異端の麻薬組織(裏) Ⅲ
『怠惰』は基本的に人間を差別しない。相手が人間だろうが、美味しい料理を創れば褒めるし、優れた建物には子供のように驚嘆し、優れた技術に対しては敬意を払う。
多分だが、今のこの世界で一番人間というものに興味と敬意を払っている魔族だと言われても、誰も文句は言わないし、誰もが疑わないだろう。それだけ、『怠惰のグラデュール』と呼ばれた彼女が親和派だというのは、人間魔族ともに有名な事実だ。
とはいえ、そんな彼女とて今の世界の現状を理解している。しているからこそ、個人の主張はともかく、魔族の長としては国交を開くよりも鎖国したほうが互いのためになると考えるのは無理のない帰結だろう。
事実、普通の人間の政治家連中も同じことを考えるだろう。何せようやく戦争が終わって、国内のことの建て直しに注力しなければならない今、わざわざ敵対していた魔族側と取引して国内外からバッシングされたくはないだろう。それが普通であり当たり前だ。
「あら、それでは私の目標の一つである魔族の友人を作れないではありませんか」
だが、目の前の皇女は普通じゃない、超理想論者だった。
「魔族が自分達の国から出てこないということは、つまり我が国に来ないということです。それは魔族のお友達が作れないではありませんか」
『そりゃそうやろ、その何が問題なんや』
「大いにありますわ。友人というのはつまり、同じ物事を共有し作る仲間ということ、それはつまり、魔族の方々の優れた技術が我が国に入ってこないということです‼これは実に由々しき事態です」
マーガレット姫はそういうとプンスカという絵文字が出てきそうな表情で続けた。
「魔族の方々の技術は、我々人類の技術とは別の発展を研げてるのは、勇者軍が参考にと持ってきていた各種武器や道具類からも明らか。その技術を学び、自分達に活かし、そして新たなる技術が産まれる。これは何よりも国の発展には必要不可欠なことです‼
逆のことは魔族の国にも言えますから、我が国が発展することつまり魔族の国の発展に繋がるということです」
「い、いえマーガレット姫、流石にそれは短絡的かと」
「いいえスピネル、物事というのはむしろ短絡的なものなのよ。自分達が楽になるために技術は発明されて、そしてまた別の楽をするためにそれが発展して、その繰り返しこそが技術‼戦争で産まれた技術も、巡りめぐれば市政のための技術にもなる‼」
ぎゃーぎゃー言ってるその姿に、俺はもはや諦めにも似た笑いがこぼれた。
マーガレット姫は超が付くほどの理想論者であり、同時に技術革新という言葉が大好きな利益主義者だ。
とにもかくにも未知だったり新しい技術が大好物で、特に王族として国民の生活を豊かにする技術に関して、その立場も使って様々な物を他国から輸入している。人を誘致するなど当たり前、凄いときには建物ごと輸送してくることもあった(当然、運んだのは俺らのところの船だが、正直二度とやりたくない仕事でもあった)。
そんな彼女にとって、魔族の側の未知の技術を知ることが出来ないというのはどうにも看過できなかった。そこに自分や国民の生活を豊かにできるかもしれない技術があるというのに、それに触れられないということが彼女には我慢ならないのだ。
『おかしなことを言う姫様やなぁ……普通、自分の国が発展することは良しとしても、他国が発展することを是とする王族なんて聞いたことがないなぁ』
「あら、何もおかしなことを言っているわけではありませんわ。技術というのは片方側だけが発展しすぎてもいけないものです……発展しすぎた技術は他国の価値を下げ、結果、価値の下がった国は経済破綻してスラムや盗賊の温床になるなんてことはよくある話です」
「……そうだな、少なくともここはそうじゃなかったが、そういう場所はごまんとある」
ここの場合は元々魔族の襲撃によって廃村になったスラムに、盗賊崩れや難民が不法に移り住んでスラム街になったが、国が経済破綻して国民が路頭に迷ってスラム街化するなんてことはこの世界じゃ珍しくもなんともない。
「ですが互いに互いの技術を学び、そしてそれを自分達の技術に組み込めたのなら、それはつまり互いに発展することと同義です。そうなれば、技術を高めた国同士が手を結ぶことで更なる発展が生まれ、国の価値は際限なく高まる。国の価値が高まれば国民の仕事も幅広く増え、結果として更なる価値が生まれ、と、無限に優れた技術を生み出す国へと変わるのです」
「いい加減にしろ」
若干暴走し始めたマーガレット姫さまに軽くチョップを食らわせて黙らせる。こうなったときは物理的に止めないとこのお姫様の暴走が止まらないのは、付き合いの長い俺やスピネルがよぉく知っているからだ。
「痛いですわ、アルゼイさん」
「痛くしなかったら止まらないだろうが。だいたい、技術が価値を押し上げるという意見そのものは否定しないが、技術格差によって国が滅んだら元も子もないだろ」
