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転生ヤクザと勇者パーティ

 ヤクザ、現代日本では暴力団と同一視されているが、もともとは別の組織だ。

 どちらも裏社会の人間であるということに変わりなく、暴力至上主義ではあるが、ヤクザはもともとその土地の自警団組織……この世界でいうところの衛兵などが居ない街での衛兵代わりのような存在だった。

 転生してから俺は弟同然のハーフエルフの少年と供にスラムで生活し、金を得るために供に二人で色々と頑張り、なんやかんやあって元冒険者だった牛獣人の少女を助けて商会を立ち上げ、それを不満に思った別の商人に雇われた暗殺者だった狼の獣人だった彼を引き抜き、結果、今では王に認められて元スラムだった港湾都市に居を構える商会のトップとして、国を裏側で支える仕事をしていた俺も、成り立ちはともかく生まれ故郷を守るという意味では充分にヤクザをやっていた。


 そんな俺が、同郷の人間とはいえ表側の重要人物である聖女を保護するという、冗談にしては寒すぎる言葉に驚かないわけがない。


「うむ、たしかにその事は聖女さまにも話した。私にも聖女さまと同じ故郷の知識を持つスラム生まれの人間の友がいて、その者は生きるために商会を立ち上げて裏側の存在……ヤクザやマフィアと呼ばれる存在となって裏側から支えている、と」

「話してたのかよ。で、聖女さまは?」

「多少驚いてはいた。が、それは裏の人間に身を俏していたことではなく、自分以上に過酷な状況を生きてきた同郷の人間が居たことにだ」


 王のその言葉に少しだけ眉を吊り上げる。どうやら噂の聖女さまは文字通りの聖女さまであるらしい。


「それに今回の件、提案してきたのは聖女さま自身だ」

「え?聖女さま自ら?」

「そうだ。聖女さまも馬鹿ではない、自分の力が争いのもとになることは理解しておられた。ゆえに通信用の魔道具を持って旅に出た事にして、裏側の人間であり、同郷の価値観を持つアルゼイの保護下にいれば、聖女がどこの国にも属さないことと我が国に留まることの両方を満たせるのではないか、と」

「なるほど、優しいだけじゃなくかなり強かでもあるようですね」


 実際のところ良い手だとは思う。聖女さまの変わりに旅する影武者さえなんとかできれば、色々と準備は必要になるが彼女の考え通りにはできる。


「どうだ、なんとかできんか」

「そうですね……」


 正直、今回のことに俺らにはなんのメリットもない。むしろ聖女さまを匿うことでヤクザとしての仕事に良くも悪くも影響が出るうえに、聖女さまの護衛役だって必要になる。人員には比較的まだ余裕はあるが、それにも限度がある。むしろデメリットのほうが多いくらいだ。が、


「……1度、聖女さまと直接話すことはできますか?できれば二人きり、それが無理ならば勇者パーティの同じ女性メンバーと同伴でも構いませんが」

「それは、受けてくれると」

「あくまでもその前段階です。俺だって理由は理解できたし、納得もできる。けど、こっちだって商売をしてるんだ、王命とはいえ、こっちの事情も理解して貰わなくちゃ話しにならない」


