転生ヤクザと漂流聖女
案内された王城の一室に聖女サクラと魔法使いメリュリナがやってきたのは、別れてから一刻するかしないかの頃合いだった。
「お待たせしました」
「いや、思ったよりは待ってないですよ」
予想としては夕方近くまで掛かると思っていたのに対して、優雅に紅茶とケーキを食べ終えたぐらいのタイミングでさっさと来た事に少しだけ驚きはしたが。
「そちらこそ、勇者パーティとしては解散するというのに、こんなに速く来てしまってよろしいのですか?」
「問題ないわ。こちらの話し合いが終わったあと、酒場で二次会を開くつもりだったからね。私とサクラはまだ飲める年齢じゃないから、参加はしないつもりだったし」
「なるほど、そういった時に酒宴というのはお約束みたいなものですからね。私もまだ酒は飲めないので、楽しみではあるのですが」
この世界では18で成人扱いなのだが、俺は現在17歳で、一応誕生日まであと半年ほどあるのでまだこの世界の酒というのは楽しんだことはない。
ドラバルト王曰く聖女さまであるサクラとメリュリナは同い年で、これまた17歳らしく以下同文だ。
「さて早速本題に入るわけですが……その前にサクラさま、大前提としてお聞きしますが、俺の商会がいわゆるヤクザ組織……裏家業であることはご存じですよね」
「えぇ、勿論です。そのことはドラバルト王からもしっかりと説明を受けています」
結構、そう言うと俺はさっきまでの表の商人の顔から、ヤクザ組織の長としての顔へと笑顔の種類を変える。
「ではサクラ様、我々が場合によってはいわゆる人殺しを躊躇わないということも理解してますよね。我々裏の人間は舐められたら終わり……街の治安や家族を傷つける暴力を、暴力で防ぐ。当然ながらサクラさまの保護をするからにはそこは責任をもって行いますが、守るために相手を殺すこと……例えそれが無垢そうな子供相手であっても敵対したのなら殺す。それをサクラさまは受け入れることができますか?」
「っ」
苦しげに噛み締めるサクラさまに、隣にいるメリュリナ様が鋭い視線を向けてきた。
「あんた、いきなりねぇ」
「すみませんがメリュリナ様、これはむしろサクラ様の方から言い出したことです、俺が言ってるのはあくまでも俺たちの商会がそういうこともしなければならないということを、正直に話してるに過ぎません」
「……どういうこと?」
怪訝な表情を向けてくる彼女に、俺は今日起こった全ての事を包み隠さず、全てを話した。すればメリュリナ様は百面相とでも言わんばかりに表情を変えていき、最後は呆れるようにため息を吐いた。
「サクラ、あんたねぇ……いや、まぁたしかに顔見知りではないとはいえおなじ立場を共有できる人間と一緒にいるってのは理解はできるけど、相手の事情も考えなさいよ」
「う、ごめんなさい」
「いえ、サクラ様は漂流してから3年でしたか?正直言えば、どんな手を使っても元の世界に戻りたいというのは理解できますし、頼れるような相手がほとんど居ないうえに、いつ死ぬか分からない極限状態が続いていた……思考が麻痺するのも仕方ないでしょう」
俺のフォローを聞いてか否か、メリュリナ嬢はバツが悪そうに頬を掻く。事実漂流してから殆ど間を置かずに勇者パーティ入りし、それから過酷な戦場の最前線でサクラ様を回復役として酷使してきた自覚はあるのだろう。
「とはいえ、先程も言いました通り、こちらで保護することとなったら、多かれ少なかれ手を汚す場面に出くわすことは少なくない。特に港湾都市は流通の要、表だけでなく裏の商材が流れてくる事だって珍しくない。そんな連中をのさばらせて街の治安が悪くなるのは困るから、どうしたって多かれ少なかれ殺しは出てくる事になる」
「それは……わかっているつもりです」
