それぞれの一日(表) Ⅲ
「大変失礼しました」
「い、いや~大丈夫っす、うん」
ちょっと(?)いろんな意味で暴走してしまったが仕方ないと思う。だって醤油だよ、日本人なら米と醤油はマストだと思うでしょ?
そんなことを思いながら塩工場から出た私達は、少し街の景色を眺めながら商会への帰路へとついていた。
「……いい街ですね」
「そうっすね。ここ数年で一気に街が開発されて、いつの間にか船舶貿易が始まって、昨日と同じ景色が全く無いのがこの街らしい部分っす」
エレジアさんの言葉通り、街そのものが急速に発展していく様は普通に考えれば異常なのに、その異常さがどこか自然に感じる不可思議なものが、この街の雰囲気には感じ取れた。
「けど、どうしたって変わらない部分もあるんすよ」
「変わらない……ですか」
「ええ、ほら、あそこなんか見てくださいっす」
そうして彼女が指差したのは塩の工房の入り口のあった壁の程近く、急速発展していく石造りの壁とはまるで違う、ボロボロの石壁と布で隠された天井がいくつも連なるあばら屋の群れ。
「あれは……」
「スラムの人間っすよ。街の市民権を得ず、盗みや暴力で成り立つ街の裏側。というより、発展する街についていけずに取り残された連中っすよ」
その言葉を聞いたそのとき、そのスラムから一人の子供らしき姿が姿を現した。
ボロボロの服を着て、髪は伸びきり靴もなく、そして遠くから見ているだけなのに感じる、夢や希望どころか怒りや怨みすら感じない虚無の視線に鳥肌が止まらなかった。
「この街はまだ都市として開発されはじめて数年程度っすからね。街としてはまだまだ歪で、表と裏が目に見えて混在してるっす」
「発展途上ってことですか」
「そうでもあるっすけど、そもそもこの街の成り立ちは山賊や難民が勝手に住み着いた廃村のスラム、だから本来ここの人間の大半は、市民権も持たない浮浪者か犯罪者で、兄さんも含めて街として開発される際に国王のお情けで街や国のために尽くすならと市民としてなれたはみ出しものなんす」
彼らはそれを受け入れずに居座った人間の側です、そう続けた彼女の目はなんの感情も感じなかった。
「もし私が……」
「言っておきますけど聖女さま、彼らを救うのは諦めた方がいいっす」
「な、どうしてですか」
「今こっちを見てた子供はともかく、スラムにたむろしてる連中は表にも裏にも居場所がない、中途半端な連中です。どっちかであるのなら理由をつけて手出ししても文句はないっすけども、彼らはそれすらも選べない連中なんすよ」
選べないという言い方に引っ掛かりを覚えた私はどう言うことか聞けば、彼女はあくまでもアルゼイさんの言葉を借りるなら、という前置きをして答えた。
「人間ってのは表にも裏にも簡単になれるってのは、聖女さまも理解はしているっすよね?」
「それは、まぁ何となくではありますが」
「けど彼らは表でも裏でもない中途半端な立ち位置に自らなった。前もってこの街のトップになる親っさんからの言葉を聞いたうえで、街が発展し表側でその力になるって選択肢でも、裏に回って命がけであえて秩序を維持するでもない、彼らは現状維持しか選べなかった」
そこに良いも悪いもないが、どちらにもなろうとしない、ならない人間を助けたところでメリットなど一つもない。
そう悪びれることもなく、ただ淡々と答えるその姿は表の冒険者としてではない、裏の人間ならではの残酷さが垣間見えてしまった。
「でも、分かってるのなら助けても問題は」
「ないっすよ。けど、助けるってことは彼らの生活を一から十まで全て助けられるやつのすることっす。それも一人助けるのならそいつら全員をっす……そんなこと、今の聖女さまにできるんすか」
まるで聞き分けのない子供を諭すようにあえて私のことを聖女と呼ぶ、そう言う彼女の目は真剣そのもので、私にはそれができるなにかを持ち合わせていなかった。
「理想は大事っす。うちも兄さんも可能な限りには手を伸ばしてはいても、それを掴めない人間や、掴もうとしないで反対する人間も当然いる。だから彼らから手を伸ばして掴もうとするのならともかく、そうでない人間を助ける無駄はしないんす」