 俺のその言葉を予想していたのか分からないが、ドラバルト王はニヤリと笑いながら答えた。


「そういうことならば中庭に向かうと良い、ちょうど今日、聖女さまは勇者パーティの皆と娘でお茶会を開いている」

「お茶会……ですか?」

「あぁ、冒険者風に言うのなら、いわゆるパーティ解散前の宴会みたいなものだ」




 謁見の間から退出し、宰相殿に案内されて連れてこられた中庭はまさしく荘厳でありながら優雅という言葉が似合う、そんな場所だった。


「綺麗な花々ですね。ここまで綺麗に整えられている花は中々見れない」

「おや、アルゼイ商会長は花にも詳しいので?」

「多少はですが。うちの交易品の中には紅茶もありますが、薔薇やシトラスのようなフレーバーティーも扱ってますから」


 特に薔薇を使った紅茶はその薔薇の品種によって味も香りも色味もかなり変わる。


「赤と白の薔薇もそうですが、マーガレットにアネモネ、ガーベラにペチュニア、そしてランタナいずれも過去に王妃となられた方々の名にちなんだ花ですね」

「ほう、流石は禁制品以外は何でも揃うと噂の商会の会長、見るだけでお分かりになるのですね」

「えぇ、できるのならこれだけの花畑を作るための土地を欲しいとも思うのですが、中々簡単にはいかないもので」

「土地……ですか?」

「えぇ、宰相殿は我が商会のメインとなる商材についてはご存知でしょうが、それだけを中心にして万が一の事が起きれば一気に商会は傾きますからね。魔王軍が解体された今、これからの事を考えて観光事業と供に商材を作れる土地があればと思っているのです」

「観光事業ですか、それは中々大きな目標ですね」


 宰相殿は笑っていたが、あまり観光事業に興味は無さそうで少しだけ残念だった。


(まあ戦乱の世の中だった今までとは違うやり口のシノギだからな、今すぐに意識を変えるというのは無理か)


 そう思っていると目的の場所についたのか、少々騒がしいが、しかして不快ではない歓談の声が聞こえてきた。


「あ、宰相閣下とアルゼイ様」


 俺達に気づいた綺麗な淡い黄色のドレスを着た少女……ドラバルト王の三番目の娘であり俺とも旧知の仲でもあるマーガレット姫がにこやかな笑みで寄ってきた。


「久しぶりだなマーガレット姫、新年の挨拶ぶりか?」

「えぇアルゼイ様。私としてはアルゼイ様の政の手腕を毎日でも通って学びたいのですが、お父様が許してくださいませんの」

「ハハッ、流石にお姫様に裏の人間の手腕を学ばせるのは色々と問題がありますのでご容赦ください」

「もう、またそんな敬語染みた話し方をして。一応、私とアルゼイ様は同い年で、そして信頼する友人ですのよ。そんな他人行儀はやめてくださいませ」


 どうせ父には不敬罪になりかねない喋り方をしてるのでしょう、と聞かれて苦笑いするしかない俺に対して、マーガレット姫もクスリと笑って返した。


「それでアルゼイ様、今日はどのようなご用向きで?もしや栄えある勇者様方とお近づきにということならお任せくださいな」

「あー、たしかにそういう一面もあるにはあるが、今回は別件でな。例の聖女さまの件でな、一度顔合わせにきた」

「なるほど、そういうことですか」


 少しお待ちください、と彼女がそういって宴席のなかに入っていくと、数分もせずに一人の少女を連れて戻ってきた。


「アルゼイ様、こちらが聖女さまであらせられるサクラ様です」


 そう紹介された少女は、まさしく大和撫子というような綺麗な黒真珠のような髪に、名前と同じ桜の意匠を取るヘアピンを前髪に着けた美少女だった。


「お初にお目にかかります。自分は港湾都市メギリムにて『アラエル商会』の会長を勤めております、アルゼイ・フレードリクと申します」

「え、あ、サクラ・モエギです。えっと、あなたが例の転生者の?」

「その通りです。今回はその件で貴女と直接話をしたいと思い、ドラバルト王の許可を得ましてこうして参った次第です」


 喋りの感じからして、おそらく17~19歳ぐらいか。名前の響きからして日本人なのは間違いないし、高校生ぐらいの外見ならば少し喋り方が硬いのが気にはなるが、第一印象としてはそこまで問題になるようなものはない。


「とはいえどうやら聖女さまは今、勇者の方々とのパーティをなさってる様子ですし、その件については後々で。今は彼らについて紹介していただいてもよろしいでしょうか」

「わ、わかりました。こちらにどうぞ」


 そうして案内されれば、その凄まじいまでの圧力に背筋が震えた。


「お、サクラ、そっちの兄さんは誰だ?」


 目の覚めるような鮮やかな黄金の髪を持つ勇者、アレグス・ドレットルートのその問いには、優しい雰囲気と同時に何にも変えがたい威圧感のような、そんな圧力を感じた。


「こちらは『アラエル商会』の商会長のアルゼイさんでして、港湾都市メギリムで一番の商会のトップの方です」

「メギリムの『アラエル商会』!?あの有名な?」


 驚いてこちらを見るその姿は純粋であり、同時に勇者パーティにまでその名が知られているうちの商会に対して少しだけ自分の顔が綻んだ気がした。


「えぇ、紹介の通りです。まさかあの有名な勇者アレグス卿に名が知られてるとは思いませんでしたが」

「いやいや、数年前から勇者軍の補給線を担っている新進気鋭の商会の噂は聞いていたが、まさか俺やサクラと同い年ぐらいのやつが商会長だとは思ってもなかったよ」

「あはは、運が良かったようなものです。今回はパーティ解散後の聖女さまであるサクラ様について、ドラバルト王から頼まれ事がございまして、その件でサクラ様と話をしたくこの場に参った次第です」


