登りながら卿のいる船へと飛び乗る。
「な、貴様、今のはどうやって」
「闇属性魔法の一つ、『影渡り』ってやつだ。数少ない俺の使える魔法の一つさ」
効果は簡単に言えば影ができている場所ならばその影を伝って空中だろうが水上だろうが歩けるというもので、闇魔法のなかでは攻撃魔法ではないがかなり有効な魔法の一つだ。
「洞窟の中なんて影ばかりの場所だからな、これぐらいの芸当は朝飯前ってやつさ」
「なるほど、囲んだつもりが地の利を取られたというわけか」
厄介そうに睨んでくるジェバルダン卿だったが、すぐさま懐から二本の金属の棒……否、メイスを取り出して構える。
「悪いが、簡単にやられるつもりはないぞ、小童」
「なるほど、腐ってもハーフとはいえドワーフってことか」
構えこそ素人感があったが、その佇まいはそれなりの修羅場を越えている事は理解できた。
「しかし良いのかね、任せたとはいえ彼女一人で三十近い私の部下達を相手にするなど、幾ら姫様の筆頭騎士とはいえ多勢に無勢であろう?」
「多勢に無勢……ねぇ。無知では無いだろうに、わざと言ってるのか?」
「……どういう」
目の前の男が疑問に思った次の瞬間、目の前に爆音とともに吹き飛んで突き刺さる。それは紛れもなく一味の一人であり、まるで犬神家のように頭から船の床材を貫通していた。
「な……」
慌てて彼はそれが起こった現場を見に行き、それに絶句した。
「たかたが四色魔法の使い手の騎士が、皇族筆頭騎士になれるわけがないでしょ」
身内自慢にはなるが、スピネルは戦闘に関してだけはまだエレジアと知り合って間もない、まだ心臓を移植してすぐの頃から既に片鱗を感じさせていた。
魔法そのものは当時はフェンリルも教えておらず簡単な身体強化程度のものしか使えなかったが、ナイフや剣術、拳や脚を使った体術、その全てで有名冒険者だったエレジアを恐怖させた。
唯一の欠点であり、それまでの病弱だったがために基礎体力が無さすぎてエレジアに勝つことこそできなかったが、それがなければ本気で殺しにかからなければ勝てなかったとはエレジア本人が語っていた。
そして現在、マーガレット姫の筆頭騎士として騎士団に入団してからその欠点だった基礎体力の無さを克服し、魔法の中でも軽視されがちな身体強化の魔法を極め、さらには純血のエルフですら簡単には習得不可能とされる基礎四属性全てを中級程度とはいえ成人前に習得した奇才にして鬼才、それが彼女だ。
ゆえに、その場で起こっている光景……襲いくる攻撃の群れを全て余裕で躱し、身体強化と付与魔法にやって二重に強化された拳打蹴撃の一発を的確に急所に叩き込んで、なおかつ殺さないようにわざと大味な攻撃を息も切らさずにやってることに、何の疑問もありはしなかった。
「スピネル、金的は無しにしろ。下手すると手加減しても即死するからな。極力殺しは無しの方向だ」
「わかりました。殺さない程度に撃ち抜きます」
「いやそういう意味じゃないんだが」
まぁ悪人相手だし、別に構わないといえば構わないが、同じ男としてできればと思わないでもない。
「……いやはや、噂には聞いておりましたが、同じ半亜人としてはあそこまで活躍されると、我々の立つ瀬というものがないですな」
「まぁスピネルも俺も貴き血なんて流れてないからな。そういったお貴族様のあれやこれやなんざ関係ないさ」
「そうですか、まぁですが、そう堂々と闇属性魔法を使って見せてる時点でお門違いというのは然りでしょうな」
その一言に俺の視線が鋭くなるが、すぐにやれやれと肩をすくめて苦笑いするしかなかった。
「やれやれ、やっぱり気づいてはいたか」
「えぇ、そもそも闇属性魔法は人には使えない。なぜなら、闇属性魔法は元々魔族の魔法ですからね」
「……」
「もちろん素養があれば人の身で使う者も少なくない。が、基本的に魔法というのは血統による遺伝で、前に一度だけ出会ったことのある、かの怠惰と呼ばれた魔女に匹敵せずとも遠くない魔力量を生身で受け止めている。純血のエルフはおろかハイエルフですらわからないそれをね」
やつの指摘は間違ってはいない。スピネルの心臓と俺の心臓を入れ替えたというのに、俺はその強すぎる魔力の影響で体調を崩したりすることはなかった。
いくら体質で魔力を無力化できると言っても、その全てをできるわけでもなく、また成長するにつれて生成される魔力が俺自身のとなってからは無力化できなくなったというのに、だ。
「つまり貴方は純粋な人間でなく、魔族の血を引いている……そういうことでしょう?」
「否定はしねぇよ。とはいえ、魔族の要素なんて殆ど無いけどな」
神獣フェンリル曰く、俺の肉体や外見に魔族的な特徴は殆ど無く、強いて言うのなら魔力属性が闇なのと、人側種族の肉体に比べれば遥かに頑丈なことぐらいだ。
スピネルの心臓が生み出す魔力の負荷に耐えられたのも、この魔族の血による頑丈さが無ければ成立しなかった。
「だから心情的にはアンタらのことを否定したいわけじゃない。俺も半亜人種族と変わらない……いや、俺の場合それ以上に否定されてもおかしくないからな」
もし俺に魔族の外見的特徴が1つでもあったのなら、俺はもしかしたら彼らと同じだったかもしれない。いや、下手すると彼ら以上に排斥されていたかもしれない。
運が良かっただけのガキと、表でも裏でも言われているが、彼らの言う通り、俺はただ運が良かっただけなのだと思って生きている。
「さて、長々と話すのはこれで終いにしようや」
「……そうですな、互いに悪縁で交わった以上、どちらかが倒れなければ進めないのでな」
「残念だが、俺らが倒れるわけが無いだろうさ」
何せこっちは数百人単位で部下を抱えてるんだからな