「分かっているのなら、サクラ様……貴方は我々に保護されてる間どうやって生活するおつもりですか?保護するのだってお金は掛かる。王さまから多少の手当ては貰えるそうですが、うちの商会では『働かざる者食うべからず』がモットー、ニートや引きこもりで過ごすというのなら身ぐるみ剥いで叩き出しますよ」
大変綺麗な笑顔でそう言えば、女性陣二人の表情が青く染まる。俺が言ったのが事実だとなんとなく雰囲気で察したのだろう。ありがたいことである。
「それは、勿論働いて……」
「それはもちろん結構ですが、どう働くか、どう働きたいのか考えてはいますか?」
「それは……具体的にはまだ」
おどおどと答えるサクラ様に俺のなかに芽生えかけたSっ気が表に出そうになるが、流石にメリュリナ様に睨まれながら続けられるほど肝っ玉が据わってるわけではない。
「まぁ、すぐにどう働きたいのかなんて分かるわけでもない。実際うちの商会に保護と言う形になっても、二、三週間は街に慣れる時間が必要なのもまた事実ですしね」
「それは、表と裏の生き方の違いということですか?」
そんなサクラ様の問いに少しだけきょとんとした顔になってしまったが、すぐに笑って返した。
「いえ、サクラ様もご存じのように、俺の商会は港湾都市の裏のトップを担ってはいますが、同時に表側での商会としての地位もあります。サクラ様が保護されたあとに関わるのは基本的に表側のお仕事……商人としての事務仕事だったり工場の管理、もしくはうちの商会の訓練施設での治療などを行って貰うつもりです」
事実、うちの商会にはワケアリやスラム時代の連中も少なくないというか多い。なので実働部隊や肉体労働が得意なやつは多いが、逆に言うと事務職や治療師といった後の仕事ができるやつがそこまで多くない。
基本的に俺や幹部三人、そして表側の商人や交易を担当するやつに関しては全員読み書き計算ができるうえに、礼儀マナーも少なくとも最低限不快にさせない程度には鍛えてあるが、それでも合わせて30人居るかどうか。はっきり言って人手不足だ。
「そ、そうなんですか?」
「……もしかして、俺がサクラ様を裏側の、それも危険な最前線をやらせるような考え無しだと思われてたんですか?」
「それは、その……はい」
「サクラ、アンタはホント……」
もはや可哀想な目でサクラ様を見るメリュリナ様だったが、それが分かっているのか聖女さまもかなり顔を真っ赤にして恥ずかしがっておられた。
「サクラ様、貴女は貴女が思っている以上に大変な立場なのですよ。俺からすれば、仮に貴女を預かって貴女の思うとおりに最前線に出して、それで軽い怪我をするならまだしも、大怪我や死んだなんて事になったら、まず間違いなく殺されることになりかねないんです。前世と同じ年齢でまた死ぬとか絶対嫌ですからね‼」
転生前は18で交通事故で死に、目が覚めたらスラムで暮らし、十数年かけて漸く今の環境にのしあがったんだ。派手な生活をしたいとは思っていないが、それでも死ぬなら可能ならば60迎えてから、孫が商会を継いで商人としてのいろはを叩き込んでからと決めているのだ。
そう強く言うとサクラ様も理解してくれたのかコクコクと強く頷いてくれた。
「さて、ここまで私の話を長々と続けてきましたが、サクラ様、そしてメリュリナ様、何か聞いておきたいことはございますか」
「……なら私から幾つか聞きたいことがあるのだけど」
そう聞いた逆質問に、メリュリナ様は一瞬だけ考えてすぐに口を開いた。
「一つ、貴方がサクラを保護した時、アンタにはどんな報酬が与えられるのか
二つ、貴方がサクラを保護したうえでの、アンタのメリットは何なのか
三つ、貴方がサクラを態々保護する理由は?ドラバルト王からの命とはいえ、裏側の人間であり、お姫様から敬語で話されるほどの貴女がこうまでする理由は?
