それぞれの戦い(裏) Ⅰ
「ところで兄さん、ひとつ聞いても良いですか」
怠惰と聖女さまの二人と分かれて、今回の現況が逃げてるだろう廃教会の隠し通路から追う途中、珍しくスピネルがそんなことを切り出した。
「ん、お前がそうやって質問してくるのは珍しいな。なんか違和感でもあったか?」
「いえ、違和感というか、良く聖女さまの保護を受け入れたものだと思いまして」
その言葉に俺の眉が少しだけ動く。
「たしかに兄さんと聖女さまは共通することもあるようですし、同郷への情ということも嘘ではないと思います。けど、それでも商会の長であり裏社会の人間でもある兄さんが、表側の重要人物の一人である聖女さまを保護するとは思えなかったもので」
「あぁ、たしかに最初は受けるつもりなんてさらさらなかったのは事実だが、今さらどうしてそんなことを聞くんだ」
「単純に、聖女さまが来てからの兄さんの行動は少し違和感があるんです。普段ならもっと冷静に、冷酷に、まるで舌が三枚四枚でもあるような言葉を放つ兄さんが、聖女さまに対してだけはその気配がない」
「人を法螺吹き呼ばわりするのは勘弁してくれ」
どこの英国人だと思いながら苦笑しつつも、さすがは俺の妹分だ。俺のことを良く見てるし、良く分かってる。
「そうだな、たしかに同情はあった。スピネルも分かってるだろうが、俺は一度死んでから転生した。後悔しかない前世だったが、それでも懐かしくは思うし、楽しかった思い出もある」
こっちに転生してから色々と忙しすぎてそんなに頻度は多くないが、それでもふとしたときに空を見上げては昔のことを思い出す。
こっちに比べれば明らかに平和で、退屈で、命の危険がほとんどないそんな世界が、もう戻ることはないと分かっていてもどうしても、と、そんな感傷に浸ってしまう。
「だから同郷の人間が努力してるのなら、それを応援してやるぐらいはするし、帰れるのなら少しぐらいは手伝いをしてやっても良いとは思った」
「……けど、それだけじゃない……ですよね」
「そうだな。今のはあくまでも私人として、そして何よりこの世界の俺個人のスタンスだ。けど、前世の俺としては少しだけ違うんだ」
今のはあくまでも、この世界で生活してきたがゆえの考えで、前世の世界の人間としての考えは別にあった。
「こう言ってはなんだが、俺も聖女さまも根っこのところは同じで、誰からも必要とされなかった側の人間なんだ」
「えっと、それはどういう意味ですか」
「言葉の通りだよ。俺も彼女も、向こうの世界では自分のことなんて誰も気にしないっていうことを理解してる側だ。どうしてそうなったのかの理由は別だろうが、俺や聖女さまという個人ではなく、物や記号みたいな形で扱われてた側だろうな」
現代日本の社会構図は、誤解を恐れずに言うのなら基本的に評価&差別社会だ。特にSNSやインターネットの普及によって、誰も彼もが誰かを評価し、誰かをアンチする。
そういう世の中だから、ネットの外側である現実でも簡単に他人を排斥し、物のように扱い扱われる。俺も聖女さまも、どちらかと言えば扱われた側の人間だ。
「その、なんでそんな断言ができるんですか?」
「言動だよ」
「言動?」
「最初に聖女さまと話したとき、俺は彼女にこっちに来てどうするのかを聞いた。が、彼女はその中身について考えていなかった」
たしかに魔王を倒してから急に決まったこととはいえ、討伐から王城にくるまでに数週間近い時間があった。
「数週間も時間があればこうしたいっていう基本方針……というより目標の一つでも見つかるはずだ。普通の人間ならな」
「そう、なんですか」
「あぁ、簡単なものでも良いんだよ。例えば世界の珍味を食べてみたいとか、自分がいた世界へ帰るための方法を研究するとか、はたまた怠惰のように世界を旅して魔法を極めたいとか、そういう目標とか夢みたいなものが、何かしら一つはできるはずだ」
