異端の麻薬組織(表) Ⅲ
『久しいなアルゼイの小倅、わざわざワッチに連絡してくるとは、ようやくワッチの研究を手伝う気になったのかいな』
この世界でかなり数の少ない映像を送れる通信魔道具で映し出された件の『怠惰』……本名シャンレティア・レメンツ・グラデュールの独特なはんなりとした口調でそう聞けば、呼ばれた彼は苦笑いを浮かべた。
「相も変わらず魔法研究が趣味のご様子で、というより、俺が手伝ったところでほとんどなにも変わらないと思いますが」
『何を言うかと思えば、小倅の魔力分解は研究者としても興味がそそられる代物や。調べて再現してみたいと思うんは、この道の研究してるもんなら大概思うで?』
「それは結構なことだが、今回はどっちかというと『怠惰のグラデュール』じゃなくて、『現魔族の国のトップのグラデュール』に要があるんだよな。それもトップクラスの厄ネタだ」
彼がそう言うと、へぇ、とだけ呟いて少しだけ視線が鋭くなった。
『それはそこになんでか居る勇者のところの聖女はんと、あの勇者軍の名参謀とよばれたドラバルトはんの娘さんがそこに居ることと関係あるいうことか?』
「マーガレット姫については、この件が最悪の場合あんたがこっちに来ることになりかねないと判断してな。少し前までは敵同士だった相手を、勝手に招いたらさすがにお目こぼしをもらってる国に面子がたたないんでな」
『最悪が……ねぇ。まぁよっぽど悪どいことしとらん限りはワッチが出ていくまでもないけど』
そう言うと今度はその視線を私に向けた。
『聖女はんはお久しぶりやな。魔王城のほうで見逃したんが最後やから……かれこれ二、三ヶ月ぶりやろうか?』
「えぇ、あのときはありがとうございました。まさか敵陣に乗り込んだ私達を歯牙にもかけずに見逃すとは思いませんでしたが」
『ワッチは渾名通り、戦うことよりベッドでぐうたらして娯楽に耽りたい非戦派の魔族やからねぇ。それに元々戦闘よりも研究畑のほうやし、何よりこっちもこっちで事情があっただけのこと』
「古代魔法を三種も使えて、メリュリナを上回る魔法戦の技量を持つのに研究畑の魔族とは良く言いますね」
正直彼女が本気でこちらを潰しに来ていれば、間違いなく私達勇者パーティ全員が蟻を踏み潰すかのように簡単に潰されていただろう。それだけの実力差がたしかにあった。
『言うたやろ、こっちにも事情があったって。しかし、あのアラエル商会のところに聖女はんが在籍しとるって話は噂には聞いてたけど、まさかホンマの話やったとはね』
「まぁ、色々と事情がありまして。できれば詮索はしないでいただけると助かるんですが」
『かまへんかまへん。こっちの事情に興味ないように、そっちの事情を探るなんておかしな話やからな。それに予測ができへんわけでもあらへんしな』
ニヤニヤと笑う彼女に何度目かの苛つきを覚えるが、とりあえず深呼吸をして落ち着きを取り戻そうと努力する。
『それで本題やけど……わざわざワッチに直接つながるホットラインで通信してきたんや。よっぽどのことじゃなかったら……』
「こっちの裏組織で『魔傀儡の操術』らしき術式を埋め込まれた子供を保護した。しかも生きてる子供に対してだ」
『……なんやと?』
瞬間、通信越しでも分かるくらいの威圧を感じとる。その視線は真剣で、嘘を言えば間違いなく殺すと言わんばかりのものだ。
『……商人でもある小倅がこんなしょうもない嘘を言うはずがあらへんとわかってるんやけど、それはホンマの話なんか?』
「アンタにこんなことで嘘をつくメリットがどこにもないからな。それに俺は魔力石を心臓の変わりにして生かすなんて魔法、アンタから聞いた『魔傀儡の操術』以外には全く思いつかない。少なくとも魔族が使うっていう死霊魔法の域は軽く越えてる」
『せやろうな。けど、生きてる人間に使うなんておかしいやろ。あれは死体に埋め込んで発動する術式や、まかり間違っても生きてた人間に埋め込んで、心臓の変わりにするなんて本来の使い方と違いすぎる』