そして四つ、貴方は最終的に何がしたいの?」
「はっきりと言いますね。まず一つ目は商会に対する税金の一部免除、及び港湾都市郊外にある山一つが報酬となりますね。またサクラ様の当面の生活費も最低限貰えるそうですが、あくまでもそれはサクラ様に渡すものなので、報酬とは違います」
王族が商会の税を一部免除することはかなり珍しく、現在俺の商会が国に支払っている税金は交易税、土地税、船舶保持税、そして工場で必須になっている木材と魔法石の計五種だ。
今回の事を受けた場合このうちの交易税と土地税、船舶保持税の三種が十年間四分の一に、木材と魔法石に関しても十年間半分で良いというのが報酬になり、その価値は合計でおおよそ現在の王国の年間予算三~四年分に相当する。
ちなみにこの世界には所得税と消費税はまだ存在していない。個人が払うのは人頭税と、土地や船舶を所有している場合は土地税または船舶保持税を支払うが、それ以外での税の支払いは存在しない。というより、税金を支払えるほど経済があまり発展していないという方が正しいが。
「二つ目のメリットですが、正直な話ですみませんが、個人的にこれを受けたとしてもメリットは存在しません。むしろ個人としても商会の長としてもデメリットの方が多い」
「はっきり言うんだな?」
「魔法使いを相手に、テキトーに隠し立てして嘘を並べても意味がありませんからね。強いて言うのなら先程も言った通り、事務といった本当の意味での裏方仕事ができる人間が少ないので、それができるであろう人間を確保できること……ですかね?」
これに関しては切実な願いでもあり、もし可能ならそういった人材をどこからか引き抜けないかと日々思案しているくらいだ。
「ですが多いデメリットを無視してでも受けようと考える理由、それは単純に同郷の人間だからということこれに尽きる」
「同郷の人間だから、ねぇ」
「これも本心ですよ。俺は不本意ながら向こうの世界で死にました。まず間違いないレベルの即死でした、多分俺が向こうの世界に帰ることは、恐らく不可能でしょう」
「ど、どうしてですか?貴方も一緒に転移すれば、帰ることは可能でしょう?」
サクラ様の疑問に、俺は薄く笑いながら返した。
「単純な理由ですよ。俺は一度死んだんです、転移の方法が魂を戻すのか肉体を戻すのかは不明ですが、どちらにしろ地球で暮らしていた時の生活には戻れない」
魂を戻したとしても、それは死体に魂を入れ直すということであり、即死した俺の肉体が綺麗に残っているとは限らない。
肉体ごと転移するのだとしても、そうなった俺は生前の姿ではなく、そうなれば国籍もなにも持たない難民以下の浮浪者として生きるか、それこそ本物のヤクザのような人間になるしか道がない。
どちらに転んでもマトモな生活などできるわけがないし、もはや十数年こちらで生活してきたことで、地球での知り合いの名前や常識といったものは殆ど抜け落ちてるし、何よりこちらの生活の方が楽しく感じているのだ。
「俺だって最初は戻りたいと思ってましたよ。けど、必死で生きてるなかで兄弟が、友が、仲間ができた。こんな何の取り柄もない人間の若僧を親だといって着いてきてくれるやつらを、見捨てるなんて不義理はできるわけがない」
「アルゼイ商会長……」
「だからずっと考えてはいたんです。俺と同じような人間で、かつ俺と違って戻っても何とかなれる人間と出会ったのなら、そいつが善人でも悪人でも、本気で戻りたいと願っているのなら協力してやろうとはずっと考えてたんだ。キザで格好つけてると思われるかもしれないですが」
「……いえ、私の方が無神経でした。謝罪させていただきたい」
勇者パーティ一の魔法の担い手は背筋を倒し、被っていた帽子を外して深々と頭を下げた。
「頭をお上げください。別に商会としての打算がないとは言えないですし、何より貴女はこの世界で最高峰の魔法使いだ、そんなに簡単に頭をさげるものではないでしょう」
「……感謝します」
「では最後の四つ目と生きましょう。といっても、これに関しては昔から国王様にも話していた事でもあるんですがね」
俺は恥ずかしがりながら頬を掻いて笑みを浮かべた。
「俺はただ俺が居る場所で、俺の知ってる人たちが安心して生きていける……疲れたって愚痴を言いながら酒を飲んだり、バカみたいに笑いながら夢を語ったり、そんな当たり前の空間を作りたい、ただそれだけなんですよ」