それぞれの戦い(裏) Ⅱ
「……いったい、何時から私がこの組織の人間だと気づいた」
苦々しげにそのモノクルから睨み付けてくるご老人の問いに、俺は肩を竦めながら答えてやる。
「あの商談のあとすぐさ」
「ほう?」
「俺がアンタから聞いた、コイツらが裏でつけていたというイチョウと剣のネクタイピンの話、俺は商談のあとにうちの情報担当にそのことを調べるように頼んだんだよ」
いわゆる裏取りってやつだ。
「結果、たしかにアンタが言う通りの伝説はたしかに存在したし、うちの幹部が精霊と情報交換した結果、伝承の内容も概ね間違いないとわかった」
「ならばなぜ私を疑う?むしろ情報提供者として、容疑者とやらからは外れるはずだろう」
「普通ならばそうだ。が、同時に裏取りをした結果、面白いことも分かってな」
面白いこと、その一言に目の前の神官姿の老人の目尻が少しつり上がる。
「なんとこの伝承、とうの昔にほとんど伝承されなくなって忘れ去られたものだったんだよ。いや、正確に言うのなら、伝承を知る村がそもそも廃村になってるんだがな」
「えぇ、私もそう言いましたが、それの何が面白いことなのですか?」
「そりゃ面白いさ、何せ、この伝承があった村が滅んだのは勇者パーティが倒した魔王の一代前の魔王の時代の初期、約80年近く前なんだよ」
俺が調べた今回の麻薬組織の情報では、組織の大半が貴族の三男や廃嫡された連中といった連中で、年齢層も高くて三十代前半、大半が二十代と比較的若い連中だって話だ。
そんな連中が、生まれる五十年近く前に滅んだ村の伝承を知っているわけがない。万が一伝承を知っていたとしても、そんな伝承をモチーフに証を作るか?
まず間違いなくあり得ない。そうなるとこの伝承について知っている明らかに歳上の人間が組織の頭脳として存在しているはずだ。
「とはいっても俺も最初はアンタを怪しいと睨んだ程度だ。もしかすれば誰かしらがその伝承についてこっそりと継承している可能性もあったしな」
「……」
「だからアンタの周辺も一応調べて、そしたらアンタが実は戦争賛成派……いや、魔族の殲滅を主とする過激なタカ派の人間だって情報が山のように出てきた」
そりゃ人間なら魔族のことを毛嫌いして殲滅を願う人間が居ても不自然じゃない。俺自身はどちらかと言うと中立派だが、部下の一部は程度の差はあれど魔族のことを毛嫌いしている者も少なくはない。
「それに加えてアンタ、そんな教会の神官さまが着てるような服を着ているが、どっちかと言えばアンタは教会そのものを毛嫌いしていたって情報はいろんな所で聞いた。なのに今はそんな毛嫌いしている連中と同じような服装をしてやがる」
「……」
「わざわざそんなことをする理由はただ一つ……アンタは魔族だけじゃなく教会のことも憎んでいた。だからわざと魔族側の協力者を見つけ、そして教会と魔族が戦争して共倒れになるように画策した。麻薬の畑を作ったのも、教会の人間が栽培してると知れれば世間からの評価が下がるから……そういうことだろ」
俺はそこで一旦言葉を止めてヤツを睨めば、その表情はさらに怒気が増したように感じた。
「さて、ここまでで言い訳があるのなら聞くが、どうかなジェバルダン卿?」
「ふむ、なかなか面白い推理だが、だとしてなぜ私が君らを巻き込んだのかな?君らの組織の力は私も知っている、バカではない限り君らを敵に回すことそのものがリスクだろう」
そう、彼の老人の言うことはもっともだ。だが、
「アンタら……いや、アンタは俺らが商談をするまで知らなかったんだよ。だから俺がコイツらのことを調べてるって話をしたあと、ギルを探して解放した。わざわざ敵対したくないから」
「えっと、兄さん、それはどういうことですか?」
スピネルは分かってないようだが、これは簡単なものだ。
「スピネル、あの神狼であるフェンリルが匂いを辿って、見つけてくるまで一月以上かかることそのものが普通はあり得ない」
「あ」
そう、あの最強の神獣の一柱であるフェンリルは、その鼻を本気で使えば例えメギリムから王都までの距離が離れていたとしても、その匂いを感じとることが可能だ。
しかも本気で走れば王都まで片道三時間も掛からない瞬足どころか神速の持ち主だ。そんな神狼が見つけて捕まえるまで一月以上かかること、それそのものが不自然としか言いようがない。
「となるとギルは匂いのキツイ地下牢や下水道、もしくは空気の循環があまり行われない坑道のような場所に閉じ込められていたと考えるのが自然だ」
「なるほど、だから兄さんが彼らの存在を探してることに気づき、その理由を調べ、少年を解放することで逃れようとした」
