それぞれの一日(裏) Ⅱ
「さて、今回の商談の議題はたしか我が商会で取り扱っている木炭について、でしたね」
商談開始早々、ジェバルダン卿は確認するようにこちらへ問いかけてきた。
「えぇ、その通りです。その内容は手紙でも書いた通り、我が商会に木炭を試験的に卸して貰うことと、それに伴い結果次第とはなりますが、一部の事業において数ヵ月単位で徐々に薪の量を減らして木炭に切り替えていくつもりです」
「試験的に、ですか。木炭の事業そのものを欲してるわけではないのですか?」
「いただけるというのなら喜んで貰いますが、そちらとしてもハイそうです、と渡せるようなものではないでしょう?」
その問いに歴戦練磨のジェバルダン卿はにこやかに笑って返す。
「当然ですね。とはいえ、我々もまだ木炭事業については手探りも同然、そちらのお眼鏡に叶う質と量を常に提供できるとは限りませんよ」
「でしょうね。木炭についてはじめて知ったときに、その現物を見せて貰いましたがまぁそこまで質が良いとは言えませんでしたね」
事実、あの店で見せて貰った木炭は密度はそこそこのかなり柔らかいもので、現代のバーベキュー用の炭を触った時のうろ覚えの感覚と比べてみても、どう言い繕ったって三級品の代物としか言いようがなかった。
匂いこそ質の悪いそれにしては燃焼前のものも煙も嫌なものは感じなかったし、燃焼時間もそれなりではあったが、しかし現代品に比べたらそこまで良いものとは口が裂けても言えないのが現実だった。
「ですが同時に、これでまだ手探りの状態というのなら話が大きく変わります」
明らかに不機嫌になるのも当然な俺の言葉にムッとしていた目の前の二人だが、続けて言ったその言葉に表情が疑問符へと変わった。
「失礼ですが確認として、木炭に使っている木は私達が普段薪として購入しているものと同じと思っていただいてよろしいでしょうか?」
「え、えぇそうです。この辺りは杉に欅が多く自生しているので、それを使って木炭も製造しています。薪としての質は貴殿方に毎週毎週届けられるほどにしっかりとした代物です」
「けど木炭としての質はいまいち、つまりこれが示すのは作り方が間違っているということです」
そこで、と俺は一瞬間を空けて真剣な眼差しで二人を見つめる。
「そこで、我々と業務提携をいたしませんか?」
「業務……提携ですか?」
「私が知る限りにはなりますが、木炭を作るにはかなりの場所が必要になります。が、この街でそれほどの場所を手に入れるとなるとかなり時間がかかるうえに、金だってバカにならない金額がかかります」
いくら生活必需品の薪を扱っている組合とはいえ支部だ、試験運用段階の木炭を作るためにそこまでの広い土地をここで用意できているとは限らないし、なにより
「それに木炭を作るには大量の薪を必要とします。つまり当然ながら火を扱ううえに、それ相応に煙も出る。そしていくら広い土地を手に入れていたとしても、もし万が一の周辺被害を考えればできれば水場が近い場所の方がありがたいはずだ。が、」
「そういう土地はアルゼイさん率いる商会がすでに優先的に確保していて、あとから参入する彼らが手に入れる土壌がない、ということですね」
マーガレット姫様の言葉に俺を含めた男三人がそれぞれ頷く。
この港湾都市メギリムは海の街ではあるが、同時に港と俺らアラエル商会が塩製造の工房としている場所を除けば海に面している土地はあまり開拓……というより開発はされていない。
その理由は単純明快で、メギリムという土地が崖に囲われた土地だからだ。
メギリムは空からみたときに城壁がU字の形をしており、そのU字の上四分の一が海、残りが街区となっている。
そして外壁の外側を覆うように結界が張られており、海にも城壁があることによって、結界の効果で津波や海の魔物が来ないようになっている。
そしてそのU字の左側に砂浜があり、今現在そこは俺らアラエル商会が運営する製塩工場&海の魔物肉漁があるわけだが、その規模はそこまでおおきくない。
砂浜自体が小さな海水浴場程度でしかなく、その砂浜を城壁と断崖絶壁が囲っているのが今現在だ。
