それぞれの戦い Sideラスティ
先に主人公側視点ではなく、幹部たちの視点でバトルパートスタートです
昔から兄さんはすごい人だった。年齢は歳上だったけど、この人についていくことこそ、自分が生きていく意味だと何度も思った。
そんな中で、兄さんが商会の長になってから、直接指示される機会は滅多になくなった。当然だ、今の自分はこの組織のNo.2、つまりは兄さんの次に偉い立場になったのだ。直接兄さんが指示を飛ばしてくる事なんて、よっぽどの大事じゃない限り無くなってしまった。
だからというか、不謹慎ではあるが今回の件は嬉しくもあった。兄さんから直接指示を貰え、かつ重要な局面を任せて貰えた。兄さんの第一の弟分として、これほど嬉しいことはないと断言できる。
「ラスティ、なんかだいぶ浮わついてるが大丈夫なのか」
にやけるのが止まらない自分の姿を見て、衛兵隊の指揮官であり、親っさんの時に可愛がって貰った兄貴分であるロドリゴさんの言葉に少しだけ冷静になった。
「今回の件、そちらとこちらの橋渡しを兄さんから任されまして、失礼な話ですが少しだけ嬉しいんですよ」
「けっ、相変わらずあの坊主にベッタリかよ。ま、元兄貴分としてはあの坊主に惚れ込む理由も分からなくはねぇがな」
心底呆れたように話す彼だが、同時に兄さんの手腕についても知っているのか納得もしている。
「だがラスティ、お前は今や組織の頭脳だ、あの坊主を知恵と知識で助けるのがお前の仕事だろ?直接指示飛ばされたってだけで浮かれるのは、俺ら衛兵隊やお前の部下にも示しがつかねぇ」
「えぇ、たしかにその通りですね。いやはや、まだまだそういう意味では自分は若輩者も良いところですよ」
もっとも、
「こんな風に浮かれていられるほど、衛兵隊もうちの私兵も優秀すぎて、やることがほとんど無いのも問題ですかね」
目の前の暴徒……目算で二百人前後はいるであろう暴れる人間を、怪我をさせずに無力化、拘束する衛兵とうちの戦闘班の能力の高さに、逆に笑えてしまうのはどうしたものかとも思う。
「まぁ衛兵隊にしろお前らのところの私兵にしても、元は野盗崩れや元難民だからな。何かに真剣に打ち込めることに楽しさを見いだした連中ばかりなんだろうよ」
「そうですね、入った直後は若い兄さんがトップに立ってる事に不満のある人間も多かったですが、今ではすっかり信頼されようと必死になってる」
兄さんは組織の長として、部下になった全員の名前とプロフィールを覚えている。それも幹部や幹部候補だけでなく、末端の一兵員まで全てをだ。
アラエル商会の人員は私兵も含めれば五百人を超える大所帯だ。普通どれだけ努力してもその全ての人員を覚えるなど不可能だ。自分でも部下の名前は直属の者しか覚えきれていないのに、兄さんはその全てを記憶している。
なぜそんなことをするのか、以前に一度だけ聞いたことがある。すると兄さんはこう言っていた。
「俺らは世間からは居ても居なくても関係ない、言わば存在しない人間の集まりだ。難民もそうだが、盗賊や奴隷なんて他人に名前を覚えられてる方が珍しいくらいだ。
俺の部下たちは元がつくとはいえそういった連中ばかりだ。だから、名前を誰かに覚えてもらって、しかも名前を呼んで褒められたりされることが、多分一番嬉しいんじゃないかって思ってさ」
あくまでも個人の意見だけどな、と恥ずかしそうに答える兄さんの言葉に、自分は何も言えなかった。その言葉にもっとも当てはまるのが自分たちだったから。
「ラスティさん‼暴徒の一部が歓楽街の方へ分かれました‼おおよそ50‼」
部下の報告にハッと視線をそちらへ向ければ、たしかに虚ろな足取りではあるが、走ってそちらの方へ向かうスラムの住人の姿を確認した。
「っ、人数が多い……それに」
視線を向ければうちの人員も衛兵隊もそれを追いかけていられるほどの余裕がない。
「ロドリゴさん、こっち任せても大丈夫ですか」
「安心しろ、元々指揮の手は足りてたんだ。お前らのところの私兵もこっちの言うことはしっかり聞いてくれてる、多少離れたところで問題はない」
「分かりました」
そしてすぐに視線を報告にきた部下に向ける。
「……たしか、戦闘班の新人のジャック……で良かったかな」
「は、はい‼ジャック・ウィルです‼」
「ならばジャック、君は私と共に歓楽街に向かった暴徒を鎮圧に向かいます。追い付いたら私が魔法で拘束しますので、君の仕事は私が魔法を使うまでの護衛です……できますか?」
試すように聞けば、ジャックは少し戸惑いの表情を見せたが、すぐに獰猛な笑顔を向けた。
「やります‼まだ入って半年の新米ですが、ラスティさんの邪魔をさせないって仕事をやり抜いて見せます‼」
