それぞれの戦い(表) Ⅰ
「ここが、件の組織の根城か」
恐れ多くも神狼の背に乗り、あっという間に連れてこられたのは、どこかの山にある廃村だった。
「廃村が麻薬組織の住みかってこと、良くあるんですか?」
「麻薬組織に限らず違法奴隷組織なんかでも珍しくはないですね。廃墟やスラム、下水道の一角なんかを根城にしてる組織も多いです」
「まぁうちは定期的にスラムや下水道も確認して、そういった組織が住み着いてないか確認してはいるが、完全に駆除するのはやっぱり無理だな」
苦々しく答えるスピネルさんとアルゼイさんに、同行している『怠惰』も疲れたように続ける。
「ワッチら魔族にしてもそうやな。魔族は基本的に麻薬などの薬品に関しては異常なくらいに耐性があるとはいえ、そういったものを市民に売ってぎょうさん私腹を肥やす連中が居ないとはいえない」
「なんか、魔族の薬って、人間にたいしてかなり危険な気がするんですけど」
「いや、むしろ魔族側で流布してるのは筋力増強や魔力増強みたいな、肉体的に危険なレベルで強化する薬物が多いから、人間側のような快楽を得るためにってのとは全然違うんよ」
怠惰曰く、魔族は実力主義的な文化があるらしく、武力、魔力、そして知恵など、どれだけ優れているかで優劣を競う風習があるそうだ。
そのため魔族の薬は、そういった力を持たない者が力を得るために非合法に得て使うらしく、結果人間側のように中毒になったり廃人になったりと様々な問題があるそうだ。
「まぁ、真に強い連中は、そんな薬を使われたって簡単に勝つし、そもそも薬に頼ることそのものは悪やない」
「悪じゃない?薬を使って、死ぬかもしれないのに?」
「言うたやろ、魔族は実力主義やって。たとえ死ぬかもしれない薬を使ってでも強くなるいうことは、つまり何がなんでも強くなりたいって意思の強さでもある。それが正しい方向に向かって、かつ自分でコントロールできるなら、薬というのは一つの手段にすぎん」
「そうだな。戦場で使われる薬のなかには、戦意を高揚させるものもあるが、それも用量や希釈量が適性になっただけのドラッグみたいなもんだ。ちゃんと適切な濃度や量なら、それは良い意味で使われるからこそ、軍は保有しているんだ」
「まぁ非合法なものは、大概鬱屈した連中に甘い言葉かけて与える、人間の麻薬と一緒やけどな」
そうして廃村の側に近づき、村のなかを確認してみれば、
「おうおう、居るねぇ……少なくとも15人は居るねぇ」
まるで警備するように武器を持って歩いてる男の人が何人も見えた。
「怠惰、警備してる連中に魔族は?」
「いや、それはないだろうね。ワッチも魔力を極力隠してはいるけど、魔族は魔力知覚能力が高いから、外に出てるならワッチみたいな膨大な魔力を持つ存在に絶対気づく」
「なら好都合だな」
彼がニヤリと笑ってそう言ったとき、私はふとある疑問を思い浮かべた。
「あの、アルゼイさんってその……戦えるんですか?」
そう、彼の外見はどう見たって戦い向けの姿じゃないし、ヤクザを自称してるとはいえ彼が戦えるのか酷く疑問だった。
「ん?直接戦闘って意味ならからっきしだぞ。スラム生まれだから多少の喧嘩はできるが、訓練した連中となんてとてもとても、だ」
「ま、魔法は?」
「残念ながら、闇属性の魔法は援護や搦め手ばかりで直接的なのはほとんどない。が、自前の魔力の量だけは多いから、こういうので戦いはするがな」
そう言いながら彼が両腰から取り出した物体に、私は思わず声が出そうになった。
「それ……もしかして拳銃ですか?」
そう、それはそういったものに詳しくない私でも一目で分かる金属の塊は、地球で言うところの拳銃に酷似していた。
「そうだよ。もっとも、これは俺の魔力に反応するように作られた特別仕様の魔道具でな、引き金を引くことで魔力で作られた弾を放てる。一丁作るのに金貨30枚もかかったんだよな」
「一丁金貨30枚……それに魔道具って、アルゼイさん、魔道具使えたんですか?」
「聖女はん、分解魔法は使用してる本人の魔力でできてるものは基本的に分解できへんの、忘れてないやろうね」
呆れるように『怠惰』にそう言われて少しだけ顔を赤くする。そうだ、たしかにアルゼイさんの体質の話をしたとき、アルゼイさんの魔力で直接刻んだ道具や術式は分解されないと言っていた。
「けど、なんで拳銃を?普通に魔法で良くないですか?」
「残念ながら、俺は基礎属性の全てに不適合だったから、攻撃魔法そのものは使えないんだよ。闇属性魔法に関してもさっき言ったとおりだ」
何より、とアルゼイさんは言うと、