技術革新が悪いとは言わないが、発展しすぎた技術は文明を滅ぼすことにだって繋がることだってある。地球ではまだそんな風にはなっていなかったが、そんな感じになった物語はごまんと見てきた。
「それに今まで戦争をしてきた相手だ。いくらそれが終わったからってすぐに手を取り合って仲よしこよしができるほど、互いが互いのことを理解しているわけじゃない、歩み寄るにしろ互いに干渉しないにしろ時間は必要だ」
「それは……そうですが」
『まぁ、お姫様の言うことも理解できへんわけやあらへん。ようは、互いに歩み寄る第一歩が欲しい、そんなところやろ』
呆れるように、しかし苦しそうだが楽しそうな笑みを浮かべる新たな魔王はやれやれと言わんばかりに首をすくめた。
『まぁええやろ、こっちとしても禁術を勝手に使った阿呆を捕まえなアカンと思ったところや、結局はうちの国で裁くかそっちの国で裁くかだったら、そっちに任せたほうが世論としても収まりがええやろ』
「それは……良いのか?まだ条約もなにも結んでない状況だ、自分達の国に連れ帰って裁いたって法律上は問題ないだろ」
『小倅も分かってて聞いとるんやろ、そんなことすればうちらの国が人間の国で犯罪を犯した連中を、自分達の国に連れ帰って軽い罰にするかもと、そう思う人間は必ずいる。例えこっちの国で死罪になっても、死人に口無しで終わらせたと考えるやつもおるやろ。そうなったらまた別の火種で戦争や、面倒なことこの上なくなるやろ』
「……」
俺の問いにあっさりと答える彼女に俺は舌を巻いた。俺は日本の不平等条約についての事件の話は過去に一度もしてないというのに、彼女はそこを理解していた。
仕方無しについた役職とはいえ、『怠惰のグラデュール』は政治についても、起こりうる可能性すら読み解く程の才能を有していたという事実は、彼女が名君として活躍できる可能性を見出だせるということの証左だった。
「やれやれ、で、マーガレット姫さま、もう一つの条件はなんだ?」
「えぇ、といっても他の二つに比べれば比較的楽な条件ですわ」
『比較的楽、ね……そういうことを言う時は大概一番面倒なことってのが相場が決まってるんやけど』
怪しい視線を向ける魔王の視線を意に介さず、マーガレット姫さまはこう答えた。
「三つ目の条件、半年後にこのメギリムの闘技場で行われる武闘大会、その魔法部門と武術部門のオープニングファイト……つまり開幕試合に魔族の猛者を各一名ずつ出場させて欲しいのです」
『闘技場での武闘大会って、そういえばそのうちそんなことをするとかって話は前にしてたねぇ』
まさかの内容に怠惰はおろか、俺も思わず目を見開いた。
「マ、マーガレット姫さま?一応お聞きしますけど、オープニングファイトに内定してる人物を理解したうえで言ってるんですよね」
「あら、勿論知ってますわ。武術部門は『勇者』アレグス・ドレットルート殿、魔法部門は『魔帝』メリュリナ嬢でしたわね」
「それが分かっててなんで魔族側に対戦相手をオーダーするんですか‼」
おそらく人類側の戦闘力トップ3の、それも武術と魔法のそれぞれのエキスパートとまともにやりあえるやつは人類魔族合わせても十指どころか片手の指よりも少ないだろう。
しかも魔族側からすれば少し前まで自分達と戦争をしていて、かつ最前線で大暴れしていた魔王と渡り合って倒した猛者と戦うなど、どんなに武勇に優れていたとしても俺なら絶対に断る。闘技場のシステムによって絶対に死なないと分かっていてもお断りだ。
これにはさすがの怠惰も冷や汗をかいてゾッとしていた。
『さ、流石にワッチとしてもその二人とそれぞれガチでやりあえる戦士と魔法使いの心当たりはないな~魔法使いのほうはワッチが出てもええけど、最悪辺り一帯が吹き飛びかねへんし』
「却下です‼あの二人が戦ったら、古代魔法と複合魔法のぶつかり合いで街一つ焦土になりますよ‼」
「サクラ、下手しないとかつけないってことは実際に街一つ規模の土地が焦土になったんだな」
まぁ魔法使いの戦いなんてそんなものだとは思っていたが、流石に世界最高峰の魔法使いの二人がぶつかれば、闘技場の安全装置が機能するかのほうがかなりの疑問なのは分からなくもない。
『とりあえずその条件を受けるのは構わへんけど、流石に勇者と魔法使いの二人に何らかの制限はつけるんやろうな?』
「まぁ、一応殺しは禁止っていうことは伝えてあるし、実力者の二人だから相手の力量次第で手加減はしてくれると……多分、きっと、思うよ」
『不穏になる言い方はやめぇな‼』
いやだって、物事には絶対はないし、たとえ手加減してもよっぽどの事態になる可能性は否定できないからな。
『はぁ、なんか余計な仕事と心労まで増えた気がするわ……』
「ということは」
『仕方ないからその条件、全て飲もうやないの。けどその代わり、条約についてはこっちにも多少の利は貰えるように取り計らって貰うで?』




