異端の麻薬組織(表) Ⅰ
「アルゼイさん、一つ良いでしょうか」
数日後の昼休み、最早慣れた戦闘班の方々の訓練の傷を治療し終えた私は、休憩ついでに商会長室の扉を開けて目的の人物に声をかけた。
「どうしたんですかサクラさん、うちの馬鹿どもが迷惑でも掛けましたか」
「それは無いとは言いませんが、今回は関係ありません」
いやまぁ迷惑というか、見た目が厳つくて怖いヤクザか、もしくは昭和アニメに出てくるような世紀末な人たちが、常にたくましい笑顔で誰かしら話しかけてくるうえに、たまに交易品の珍味やそれを使ったとても美味しい料理やスイーツを差し入れしてくる姿にはどうしても違和感がすごいが、それはまぁ置いておく。
「私が来たときに話してた、例の麻薬組織のほうは大丈夫なんですか」
「あぁそれか、一応うちの情報担当が今までのそれをもとに捜索してくれてはいるんだが、どうにも足取りが全く掴めねぇんだよな」
「アラエル商会に王家の情報網を使ってもですか」
そうなんだよ、と頭をかきむしりながら答える彼の表情は深刻であり、同時に相手の厄介さも伺えた。
「サクラの言うとおり、王家の情報網も利用して捜索してるわけだが、どういうわけか末端にも引っ掛からないうえに、奴らが栽培した麻薬の流通ルートすら網にかからない」
「普通に考えたら、そんなことあり得ないですよね」
「当然だ。表と裏の情報網、しかも相手の概要は見えてるのに組織名以外の構成員や本拠地の所在まで全部不明、そんなことはどう考えても異常だ」
特に今回のルバンダという組織は、普通の中小麻薬組織と違って自前で資金源の畑を持っており、さらには違法奴隷の売買まで行っているうえに、教会にも関係者が存在しているそうだ。
「これが大規模組織……それこそ海外に麻薬を密輸してるようなところならともかく、やってることが手広すぎる」
「言われてみればたしかに……まるで自分達は絶対に捕まらないとでも言うくらいには大きく動いてますよね」
「あぁ、なにをどうしてここまでのことをしでかしてるのやら」
まさしく頭が痛いと言わんばかりの表情で天を見上げている。
「しかも厄介なことに、その麻薬組織が他の麻薬組織と連携しているのか、このメギリム領内で最近はヤクの販売が一切されてねぇんだ」
「?それの何が問題なんですか?」
普通に考えれば麻薬組織を撲滅したことになるから、両手をあげて喜ぶことじゃないだろうか。
「普通はそうだ。が、このメギリムはもともと犯罪者の溜まり場が色々あって都市化した街だ。表だった連中は当然、隠れてヤクをやってた連中も残念ながら少なくない数がいる」
「えっと、つまり?」
「そういった麻薬を使ってる人間……分かりやすくキャリアとでも呼ぶが、今の状況だとキャリア連中が暴動を起こしたら対応ができなくなるんだ」
普通の場合、麻薬組織を潰すということは顧客情報も同時に得られるということに繋がる。その顧客情報をもとに裏の連中に監視をつけて、良くて監視、最悪の時は確保または殺すことで沈静化を図るそうだ。
けど、今回の場合その麻薬組織を潰してないから情報を得られず、使っていたキャリアの情報もない、そうなると薬を売っている人間が少し扇動するだけであっという間に暴動が起こる
暴動が起こればそれを鎮圧しなければならず、その間に組織は別のところでシノギを確保してしまう。そうなればあっという間に麻薬組織は成長してしまう。
「何せ末端価格ですら、50gで金貨一枚にもなるような世界だ、資金を得ようと思えば幾らにでもなるし、天井知らずどころか青天井だ」
「つまり、はやくその組織を倒さないと大変なことになる……ということですか」
「大変で済めばマシだな。最悪はメギリムそのものが崩壊したうえで、連中が後がまを狙って奪われることだ」
まったくもってこれだから薬関係は面倒臭い、と悩ましそうに答える彼に納得したそのとき、目の前の光景に唖然とした。