けど、聖女さまはそのことを何も言及しなかった。考えなかったというより、考えるより流された方が簡単だと考えたのだろうが。
「そうじゃなきゃ、いくら俺が過去の同郷の人間だとして、国から紹介されるほど認められてるとはいえ、裏社会に身を置く商会の世話になることを簡単に受け入れるなんて、あまりにも危機意識が無さすぎる」
「言われてみればたしかに……」
はっきり言って俺らはヤクザであり、自警団の側面が強いとはいえ敵であれば簡単に人を殺すし、必要であれば一般市民に暴力を振るうことに躊躇いはない。
そうしなければ守れない秩序というのは、どこをどう言い繕ったとしても存在してしまうのが、人が集団で生きていくということだ。
「となると、聖女さまは自分がどうしたいのか、何を本当にやりたいのか、そういうのを考える力が欠如してるってことになる」
「……けど、それと兄さんと根本が同じとはどういうことなんですか?」
「そっちも単純な話だ。俺自身が転生する前まで似たようなもんだった」
俺自身、かつては大層な夢や目標なんて持ってなかった。その日その日を刹那的に生きて、なにかを見つけたくてもがいて、でも結局、何も見つけられなかったまま交通事故で死んだ。
そういうやつは現代日本じゃ吐いて捨てるほど存在する。ニート、フリーター、ホームレス、死ななかったら俺は結局はこのどれかに行き着いていたなんて簡単に想像できる。
「ま、俺の場合はこっちに来てから、生きるために必死に足掻きまくってたら、いつの間にかこんな人間になってたから、あの頃とは少しは変われたんじゃないかとは思うけど」
「……そうなると、聖女さまも変われるということになりますよね」
「そうだな。俺としてはせっかくそれに相応しい勇者パーティの旅だったが、どうやら聖女さまは忙しすぎてそこまで意識できてなかったみたいだな」
まぁ俺がそっちの立場でも意識できてたかは分からないし、正直無理もないとは思うがな。
「ま、結局は同類相憐れむみたいなもんさ。それに、もし地球に戻れるのなら、俺の墓に花でも手向けてくれないかなって、そういう打算もあるしな」
「そうですか……」
何やら不満そうな表情で此方を見ているが、俺としてはこれ以上何かを言うつもりはなかった。心情的にも、状況的にも。
「さて、いい加減鬼ごっこは終わりって考えて良いんだろ、お前ら」
通路の先、広い地下空間……いや、どこかの鍾乳洞の洞窟の空間に出た俺は、呆れるように大声で問いかける。
目の前には少なく見積もっても三十人近い男たちが手斧や剣を握りしめて構えており、その奥には小さいとはいえ船らしきものも見える。
「一応言っておくが、俺らと敵対するってことはこの国の司法に真っ向から喧嘩を売ると同じだ。大人しく投降するのなら、懲役刑にはなるだろうが死罪にはならねぇ。今すぐに手に持った得物を地面に置いて両手を挙げろ」
どうせ聞く耳を持たないだろうと思ったが、名目上はやらないことを問いかけてみれば、やはり向こうは誰一人として武器を降ろそうとせずに敵意を向けてくる。
「はぁ、やっぱりか……奥のアンタもそれで良いんだな」
船に乗っていた教会の神官が着るような白い衣装の人物に問いかける。その顔はフードに隠れて見えないが、俺はその中身について予想がついていた。
「しかし意外だったよ。アンタとは一度しか会ったことがなかったが、まさか神官の地位を持っているなんてな」
「……」
「だんまりか?だが否定しないっていうことは認めてるようなもんだよな」
そうして右手に持った銃をヤツに向け、そしてその引き金を引く。
「そうだろ、バルグリウス・ジェバルダン材木協会支部長?」
吹き飛んだフードの奥から出てきた狸商人の顔は、怒りと困惑が合わさったそんな表情だった。