「ヤクザといったら武器は拳銃と短刀って相場が決まってるだろ」
「あ、なるほど」
アルゼイさんはどうやら、意外と形から入る人間だったらしい。服装も普段から藍色のYシャツに灰銀色っぽい特注のスーツを着こなしてるところからしてそうだ。
「さて、それじゃあ……」
アルゼイさんが両手の拳銃の安全装置を確認して、
「ここの雑魚はさっさと……」
スピネルさんもいつの間にか抜いた騎士短剣を逆手に持ち、
「殲滅するにしようかや‼」
怠惰が展開し放った魔法と共に突撃した。
「な、てきし」
「遅い」
騒ごうとした一人をアルゼイさんは慣れた動きでその拳銃から放たれた魔力の弾丸を、敵の脳天に打ち込むことで沈黙させる。血が流れてないところを見ると、どうやら安全装置が掛かってるうちは非殺傷武器になるようだ。
「くそ、なんでここが」
「喋る余裕なんてありませんよ、強化魔法:黄土」
スピネルさんはスピネルさんで持っている剣に土属性の強化魔法を発動させて迫り来る敵を気絶させていく。
強化魔法については詳しくないが、たしか土属性のそれは武器や防具の強度や硬度をあげる効果があるらしく、本来短剣でそこまで重くないのはずなのに、腹で殴られただけで酷く鈍い音と共に簡単に沈んでいく。
「な、まさかコイツら、アラエル商会のトップと、No.2の妹か‼」
「嘘だろ、『番犬王』と『四賢狼』のコンビが責めてきたのか⁉」
なんかとんでもない二つ名で二人のことを呼んでいるが、あいにくと彼らにそんな暇はなかった。
「お姫様の頼みで殺しは無しやけど、ちょーっと苛めるくらいは許されるよね~」
なにせこちらには最強最悪の魔女が後ろでスタンバイしているからだ。
その魔女の放った紫色の雷の本流によって残った警備の人間も簡単に意識を刈り取る。火傷のような匂いはするが、少なくとも魔法を受けた全員が痙攣して泡を吹いてるところからして死んではいなさそうだ。
「複合魔法で気絶させるって、相変わらずえげつねぇ力だよ、ホント」
「しゃあないやろ小倅、わっちの魔力じゃ人間相手には基礎四属性でもどんなに調整しても簡単に死んでまう。せやから、直接死ぬ可能性を減らせるうえに、食らってもせいぜい全身痙攣して筋肉痛みたいな感じにできる複合属性:雷でしか援護できへんのよ」
「それは……って、大丈夫か聖女さま」
「あ、私は無事です。なにもしてませんし」
実際私は隠れて見てるだけだったし。
「まぁ聖女さまにわざわざこの程度の鎮圧作業をやってもらうわけにもいかないからな」
「鎮圧作業って、言い方なんか変じゃないですか?」
「変じゃないさ。コイツらは裏組織ではあるが、どうにも俺らが予想してたのと違って弱すぎる。歯応えが無さすぎる。チンピラ擬きにも劣る強さだ」
そう言って彼は気絶させた人間の持っていたものを確認してみれば、
「やっぱり、ここのは数あわせで無理矢理奴隷にした連中か」
服の上着を脱がせて背中を見せれば、そこにあったのは背中そのものを覆うように描かれた見たことのある火傷の紋章。違法奴隷に使われるとされる術式紋章だ。
「アルゼイさん、これって……」
「やつらがどこからか仕入れてきたものだろうな。この本拠地を守る私兵として、そして死んでも構わない死兵として」
「そんな……解除はできないんですか」
「俺が魔力を使えば一瞬で消せるが、今この場ではできないな」
その答えにどうしてか聞けば、アルゼイさんが面倒くさそうに答える。
「違法奴隷ってわかっていても、それを解除するには衛兵のところの許可と、コイツらをどうするかの処遇の決定と、色々と面倒きわまりない手続きを挟まなきゃならない決まりになってて、なおかつ表向きには違法奴隷契約を解除する特殊な魔法薬が必要になるんだ」
「えっと、それがどういう?」
「つまり、俺みたいな特殊な体質のやつが、勝手自由に違法奴隷だからってぽんぽんと解放すると、経済的にも法律的にも大問題なんだよ。だから、一回コイツらも衛兵のところに渡さなきゃいけないんだ」
特に他国が保護しているような少数部族の違法奴隷がいれば、それだけで下手しなくても国際問題から戦争のようなことになりかねないので、そこのところの調整も必要になるそうだ。
「というわけで、ここに気絶させた連中は一旦縄で縛って拘束しておいて、俺らは捜索に移る」
「あとはワッチが抜け出さないように結界で囲っておけばええんやろ」
「頼む」
「あ、だったら私も」
そう言いながら慣れた手付きで、どこから取り出した縄で拘束していくアルゼイさんとスピネルを見ながら、私は怠惰と共に結界を作る準備を始めた。