「だがそこで誤算が生じた。すでにギルにはコイツらが組んでた魔族の魔力石、それをすでに心臓の変わりとして移植していた」
そのことをジェバルダン卿が知っていたかどうかは分からない。だが、それ以前に予想外だったことには違いなく、ゆえに彼はすぐに行動を起こすしかなかった。
「つまり、メギリムの暴徒は捨て石だと?」
「正確には証拠を隠滅するための時間稼ぎ、そして別の地方へと逃げて改めて戦争の再開のための活動をするつもりだったってところか」
まぁ結局はそのせいで魔力石に刻まれた魔力の痕跡からここがバレてるのだから世話ないが。
「ですが兄さん、彼らが戦争再開を望む過激派だとして、なぜ教会の人間を装う必要があったのですか?教会はこの場と関係が」
「ない……って言えたら難しいんだが、それについては簡単に説明できるんだよ」
そう、俺もこの裏取りをしなければ知らなかった事実がある。
「さっきも話した伝承についてもう一つ、とても奇妙な話を聞いたそうだ」
「奇妙な……ですか?」
「そうだ。その伝承を受け継いできた村、そこは半亜人族が隠れ住む村だったらしい」
半亜人族……ラスティやスピネルのようなハーフエルフやハーフドワーフ等、亜人種族と人、または別亜人種族の混血種族のことを指す言葉であり、戦争のせいもあって一時期は弾圧の対象にもなっていた。
「もしやと思って親父に頼んで調べてもらったよ。そしたら案の定、教会が過去にその伝承があった村を異端審問として襲撃していたことがわかった。罪状は『魔物を神と奉ずる神への不敬』と『穢らわしき半魔の血を継ぐ不敬』だそうだ」
今でこそ当時半亜人種族と呼ばれたハーフについての人権や市民権については保証されているが、当時は半亜人族は魔物の血を継いだ悪魔の末裔等と呼ばれ、教会から激しく憎悪されてきた。
その結果、竜の伝説と合わさって教会の過激派連中から目をつけられ、敵対するはずの魔族によってではなく、味方であるはずの人間側の手によって滅ぼされた。これ以上の皮肉はないと俺は思うね。
「つまり、目の前のジェバルダン卿は」
「そう、約80年前の半亜人族の村に対する異端審問襲撃事件、その数少ない生き残り……そうだろ?」
俺のその言葉を聞いて呆れるような、しかしておかしいと言わんばかりに笑う目の前の老人はこちらを見てその鋭い視線を少しだけ柔らかいものに変えた。
「いかにも。私はかつて頭の狂った宗教家によって滅ぼされた村の唯一の生き残りですよ。種族という意味ではハーフドワーフということになります」
「そうか、ならおまえの目的は教会と、戦争を起こした魔族への復讐か?」
「さらに言えば教会の勝手を許した、馬鹿な王族への恨みもありますな。あぁ、勘違いしないでほしいですが、我々はマーガレット姫様やドラバルト王については恨むつもりは毛頭ありません。私が恨むのは先々代の王であった彼についてのみ、むしろドラバルト王やその先代王には私のような半亜人を助けてくれた恩義すらある」
だろうな。ドラバルト王の先々代はこれ以上ない程の暗君であり愚君というのは有名な話であり、彼とその妻となった女性については王族の歴史からも完全に消され、その花が王城の庭園に植えられることも禁じられている。
何せ基本的に穏和で理知的だった、あのドラバルト王の父である先代王が、不平不満を持った民や兵を率いて反逆を起こしたくらいだ。その最後も醜く口にするのも憚られるものだったそうだ。
「そうか、俺は世代ではないが、とんでもない暗君だったそうだな」
「えぇまったく。ですが、そのときからかれこれ数十年の歳月が経っても、私の中からは村を滅ぼされたときの怒りが、未だに消えてなくならんのですよ。いえ、むしろ歳を取るごとに強く、そして激しくなっていくのです」
彼は怒りに震え、そのモノクルの奥には燃え盛る憎悪の色が見て取れた。
「なぜ、どうして、私達が何をした、死んでいった村の同胞達の怨嗟の声が毎晩のように聞こえてきた。ゆえに恨まずにはいられなかった、攻めてきた教会と、その元凶となった魔族を」
「なるほど……だがなぜ彼らと手を組んだ、商人ならば裏組織の人間と繋がることの重大さについて、知らないわけがないだろう」
「えぇ、私も最初はそう思っていましたよ。ですがね、ある意味でですが、彼らは現代の同胞なのですよ」
「っ‼……ハハッ、なるほど、そういうことか」
現代の同胞……その言葉が示す意味に気づいてしまった俺はその場に居るもの達を見て、そして気付いて思わず苦笑が漏れてしまった。
「なるほど、ここにいる連中全員がハーフってわけか。それも社会から見捨てられた」