「結構。ならば走りますよ」
「はい‼」
そういって駆け出す自分たち二人。幸い暴徒の足は駆け足程度で、追い付くのに五分と掛からない。
「ジャック、私たちは暴徒の先回りをして正面から対峙します。問題ありませんね?」
「大丈夫です」
「ならよし、では跳びますよ」
「へ?」
次の瞬間、風の精霊を呼び出して私達二人を空へと飛ばす。
「っあ‼って、空を歩いてる⁉」
「精霊魔法の一つ『エアウォーク』というものです。跳躍力をあげて、さらに一時的ですが空中を歩くことができます」
これを使えばさらに時間を短縮できるうえに、向こうの足取りも簡単に分かる。
「向こうはもうすぐ歓楽街の入り口の広場につきますか……ジャック、我々は歓楽街の入り口に陣取ります。貴方の仕事は」
「ラスティさんに近づけないようにしつつ、暴徒を歓楽街に入れさせないように押し止める、それも殺さずにですよね」
「その通り、もう一度聞きますがこの大役をできますか?」
念のために確認すれば、彼は困ったように笑う。
「普通なら難しいって言うところですけど、そういうことなら戦闘班の中でも俺が適任っす」
だって、とそういいながら彼は地面に向かって急降下し、暴徒の腹に蹴りを叩き込んだ。
「俺の得物は素手格闘なんで‼」
そう言うとすぐさま裏拳、肘打ち、レバーブローと暴徒へと一瞬で叩き込み、あっという間に五人を簡単に気絶させた。
(新人にしては動きに迷いがない、一手で確実に急所へ攻撃しつつ気絶させている。若干隙は大きいがそれ以上に素早く正確)
なるほど、悪くないと思いつつこちらの準備に取りかかる。
「ジャック、こちらの魔法発動まで五分ほど時間が掛かります。できる限りで構わないので暴徒の動きを止めてください」
「全員気絶させるのは、アリですか‼」
「できるなら構いませんが、どうやらさらに向こうから人数が来ます」
精霊に確認して貰った限りだと、追加の人数は二十前後。一人一手で気絶させたとしても合計七十人強を相手取るのは、まだまだ新人の体力では不可能だろう。
「無理はしなくていいです。歓楽街に踏み込ませない、それだけを意識してください」
「わかりました‼」
そして自分は腰横のポケットから瓶を取り出し、その中身を地面へと凪いで振るう。
「――森の精霊よ、今一度汝の力を願い奉る。軛は種、顕現せしは蔦」
精霊魔法はエルフの魔法であり契約魔法の一種だが、実のところ精霊魔法には二つの分類がある。
一つは精霊そのものの力を借りる魔法。これは魔法における基礎属性のような現象の具現を精霊の力を借りて発動するもの。要はプロセスが変わっただけで通常の魔法とほぼ大差がなく、下級精霊と契約さえできれば誰でも使える。
そしてもう一つ、それは精霊の力を具現化させて操る魔法。下級精霊なんてちゃちな精霊ではなく、中級やさらに高位の大精霊級、その力を行使する際に使われる、触媒を用いることで発動できる魔法。
「――我は森の民の血を引くもの、神狼に認められしもの、汝、契約に従い我が血、我が身に力を貸したまえ」
世間一般的に言うのなら秘技、奥義とも呼ばれる、精霊魔法の究極の力の一つとされる技。
「ジャック‼」
「っ‼」
ただ名前を発しただけ、それだけで彼はその身を宙へと逃がす。察しの良さも及第点以上だ。
「――捕まえろ‼」
次の瞬間、ばら蒔いた植物の種が一気に成長し、その蔦が暴徒たちの脚へと殺到する。
まるで蛇のように絡み付き、無限に成長するかのように次々と暴徒の脚を奪い、そしてその全てが雪崩崩れるように地面へと伏していく。
彼らもすぐに蔦を外そうと躍起になるが、どんなに頑張ってもそれが切れることはあり得ない。
「こんなアサガオの蔦でも精霊魔法で強化されれば、人の手で道具もなしに大樹の幹を折ろうとするのも同じですよ」
さらに一つの蔦が数十人単位で結び付いていて、一つでも切ろうと引っ張れば他人の脚へとその負荷が伝播する。まとめて引っ張れば尚更だ。
「凄い……」
空中から降りてきたジャックが感嘆するように言っているが、この程度は造作もないことだ。
「いえいえ、これでも中級精霊程度の力ですよ。高位の大精霊クラスの力なら、それこそ蔦一本一本が金属並みに堅くなる」
「しょ、植物が金属並みの堅さですか?」
「えぇ、特に世界樹などは並みの金属の刃ではたとえ枝を切ろうとしても、逆に刃の方が壊れるなんて事もざらにあるそうです」
もっとも、高位の大精霊クラスの力を借りれる者など、現代では誰もいないという話もあるそうだが。
「さて、あとは増援が来るまでこの連中を見張ることにしましょうか」