 その言葉に次の瞬間、笑顔だった勇者パーティの面々から次々と殺気のようなものが飛んでくる。


「……どういうことか、お聞きしてもよろしいかな?」

「隠すことでもありませんが、実は私はサクラ様と似たような存在でして、違う点はサクラ様が気づいていたらこの世界に居た漂流者であるのに対して、私は元の世界で死してからこの世に生を受けた転生者というところでしょう。サクラ様の出身地と私が転生する前に住んでいた場所も同じであることは、サクラ様も確認しておられます」

「……なるほど、そういうことか。サクラからドラバルト王とそんな感じの話をしているのは聞いていたが、まさか本当だったとはな」


 アレグス卿は納得したのか殺気を抑えれば、他の勇者パーティの面々からも抑えられる。下手したら首の一つや二つ簡単に飛んでいた状況に冷や汗は出るが、それを見せるのは得策じゃないとポーカーフェイスを決め込む。


「とはいえ、自分もこのような場の空気を壊すような真似はしたくないですので、この茶会が終わりましたら聖女さまと、可能ならそちらの魔術師さま……えっと?」

「メリュリナよ、メリュリナ・サンドリヨン」


 そう名乗った淡い赤の髪にいかにもな魔女の帽子を被ったローブの少女は背中の杖に左手を添えており、いつでも抜いて魔法を使うといわんばかりの目をしていた。


「ではメリュリナ様にも私とサクラ様との会談に同席して貰えると助かるのですが、よろしいでしょうか?」

「へぇ、二人っきりで内密な話をするんじゃないの?私なんかを連れてきていいのかしら?」

「むしろこちらから頼みたいですね。万が一にも私がサクラ様を脅迫したり誘導したりしていないという証拠になりますので。魔法使いは嘘を嫌うと申しますし」


 それに、と続けて


「それに何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……そう。そう言えば『アラエル商会』は元々裏の商人だものね、情報収集はお手のものよね」


 含みのある言い方ではあるが、事実、うちの商会では表と裏、どちらの情報は扱っているし、それで稼いでいる部門もある。

 が、それ以前に勇者軍やそれのトップである勇者パーティのメンバーの情報は多かれ少なかれ入ってくる。その中で、『勇者パーティの魔法使いは理由は不明だが教会の事を蛇蝎のように嫌っている』というものは、ある程度裏に通じてる情報屋なら誰もが仕入れている情報だ。


「えぇ、その理由についてはお聞きしませんが、その様子を見るに、噂は真実と見てよろしいでしょうか?」

「別に隠してる訳じゃないから良いわよ……でも、真実とは少し違うわ。私が嫌いなのは教会じゃなくて教会の教えを曲解して、信者を食い物にしてる教会の上役であって、敬虔な信者や、真面目に活動してる神父やシスターといった聖職者に対してはある程度は敬っているわ」

「なるほど、たしかに教会の上役は腐っている者も多いというのは事実ではありますからね」


 何せ聖女さまを苗床扱いしようとしているのが居る組織だ。上役が腐っていないと声高に宣言できるほどの信頼は全くない。残念ながら妥当な判断だ。


「良いわ、そういうことなら後でサクラと一緒にそっちに行くわ。宰相さん、どこか一室用意していただけますか?」

「わかりました。そのように手配させていただきます」

「なら俺はそっちに移動させてもらうよ。そんなに時間はかからないだろうしな」


 そうして踵を返す俺は宰相閣下とともに歩き出す。


(さてさて、聖女さまから鬼が出るか蛇が出るか、はたまた……)


 そんな取り留めもない事を考えながら。

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