「姫様も知っての通り、国にとって塩は必要不可欠の流通品です。輸出貿易のために土地を拡張して生産量を増やすならともかく、土地を減らすというのは論外です」
「ですな。それに私も一度、アラエル商会さんの製塩工場を視察したことがありますが、塩作りのための幾つもの巨釜、最後の乾燥を行うためのガラス張りの建物に、作った塩を袋詰めする建物、どれもこれも非常に面積を必要とするうえに、それぞれがとても貴重だったりする」
「なによりもアラエル商会さんは国内の塩の約三割を生産している、国内最大大手の商会です。他の塩を取り扱っている商会が大体が岩塩ですが、岩塩は鉱石ですからいつ埋蔵量が尽きるか分からないものです。
そういう意味でも海の塩を製造しているアラエル商会さんの塩の価値が一時的に下がることはあれど、中長期的に見れば常に安定して供給ができるこちらがかなり有利です」
国内の三割のシェアというのはもはや最大手といってもおかしくないことを考えれば、うちの製塩業がどれほど重要かも姫様は充分に理解していた。
「外壁の反対側には砂浜は無いんですか?」
「あちらはそもそも砂浜すらない崖です。外壁も結界の発動のために作っているだけで、工場を作るスペースどころか、サハギンすらまともに通れない程度の隙間しかありません」
「つまり現状、木炭を作るための工房は大きくないとしか言いようがないわけだ」
ゆえに現状の三級品の木炭すら限られた量しか製造できていないという、どう考えても困った状況にある。
「……もっとも、そっちが条件を飲んでくれるのならやりようはある」
「やりようがある……ですか?」
「あぁ、条件を受け入れるのなら、そっちは木炭製造のための土地と、うちの連中によるサハギンや魔物からの護衛、そして長期的な話にはなるが今以上の質の良い木炭を、今の三倍以上の量を安定して製造できるようになるだろうな」
あくまでも試算だが、というその言葉に歴戦の大商人が視線を鋭くさせる。
「……その条件とは」
「三つある。まず一つは製造した木炭を他より安価に購入できるようにしたい。最悪は木炭に対することで発生したこちらが使用した費用と相殺でも構わない」
まずは妥当は内容に二人は何も言わない。
「二つ、木炭の質がある程度上がったらで構わない。その木炭を利用した製品の開発並びに流通を、この街並びに王都に関してはうちの商会で数年の間は独占とさせてもらいたい」
「木炭を利用した製品ですか?」
「あぁ。まだ直接的にこうだ、ってのはまだなんとも言えないが、木炭を直接的にしろ間接的にしろ利用した製品は何かしら作れるはずだ。その製品の開発事業を王都とこのメギリムに限って、うちとそっちの共同独占事業としたい」
正直、前世の知識ではそこまで木炭を利用した製品についてはあまり知らないが、そのうちそういった製品は何かしらは出てくるはずだ。
そういう意味での言葉にある程度理解したのか、ファレルさんが声を発した。
「それについては構いませんが、利益比率に関してはどうするつもりでしょうか」
「5:5でと言いたいですが、4:6でも構いませんよ。もちろん、そちらが6で」
「それは……良いのですか?そちらのほうが損をしますよ」
「あくまでも開発に成功して利益が出るようならという保険ですよ。もちろん、その分開発費に関してはそちらが多めに出してもらいますがね」
利益がでるのなら儲けものであり、それが例えそこまで多くなくとも数年の独占でそれ相応の額は稼げる。
利益率が低いものをやるのはバカのすることだというのはよくある言葉だが、もともとそこまで期待してないものなら、それが出るだけで御の字だ。
「そして三つ目、これが飲めないのなら今回の事は白紙にしていただく他がない」
「つまり最重要であると?」
「えぇ。わざわざマーガレット姫様を第三者としてこの場に呼んだ意味がないですからね」
その言葉にジェバルダン卿とマーガレット姫様の二人の視線がこちらに向いて、
「単刀直入に言うのなら、この木炭事業そのものを、協会主導ではなく国家主導の生産事業にしてもらいたいのです。それもマーガレット姫様が主軸としての」
その言葉を理解してかいなか、数秒の沈黙の後にその場にいた三人全てが驚きの叫びをあげたのは言うまでもなかった。