できるわけがない、と断言する目の前の怠惰の表情はメリュリナそっくりの魔法の探求者というような顔だった。
『で、その魔力石を取り出したって話やけど……つまり子供を殺した、そういうこと?』
「いや、万が一のために複製しておいた俺の心臓を移植して取り替えることで助けた。ただその組織に麻薬を使われてたから、今は聖女さまの魔力で治療してる最中だ」
『あぁ、あれを使ったのかい。けど、それはあくまでも万が一の保険のためのものだろう?使って良かったのかい』
「状況が状況だったからな。それに助けた子供は俺が支援した孤児院の、それも俺を慕ってくれてたガキだからな」
そうかい、とやや不満そうな表情の怠惰だったが、私からすればそれは聞きたかったことの一つだ。
「あの、さっきも気になったんですが、心臓の複製ってどういうことなんですか?それも魔力汚染を消し去れるって、どう考えてもおかしいと思うんですけど」
『ん、あぁ、聖女はんはまだ知らんかったのか。いやまぁ、ワッチもそれを知ったときは驚いたもんやけど』
怠惰の言葉だと、それは普通のことではないようだけど……
「前にも話したと思うけど、俺には『魔力阻害体質』っていう、俺自身の魔力に触れたものの魔力を分解して無力化する特殊な体質がある」
「えぇ、たしかにそれは聞きましたけど」
「んで、この体質なんだが、『魔力を生成する器官でもある心臓を移植することで一時的にこの体質を相手の体に移すことができる』んだよ」
「……はい?」
一時的に体質を他人に移す?どういうことかわからずにポカンとしていると、アルゼイさんの代わりになぜかスピネルさんが答えた。
「つまり兄さんの心臓を移植した場合、その体が魔力に汚染されていたのなら、その汚染を無害化させることができます。今回の場合のような魔力で肉体を操作するような魔法は魔力で肉体を汚染することで発動するもので、兄さんの心臓を移植したことでその汚染を無かったことにできます」
「えっと、つまりそれって限定的な浄化ってことですか?」
「はい。他にも副次的なメリットはありますが、その人が元々魔法の適正を持ってない場合、二度と魔法を使えなくなる可能性もあります」
なるほど、たしかにデメリットもあるようだが、なんでそんなことを当人ではなくスピネルさんが話すのか疑問に思えば、彼女はニコリとして笑った。
「なぜ私が説明したのかと疑問に思うかもしれませんが、それは簡単なことです。私と兄さんの心臓は取り替えてあるんです。つまり、今の私の心臓は元々兄さんのものが、兄さんの心臓は元々私のものだったわけです」
「え⁉」
思わずアルゼイさんのほうを見れば、その証拠と言わんばかりにワイシャツのボタンをはずした。
そこにあったのは狼と木々が象られた紋章が胸の真ん中に堂々と刻まれており、たまたまスピネルさんと同じタイミングでお風呂に入ったときに見えた胸の紋章と同じものだった。
「スピネルは生まれつき魔力が強すぎてな、そのせいで体内の魔力が少し崩れるだけで死にかけることが何度もあった」
「私と兄さんが商会を持つようになってすぐに、スピネルは生死の境をさ迷うレベルの重傷に陥りまして、そのときに兄さんが見つけたのが自信の体質と契約魔法による心臓の入れ換えによる心臓交換の術式でした」
「ウチも最初聞いたときは耳を疑ったもんっすよ。まぁ、そこに寝ている狼が契約の中継をしてくれたおかげで無事に成功して、今じゃ王女さま直属の筆頭護衛騎士やってるんだから、世もわからないもんっすよ」
簡単に言ってのける彼らだが、色々と突っ込みどころが多すぎる。
「狼がって、いったい何者なんですか」
「あー、うん、まぁ、隠してもしょうがないことではあるんだが、言ってしまえば神獣だな」
そう言われて狼はチラリとこちらを見れば、
『こうして直接声をかけるのは初めてだな。我は偉大なる原初の神獣、森と獣の守護者であり豊穣を司るものの末裔の一、フォレストフェンリルと申す。よしなにたのもうか、異界からの癒し手殿』
かなり渋い声の挨拶に驚くなというほうが無理だろう。