「?どうかしたか?」
「えっと、後ろの窓……」
私がそう言って不思議に思ったのか、彼が椅子ごと後ろにクルリと回れば、その光景に私同様に目が点になっていた。
そこにはつい二週間前、私が来たときに目にした巨大な狼がいつの間にか窓の外に鎮座していたのだ。
事の次第を理解したのか、彼はすっと立ち上がるとその窓を開ければ、勝手知った様子で狼は部屋の中へと入って体を伏せた。
「っ、ギル‼」
そしてその背に背負っていた寝袋のような袋には、かなり憔悴し目の焦点がどこにもあってないのに、まるで壊れたような不気味な笑顔の少年が呻き声をあげていた。
「アルゼイさん、その子が」
「あぁ。名前はギルバート、俺が前に見せた日記帳をあげた子供だ。間違いない」
彼はそう言いながらその寝袋のようなものを狼の背から外すと、それはその場から少し離れた場所に移動して伏せ寝した。
そしてその寝袋を外し、少年の体を見た瞬間に私も彼も絶句した。
全身はアザや注射痕だらけ、全身が骨になったようなほどに痩せこけ肉は全くない、悲惨なのはなんとなく予想はしていたが、その遥か上の姿に何も声がでなかった。
「……サクラ、治せるか?」
消え入りそうなか細い声の問いに、私はすぐに治療魔法の結界を展開する。
「肉体組成確認……魔力波長、並びに対象の治療部位を特定……………え?」
「どうした?」
「治療魔法が……効かない?いえ、そもそも違う、治療魔法が彼を健康だって認識してる?」
「なんだと?」
だが、すぐにそれが不可能だと、まるで治療魔法の力が通じないという明らかに不自然な反応に驚くしかなかった。
勇者パーティ時代に使っていたこれは、たとえどんな軽い怪我であろうと、発動した時点でその全てを発動した私は理解できる。少なくとも誤診や間違った判断をすることは、今の今まで一度もなかった。
「そんなことがあり得るのか?」
「普通はあり得ません。私の治療魔法は、正確に言うと肉体の記憶……最長で一月までのそれを魔力が読み取って正常時と現在を照らし合わせて、肉体的損傷を魔力で治す魔法です。死亡してたり、もしくは怪我から一月以上経っている場合を除けば、こういう打撲痕のようなものがあればすぐに治せるはずなんです」
もちろん代償として、治療する本人の生命力や魔力といったものも同時に消耗するが、いわゆる自己修復力を使うのではなくどちらかと言うと限定的な時間回帰のようなもの、条件外の理由で治せないなんてことは、使い手である私が一番ありえないと理解している。
「……サクラ、なら肉体の解析はできるか?」
「解析……ですか?」
「あぁ、普通の人間と比べたときにあり得ない異常……例えばからだの中に骨折したときの治療のためのボルトが入ってたりとか、そういうのを判別することは可能か」
「っ、やってみます」
一旦結界を解除し、すぐさま言われた通りの事ができる分析魔法を発動する。
「っ、ありました。でもこれは……」
「どうした?」
「……この子、心臓がありません。その変わりに魔力でできた拳大の何かがその代わりをしている?」
「心臓の代わりに拳大の魔力……魔力石か‼」
彼はその言葉を放った瞬間にすぐに少年の腕に触れた。途端、その心臓の魔力石らしきものの魔力が一気に霧散する。
「アルゼイさん、いったい?」
「サクラ、今すぐにラスティを呼んで連れてきてくれ。連中が何をしたのかが分かったが、その前にこのままだとギルバートの命が危ない」
「わ、分かりました。けど、この子はどうなってたんですか」
「説明はあとできっちりする。それと、ラスティに『アレ』の複製を持ってくるように伝えてくれ」
それだけでラスティは理解するはずだ、そう言われて首をかしげたくなったが、時間がないのも確かなことを考えて私はすぐにラスティと呼ばれたハーフエルフの青年を呼びに走った。