「無駄って」
「それが現実なんす。助けるのもタダじゃないし、むしろ商会としては金を放出するだけのデメリットでしかない。メリットにするにはそれ相応の何かが必要なんす」
「……では、私を保護するのもメリットがあるからなんですか?」
その問いにエレジアさんはなんの疑問も持たずに答えた。
「当たり前じゃないっすか。兄さんがどこまで何を考えてるかはうちにも全部は読めないっすけど、少なくともメリットが少しでもあるから受け入れたんすよ」
「っ……」
「勘違いしないで欲しいっすけどサクラさま、兄さんに善意が無いとは完全には言わないっす。けど、商会の長としてはむしろ冷徹な部類っす。隙だらけのように見えて用意周到、例え今現状損をしようと長期的にみれば絶対に得をする、ねちっこい蛇であり表の善意と裏の悪意の顔を使い分ける蝙蝠、それがうちらのトップっすよ」
蛇であり蝙蝠、そんな人物とは思えないと思うと同時に、あぁ、いつの間にか自分が彼に印象を操られていたのだと今になって理解した。
「まぁ兄さんの生い立ちを考えれば、そうなるのも仕方ないとは思うっすけどね」
「生い立ち……ですか?」
「あくまでも親っさん……うちの商会のもとになったところの商会長だった先代から聞いた話になるっすけど、兄さんはこの街が今の形になるスラム時代のころ、『嘘』で生き残ってきたそうっす」
「嘘……ですか?」
どういうことかわからずに首を傾げれば、彼女も苦笑いで返した。
「といってもうちも詳しいことは何にも知らないっす。けど兄さんは普段は表情豊かな部類の人間っすけど、いざ商人の側になったり裏の人間の側になれば、平然と嘘やハッタリを利用する。しかも恐ろしいのが、その嘘を事実にしてしまう力が、兄さんには備わってる」
「嘘を……現実にですか」
「もちろんそれは相手が友好的な場合ではないときに限ったものっす。中立的だったり悪意的だったり、そういう完全に味方ではない人間に対してのみっすけど、同時に息を吸って吐くように自然に放たれる嘘は、たとえ事実を知っている身内の人間でさえ騙されてしまう」
呆れるように、しかし尊敬するように答える彼女の姿をみて、私の背筋に恐ろしい何かが走った。
「なら、なんでエレジアさんは彼のことを信頼できたんですか」
「うーん、そうね……そりゃ色々あるけど、一番は亜人種であるウチを受け入れてくれたからっすね。サクラさまも、ウチみたいな魔族に近い亜人種が世間からどう見られるかは知ってるっすよね」
その言葉にコクりと頷く。
この世界ではエレジアさんのように動物の特徴が強い獣人系亜人種は、その身体的特徴が魔獣や魔人族と似ている事があり、普通の人間種族からは忌避の目で見られる。
特にエレジアさんは牛獣人。その身体的特徴は女性でも身長が2メートル前後と大きくなり、さらに身の丈ほどの巨大な岩を軽々と持ち上げる怪力、そしてその頭にある特徴的な牛の角が、魔族に存在するミノタウロスに特に酷似してるため、知らない人間種族からは魔族と勘違いされてしまうのだ。
ちなみにミノタウロスと牛獣人の違いは一言で言えば顔であり、ミノタウロスの顔は完全に骨格からして牛であり、牛獣人の顔は人間のそれで、基本的に獣人族は人間顔と覚えておけば間違いを起こさないとはメリュリナの言葉だ。
「うちみたいに排斥される人間は、それを糧にがむしゃらにでも足掻くか、それを受け入れて燻るかっす。うちも仲間を失って兄さんと会うまでは後者でした。種族としても冒険者としても疎まれて、生きてるのもどうでもいいって考えるくらいには」
「け、けどエレジアさんは乗り越えたんですよね」
「そうっすけど、あくまでもそれは自分の意志でっす。きっかけは兄さんがくれましたが、燻ってる人間が立ち上がるには、他人に言われたからじゃなくて、自分の意志でないと意味がない」
その意味がサクラさまにわかりますか、そんな問いかけに私はなにも言うことができなかった。
私も……流されて生きてきた人間だから。




